「相変わらず少女趣味全開だネ! 服の趣味も全っ然変わってないし!」

 我が物顔で鳥太に部屋を物色され、は困惑しながらも憤慨した。「鳥太くん、やめてよ」と、鳥太が手にしたテディベアを奪い取る。

ももう二十歳なんだから、ちょっとは大人になりなよ」

 ポン、と胸元を叩かれる。「アレ、意外とあるじゃん」と、意外そうにこぼす鳥太に向かって、は枕を投げつけた。ひょいとそれを躱した鳥太がケラケラと笑う。

 にとって、鳥太は兄のような或いは姉のような、気の置けない存在だ。
 が屋敷に来たばかりの頃、何かと世話を焼いてくれたのは能井と、他ならぬ鳥太である。ただ、煙の婚約者だと知ると、小さな嫌がらせもされたものだ。鳥太の姿が見えなくなったのは仕事なのだとばかり思っていたが、まさか煙によって閉じ込められていたとは驚きだ。

「そりゃあさ、煙が初めてプレゼントしてくれた服はそーゆーのだったよ? でもそれは、がヒョロヒョロで、十歳くらいの子どもみたいだったからだしさぁ……煙も子どもの服なんて知らなかったからだろ?」
「…………」
「ホラ、いまのには断然こっち! これも煙がくれたんだろ」

 鳥太がクローゼットを勝手に漁って、にイブニングドレスを合わせてくる。落ち着いた印象の黒いマーメイドタイプのドレスだ。

「そんなこと言われたって……すぐには、変われないよ」

 はドレスから目を逸らして、スカートをぎゅっと握りしめる。
 鳥太が「ふーん」と、興味なさげに相槌を打って、クローゼットを物色している。その中身は、の作ったガーリーな服と、煙の贈り物である大人びた服が境目を作って並んでいる。

「あ、そろそろ大広間に行かないと。遅れたら煙さん、怒るし……」

 煙に会うとわかっているときには、は煙がプレゼントしてくれた服を着ると決めている。鳥太を押し除け、クローゼットを覗き込む。

「あ! ねえねえ、これなんてどう? いいじゃん、似合ってる~」
「……じゃあそれ着るから、鳥太くんは外に出て」
「え、なんで? の裸なんて見たって減るもんじゃないし、いーじゃんか」

 失礼な物言いをする鳥太を無理やり部屋から追い出して、は小さくため息を吐く。鳥太が選んでくれた服に袖を通し、鏡の前で変なところがないか確認する。オフショルダーのAラインワンピース。繊細な黒レース生地で、袖のあたりはほんのりと肌が透けていた。
 似合うか似合わないか、にはよくわからなかった。




「バスト86cm」

 ブルーナイトの衣装を作ってくれる魔法使いが、サイズを測ってくれる。「ロリノクセニ」と恵比寿が恨めしげに呟いているが、は聞こえないふりをした。ロリではない。
 いまだに恵比寿は元の状態には戻れていない。恵比寿のために作った服は渡せないまま、お蔵入りしそうである。

 のドレスは、煙がデザインを指定していた。の好みでは、パーティの場に相応しくないのだろう。煙は何も言わないし、が作った服をたまに着てくれさえするが、鳥太の言う通り本来はいま身につけているような服を着てほしいと思っているのだ。

 はちら、と心を窺う。マスクで表情はわからない。
 今回のブルーナイトでも当然、心は能井とパートナーになる。は誰ともパートナーになる予定はない。

っ、まさか煙のパートナーを狙ってるんじゃないよね!?」
「わっ、鳥太くん……そんなわけないでしょ」
「四年前の雪辱、今年こそは晴らしてやるんだからねっ」
「四年、前?」

 四年前の雪辱と言われても、にはよくわからない。が屋敷にきたのは三年前だ。
 けれど、先ほど鳥太は前回のブルーナイトはあの塔に閉じ込められて参加できなかったと口にしていた。それからずっと塔にいたのだとしたら、はいつ鳥太と出会っていたのだろう。

 違和感が、靄のように胸に広がっていく。

「もう、とぼけちゃってさ! とにかく、今年こそオレが煙のパートナーになるんだ」

 鳥太に詰め寄られ、は思わずよろめいた。トン、と軽く肩を支える手があって、は振り向く。

「ご、ごめんなさい。心さん、ありがとう」
「いや。気をつけろよ」

 心が触れた肩が熱いような気がして、は手のひらで押さえる。
 あっという間に胸の靄が吹き飛ばされて、心臓がドキドキとうるさい。
 心を前にすると緊張してしまうのに、傍にいるとひどく安心する。どうしてこんな気持ちになってしまうのか、自身よくわからずに戸惑いを覚える。

 ブルーナイトのことを考えると気が重いのは、心と能井が──

 は軽くかぶりを振る。は、能井のようには決してなれやしない。同時に、心のパートナーにだってなれるわけがないのだ。


 中庭には、ブルーナイトのオープニングパーティで出される料理が並んでいた。御馳走を前に、能井が嬉しそうに腕まくりをしている。料理人の説明などほとんど聞かずに、皆料理に夢中である。
 飴細工で作られた煙の像を見あげ、は感嘆する。鳥太が隣で瞳を輝かせている。
 大きさはさることながら、脇に抱えたキクラゲの尻尾や爪先まで、繊細に作り込まれている。

「すばらしい!」

 煙が満足げに頷く後ろで、心が感心とも呆れとも取れる声を上げていた。

、そんなのどうでもいいから食おうぜ!」

 そう手招きする能井は、二段になったホールケーキを抱えている。「ウマイわコレ」と、恵比寿がほしがっているのにも関わらず、独り占めしていた。
 フォークに刺した一切れを、能井がに向かって差し出す。

「あーーーーん」

 は少しの気恥ずかしさを覚えながら、口を開いた。

「ん、美味しい」
「だろ? 先輩もどうです?」
「俺は甘いもんはいーわ」

 マスクを外した心がひらひらと手を振っている。骨付き肉を手にした心が、すっとの口元を指さした。

「クリームついてるぞ」
「心くんってば、世話焼きだネ! ププッ、クリームそこじゃないよ」

 は慌てて指先を口に伸ばすが、見当違いの場所だったようだ。鳥太がハンカチでの口元を拭う。「世話焼きはどっちだよ」と、心がぼやくように呟いた。
 まるで幼子のようで恥ずかしい。

「じ、自分でできるよ。鳥太くん」
「あーそっか。も二十歳のオ・ト・ナだもんねー」

 えっ、と反応したのは雑誌に夢中だった藤田だ。

さん、年上だったんですね」

 は憮然とした顔で藤田を見る。
 心と顔を見合わせた鳥太が、ぽんっとの肩を叩いた。慰めるようでいて、それは侮蔑を含んでいた。

「だから言ったじゃん? 大人になりなよ、
「そーか? オレは似合ってるからいいと思うけど、いつものフリフリ」

 ケーキを片手に、能井がの肩を抱いた。「ねえ先輩?」と、能井が心を振り返る。
 心の視線が、の天辺からつま先まで上下する。能井の後ろに隠れたかったが、肩を抱かれているため身動きが取れない。

「そうだなぁ。それに、そんなにいつもと違うこともねェだろ」
「心くん、それは目が節穴だと思うな……」

 鳥太が口元に指を添えながら、唖然とした様子で呟く。服に無頓着だと思ってはいたが、ここまでとは驚きである。はスカートの裾を摘んで、ひらひらと揺らしてみる。

「心さんには同じに見えるの……?」
「先輩には女心がわかんねーンだな。ま、鳥太みたいなこと言われるよりマシだろ」

 それだけ言うと、能井はまた食事に戻っていく。

「女心ォ?」

 納得していない顔をしながら、心が肉にかぶりついた。心にじっと見つめられ、は慌てて鳥太の背に隠れた。マスクを被っていない心の顔は、どうしてか直視することが憚られる。

「別に、何着てようがだろ。まァ、その服はちょっと露出が多すぎる気もするな……」

 目を逸らす心の頬が薄らと赤く、は途端に恥ずかしくなって完全に鳥太の影になった。








 鮮やかな赤色の、胸元に花があしらわれた華やかなドレスを見に纏い、は鏡の前で全身を確認する。ウエスト部分のリボンがアクセントになって、スタイルアップして見えるようだった。
 会場に着くと、お揃いの格好をしたキクラゲを抱く煙がいた。に気づくと、キクラゲを下ろし、手を差し出した。はその手を取って、エスコートに甘んじる。

「似合っているぞ、
「ありがとう、煙さん。でも……すごく素敵なドレスで、なんだか恥ずかしいです」

 ははにかんだ。心がワインを手に近づいてくるが、その服装はいつもとあまり代わり映えしない。煙も同じように感じたようで「心、おまえいつもとあんまり変わらんな」と、呆れた視線を投げている。

「そーかねェ」

 心が不思議そうに自分の格好を見下ろし、それからに視線を移した。は小首を傾げ、マスク姿の心を見あげた。

「あー……」
「見てー! この羽根がいいでしょ」

 何か言いかけた心の言葉を遮って、鳥太が軽い足取りで駆けてくる。天使っぽい、という注文通りにその背には白い羽根がついていた。
 と煙の重なった手を見るや否や、すかさずその手を切り離し「ねぇ煙、見て見て!」と、鳥太が煙にすり寄った。突き飛ばされたは、心に腕を掴まれ引き寄せられる。ポス、と心の胸元に身体が収まる。

「危ねーな、ったく……」

 はあ、と頭上からため息が降ってくる。
 は肩に触れる心の手に緊張を覚えながら、そろりと視線をあげた。

 普段も黒いスーツを着ているが、チェックのシャツはきちんと襟元までボタンが閉められており、胸ポケットにはポケットチーフも収まっている。足元もスニーカーではない。マスクはいつも通り逆向きに被っているため、フォーマルな姿とちぐはぐにも見えた。
 心がを見下ろした。どきりとして、は思わず目を伏せる。

「センパ~イ」

 ヨロヨロと覚束ない足取りで近づいてきた能井が、心の目の前で勢いよく転んだ。は驚き、慌てて駆け寄った。

「の、能井ちゃん! 大丈夫?」
「何やってンだ。トロイな、テメーは」

 心が呆れた声と共に、能井を助け起こす。
 立ち上がった能井の衣装は、確かに希望通り強そうかもしれない。肘当てや膝当てまでついている。豊満な胸が強調され、肩まわりの筋肉が惜しみなく晒されていた。履き慣れないヒールの所為で、立っているだけでも辛そうだ。

 藤田と共に現れた恵比寿が、奇妙な笑い声を上げながら近づいてくる。と能井は顔を見合わせる。

「オイ、ノイ! !」

 バッ、と勢いよく恵比寿が毛皮のコートの合わせ目を開いた。「ワタシノカチダ!!」と、勝ち誇る恵比寿の胸は、不自然に大きい。目を丸くした能井が、その胸を揉みしだく。

「うわ、コレ何入ってんの? スッゲー」
「ボインガハイッテルノ!!」

 心と藤田が心底呆れている。も苦笑いを浮かべた。
 ふと、藤田が首を傾げてを見る。

「そういえば、さんってマスクをしてませんよね」
「え? ああ、煙さんがマスクを作ってくれたんですけど、可愛くないのであまり気に入ってないんです」
「え、煙さんに作ってもらったのに……」

 オレのマスクなんて、と藤田が肩を落としている。確かに魔法使いにとって、マスクとは力の象徴でもあるのだが、にはそれほど固執するものではない。それよりもよほどデザインのほうが重要なのだ。
 煙が悪魔に作らせたというマスクは、の部屋で眠ったままだ。藤田の落ち込みようを見ていると、何だか申し訳なくなってくる。煙にも申し訳ない気持ちはあるのだ。

 パ、と青く光った空を、は目を細めて見あげた。

「さあ……ブルーナイトの始まりだ!」

 煙が高らかに告げた。
 ブルーナイトの期間は三日間だ。四年に一度の大イベントで、会場はお祭り騒ぎである。ただ、楽しいだけではない。パートナーとの契約にはどんな手段を使っても構わず、死人だって出るのだ。

 す、と目の前に手のひらが差し出される。つぎはぎの指先。は心を見つめる。

「ホラ、行くぞ」
「わたしは転んだりしませんよ」
「いいから早くしろ」

 心が強引にの手を引いた。いつもこういう場でエスコートしてくれるのは煙なのだが、キクラゲを抱いてすでに前を行っている。

 煙のようなスマートさはない。というか、心の場合はただ手を繋いでいるだけだ。
 けれども、その手の温もりが嬉しくて堪らない。は俯きながら、マスクをつけてくるべきだったと思う。これでは、頬の赤みを隠すことができない。

まるで明日のひかりにコネクト