「おまえがあいつの身代わりのはずだったのにな」
窓辺に腰かけたガイアが、嘲るように言った。
月明かりを受けて、明るい橙色の髪が薄暗い中でも輝くように見える。は一瞬だけその姿に目を奪われる。しかし、その言葉が意味することを咀嚼するように理解して、は眉をひそめた。なにも言えないまま、は月夜に浮かび上がるガイアを見つめる。
盗賊よろしく、ガイアが軽い身のこなしで部屋に入ってくるが、はそれを止めることができなかった。
左手の薬指をうっとりと見つめるマリアベルの顔を、はあきるくらい何度も見ているし、クロムとのなれそめやプロポーズの言葉も、繰り返し聞いている。
そのたび、はクロムのきつい抱擁を思い出すが、そんなことをマリアベルが知る由もない。
「……どんな気分だ?」
ガイアの指が顎をすくい上げて、視線を交えてくる。
これほどまでに近づくのは、あれ以来はじめてである。は緊張に身を強張らせた。ガイアがいつかと同じように、銜えていた飴をかみ砕いて、残ったスティックをその辺に放った。
言葉にするまでもなく最低な気分だった。それでも、マリアベルの前ではいつも通り、自分が作り上げてきたやさしい姉の顔をしなければならない。そして、クロムには何ごともなかったかのように、義姉として接するのだ。
「……わたしは、できそこないです」
ガイアの切れ長の瞳が見つめてくる。は目を逸らすことができない。
「テミス伯の期待に応えられない。恩を仇で返すようなかたちになってしまった。マリアベルにどんな顔で合えばいいのか、わからない」
はガイアの手を払い、自分のつま先へ視線を落とす。
自分はなんて無価値なのだろう。いないほうがずっとましだったかもしれない、と欝々としたどうしようもない考えがずっとぐるぐると胸のうちを渦巻く。
さんをください、とテミス伯に頭を下げたクロムに返ってきた言葉は、おそらく予想もしていなかったことだろう。養女になったとはいえ、もとは奴隷の身であるが聖王家に嫁ぐことなど許されるはずもなく、周囲に押し切られるようにクロムはマリアベルと結婚した。嫡子であれば、名家であるテミス伯の令嬢は、結婚相手に申し分がない。
「きゃっ」
乱暴と言えるほどの力加減で投げ出された身体は、しかしやわらかなベッドに痛みなく受け止められる。さすがは王宮の客室と言うべきか、安宿のようにスプリングは軋まない。衝撃に目を瞑っている間に、ガイアが馬乗りになってを押さえ付けた。
まるでいつかと同じような状況であるが、は物怖じせずにガイアを見つめた。
「いつ、知ったんですか」
静かな声が問う。なにを、とは言わずとも彼には伝わるだろう。その証拠にガイアの眉がぴくりと動く。を見つめる切れ長の瞳は、仄暗い光をたたえているように見えた。
「あめ玉のお兄さん」
ガイアがわずかに目を見開いたのがわかった。言葉が返ってくることはなかったが、にはそのすこしの反応だけで、十分だった。
「滑稽だったでしょうね。貴族面するわたしは、馬鹿馬鹿しく見えたでしょう。こんな卑しい人間が、あなたが助けた令嬢の隣で笑っているなんて、許しがたかったでしょう」
ぐっ、と掴まれた手首に力が込められる。痛いほどの力に、はすこしだけ眉をひそめた。しかし、口元はふっと嘲笑するようにゆるんだ。
ガイアが愚問だと言った意味がわかった気がする。
「わたしのことなんて、嫌っていて当然です。だって、あなたは知っている。わたしがどういう人間か。どれだけ汚くて、卑しいか」
この背にある焼印も、あられのない姿も、ガイアにはもう見られてしまった。
ほんとうは、一番知られたくなかった。
ちいさな飴玉のやさしさを、忘れられないのだ。大事に大事にし過ぎて、どろりと溶けてしまった飴玉は、結局口にできなかった。
視界がぼやけて、明るい橙色がにじむ。
流れ落ちた涙は、両手を押さえ付けられているせいで、拭うことも隠すこともかなわなかった。
「……勘違いするな」
ぽつりと落ちたつぶやきには、苛立ちが含まれていた。
ガイアの舌先が頬を伝う涙をすくい上げる。肌に触れる舌の感触に、はわずかに身をよじった。唇が目尻に触れて、あふれた涙を舐めとった。
ひどく近い位置で視線がぶつかる。ガイアの動きに合わせて垂れたバンダナが肌をこすっていく。敵を前にするような鋭い雰囲気に気圧されて、はぎゅっと目を瞑った。
「……!」
唇にやわらかい感触がして、は思わず目を見開く。捕らわれた腕に力を込め、抵抗の意を示すが、さらに力強く押さえ込まれる。「っや……」わずかな唇の隙間から、ガイアの舌がねじ込まれる。キャンディーの甘さが口に広がった。
また身体をひらかれてしまうことを、は恐れた。
拒むように舌をひっこめるが、ガイアの舌が執拗に追いかけてくる。じれったかったのか、一度唇が離れひとつ舌打ちすると、再び角度を変えてより深く重なる。舌先が上顎をなぞりあげ、ぞくりとした感覚には身を震わせた。自分でも嫌になるほど、この身体は従順に反応を示してしまう。
否応なしに身体から力が抜けていく。「っふ……ぅ、んあ……」唇の隙間からこぼれ落ちる意味のない声は、たしかな熱を孕んでいる。唇が離れて、それを名残り惜しいと感じた自分に対し、は絶望にも似た気持ちを抱く。
無理やり振りかぶろうと右手に力を込めたが、容易くシーツへと縫い付けられる。力の差は歴然である。しかし、は涙目のままガイアを睨みつけた。
「やめて! ずるい、ガイアさん、こんなのいや……」
「嫌? そうは見えないが」
ガイアの指が紅潮した頬をするりと撫でた。そのまま指先は肌を滑って、唇に触れる。
左手が解放されても、は持ち上げることができなかった。ガイアの視線は冷ややかなくせ、その瞳には獰猛さがにじむ。はかすかに唇を震わせながら、開く。
「なにも、わからなくなっちゃう」
すぐに、ガイアの与える刺激に、溺れてしまう。「なっちまえよ。そうすりゃ楽だ」ガイアの囁きは、甘い響きをもっていた。は首を横に振る。必死にこらえていた涙が、大粒の雫となって頬を伝い落ちていく。
「やだ……! そんなの、いやだ、わたし……」
幼子が駄々をこねるような物言いになってしまう。
けれど、このまま快楽に流されて、ぐずぐずに思考が蕩けてしまったら──はぐっと唇を噛みしめるようにして、結ぶ。
この想いを、こんな自分が、告げていいのだろうか。
いつも乱暴に扱われて、罵声を浴びせられてばかりだった。幾度となく数多の手がに触れたけれど、だれかの手をあたたかくてやさしいと思ったことなどなかった。ただの飴玉は、あのころのには、綺麗な宝石のように見えた。
にはすぐにガイアがあのときの彼だとわかった。明るい橙色の髪は、鮮明な記憶として残っていた。
くい、と言葉を促すように、ガイアの指先が下唇を押し開く。「わたし、」は躊躇いながらも、その先の言葉を紡ぐ。ガイアの反応を見るのが恐ろしく、は目を閉じた。
「ガイアさんの言葉も、触れる感覚も、ぜんぶ……覚えていたい……」
はっきりと告げることができずに、言葉が尻つぼみに小さくなる。沈黙が落ちる。は目を開けられないまま、身じろぎひとつせずに、ただガイアの言葉を待った。ガイアがちいさく、ため息をついた。
「おまえ、馬鹿だな。俺がおまえにどれだけ酷いことをしたと思ってるんだ? いまも、しようとしてる」
冷たい声音とは裏腹に、指先は涙をやさしく拭う。「甘いな。甘すぎる」ちいさなつぶやきとともに、おもむろにガイアの腕がの身体を包み込んだ。耳にガイアの唇が触れ、わずかな吐息には身震いする。
「嫌いになるのは、おまえのほうだろう」
囁く声は、の胸をきゅっと切なくさせた。はガイアの腕の中でかぶりを振る。
「わたしになにかをくれたのは、ガイアさんがはじめてでした。わたしの頭を撫でてくれたのも、やさしく声をかけてくれたのも、ガイアさんがはじめてです」
はおずおずとガイアの背に手を回し、その服をぎゅっと握りしめた。
「あなたのことを、忘れたことなんて、なかった。いまさらなにをされたって、嫌いになんて、なれません」
、と耳元でガイアの掠れた声が聞こえる。「ほんとうに……馬鹿だな」と、その言葉はガイア自身にも向けられているような、言い方だった。
ふ、とちいさな笑い声が耳に吹き込まれる。
「……俺だって、おまえのこと、覚えてたよ」
くしゃり、とガイアの手が記憶と同じように、のくすんだ金髪を乱すようにして頭を撫でた。
乱暴な手つきと打って変わって、繊細とさえ感じるほど慎重に、ガイアが薄いネグリジェを取り払う。月明かりに肌を晒されたは、不安と期待を抱いて、ガイアを見つめたがすぐにさっと目を伏せた。
ちゅ、とちいさな音を立てて、ガイアの唇が額に触れる。
ガイアが身にまとうものを床へと投げ捨てた。やはり、隠し持つ菓子がいくつか転がり出て、はくすりと笑った。それを気にするふうもなく、ガイアがグローブも外して同じように放り投げる。
「」
視線を上げるとほぼ同時に唇が重なった。「ん、」唇を割って舌が侵入してくるが、は拒まない。ぬる、とした感触が歯茎をなぞり、の舌に絡みつく。ぞわぞわと背筋を上るような感覚が、次には腰のあたりを侵食するように、の奥深くを疼かせる。
ガイアの指がすくい上げるようにして、乳房に触れた。やさしく、やわらかなそこに、指先が沈む。躊躇いや戸惑いを感じさせる動きに、はわずかに唇を離した。「ガイアさん?」ほとんど、唇が触れ合う距離で囁く。
ガイアが素早く身を起こした。離れてしまったそのすこしの距離が、にはさみしい。
縋るような目線が捉えたのは、苦しげにも悩ましげにも見える、ガイアの歪んだ表情だった。はもう一度、名前を呼ぶ。
「ガイアさん、」
「……やさしくしてやりたい」
ガイアの手がそうっと、頬に触れる。
「だが、壊しちまいそうで、……俺は、おまえに触れるのが、怖いよ」
手酷くしたくせにな、と自嘲するようにガイアがつぶやいた。はガイアの手のひらに頬を摺り寄せた。ガイアが手を引こうとしたので、は手を重ねてそれを止める。
「ガイアさんはやさしいです。十分すぎるほど、やさしい」
「……」
「だから、ガイアさんの思うように、触れてください」
「……」
数秒の沈黙ののち、ガイアがふ、と静かに笑った。「わかった」と、やわらかい声が降ってきて、は目を細めた。
「綺麗だ」
じっと見下す瞳から逃れるように、は目を伏せる。
ガイアの指先が肌に触れて、そこがひどくあつく熱を持つような気がした。先ほどよりも強い力加減で、ガイアの指が乳房へと沈む。手のひらで擦られて、あっという間に固く尖った乳首を、親指の腹で潰される。
「っ、ん」
は軽く唇を噛んで、声を抑えた。きゅ、とガイアの指先が痛みを伴わない程度に、先端を摘み上げる。反対側の乳首はぬるりとした舌が舐る。ガイアの愛撫に、素直すぎるほどに反応する身体が震えた。
乳房の中心から少しだけずれた唇が、ちゅうと肌に吸いつく。
鋭い痛みはすぐに甘い快感へと変わって、は熱を逃すように、ちいさく息を吐く。
窺うような瞳が胸元から見上げてくる。視線が交わったのは一瞬で、すぐにガイアの目は伏せられ、再び乳首が唇に含まれる。飴玉を転がすように舌先が動いて刺激を与えてくる。「ん、っン、」はびくびくと身体が跳ねるのを抑えられない。
「ん、あっ……!」
ガイアの歯を軽く当てられ、はついに結んでいた唇を開いた。
丸みを帯びた腰の輪郭に沿って、触れるか触れないか絶妙な加減でガイアの手が滑る。太ももの内側を撫でられ、はぞわぞわとした感覚に襲われる。
「っあ、は、やん」
以前、ガイアが言った通り奴隷であったころ、子どもとはいえ女であったためにいいように扱われた。もっとも、を買った貴族は男であっても同じようにしていたため、穴があればそれでよかったのかもしれない。
快楽に慣らされた身体が恥ずかしいし、憎い。
けれど、これほどまでに気持ち良いと感じるのは、相手がガイアだからなのだろう。
やがて、太ももを撫でる手は、の秘部へと伸びた。びくり、と身体が大きく跳ねる。薄い下着の中心は色を変え、その内へと張り付いている。
ガイアの指が下着越しに秘部に触れる。
「は、あん……!」
ゆるく上下した指先は、ゆっくりと下着を取り払った。
そうする間にも、ガイアの唇は乳房を愛撫し続けている。ちゅう、と先端を吸われて、はぎゅっと目を瞑った。
「あ、あ……ガイ、ア、さん……」
はじめて見られるわけではない。そう思うのに、の頬は羞恥で熱を持つ。「指、入れるぞ」やさしい響きを持ったガイアの声に小さく頷く。宣言通りに指が入って、の膣壁がひくと蠢いた。
くちゅり。
湿った音がの耳に届く。下着に染みこむほど濡れそぼったそこは、指を受け入れるのに抵抗はない。
「っん……!」
「大丈夫か?」
「は、い……」
──むしろ、もっと激しく動かしてほしい。
は浮かんだ思いを恥じ入る。なんてはしたない。なんて浅ましい。
ガイアの指が抜き差しされ、は動きに合わせてびくびくと身体を震わせる。くん、とふいに指を曲げられて、なかを擦られる。「ああっ、や、っはあ!」は一層甲高い声を上げ、絶頂に身を打ち震わせた。
きつい収縮を繰り返すそこから指が抜かれ、「あ……」と追いすがるような声が漏れる。
は思わず、さっと顔を背けた。あまりに恥ずかしく、ガイアの顔が見られない。「可愛い」と、囁く唇がそっと頬に触れた。顔を戻すと唇が重なる。
「ん……」
うっとりとした声を余韻に、ガイアが唇をそこかしこに落としながら、下腹部へと降りていく。
ははっとして慌ててガイアの髪に触れるが、動きは止まらずに、濡れに濡れたそこに唇が吸いついた。あふれる愛液をじゅるりと啜られ、は思わず明るい橙色の髪をぎゅっと掴んでしまう。
「ひっ、あんっ、はあ!」
ぬかるむ秘部に舌がねじ込まれる。まだ達した感覚が残っていて、甘い痺れにの奥がきゅんと切なくなる。茂みに添えられた手が、小さな突起へ伸びる。赤く膨れたそこを親指で潰され、は悲鳴にも似た嬌声を上げた。
なかが再び収縮するのを確認し、ガイアが顔を上げる。すでに愛液はお尻のほうまで伝うほどにあふれている。
「挿れてもいいか?」
を窺うガイアの瞳には、情欲が揺らめいていた。は静かに頷いた。
くちゅ、と濡れた入り口に、ガイア自身の先端が触れる。
は期待をもってガイアを見つめた。押し開かれる感覚、そして圧迫感──十分な潤いによって滑りよく、ガイアのそれが一気に奥まで入ってくる。
「……っ」
待ち望んだその瞬間に、それだけでは軽く達する。ガイアを包む膣壁がいやらしくうねる。
「……ふ、あ……っガイアさん…」
「、」
「あ……は、ぁ……っ……すきです……」
ガイアの指先が、額に張り付く髪を払った。そして、その指はやさしく頬を滑り落ちて、唇で止まる。親指が下唇を押し開け、口腔内に入ってくる。はその指先に舌を絡めて、吸いついた。
「俺が愚問だと言ったこと、覚えてるか」
「……ん、……はい」
「…すきだから、抱いたんだ。でも、手酷くして、悪かった」
「……」
のうちが、ガイアの言葉に反応してきゅうと狭まる。
「や、やだ、ガイアさん……そんな、……うれしい、です……」
はトマトのように赤くなった頬を両手で覆い隠した。ふ、とちいさく笑ったガイアがその手を取って、シーツに縫いとめる。
「そんな可愛い顔、隠すなよ」
「っ……きゃ、う……っふ、あ、」
ガイアが律動を始め、はガイアの言葉に答えられなくなり、その唇からは嬌声を漏らす。
大きく足を持ち上げられ、奥深くまで突き入れられる。「ん、あア!」は喉を反らし、甲高く啼いた。ちゅ、と仰け反った喉元にガイアの唇が触れる。
「あ、っひ、んあ……!」
「またすぐにイキそうだな。しまってる」
「っ、や、はああっ」
ガイアの言葉通り、あっという間に達して、はびくびくと身体を震わせる。一度動きを止めたガイアが、触れるだけの口づけをして、首筋へ唇を這わせる。
「ア、 ふ、や……きもち、いい……」
「ああ、気持ちよくなってくれ」
の呼吸が整うのを見計らって、ガイアが再び動き始める。
ずん、とガイアの亀頭が奥まで届くたび、脳天がしびれるような気持ちよさが駆け抜ける。膣内がどろどろに蕩けきっていくように、の思考も気持ちよさで溶けていく。
「なあ、なかに出してもいいか」
ガイアの言葉の意味をすぐには理解できずに、数拍遅れて理解する。ガイアさんのものがなかに──は想像でまた達してしまう。
何度目かの絶頂にガイアがさすがに苦し気に眉をひそめ、息を詰める。
「……ほしい、です」
緊張と羞恥からちいさな声になってしまった。それでもしっかりと届いたようで、ガイアが頬をゆるめた。やさしく、やわらかく目元が細められる。
はガイアのその顔に見惚れた。
いつも、冷たい顔ばかり見ていたから、その顔を向けられるだけでの胸は高鳴り、鼓動は速くなる。
「あっ、ん、あ、アっ、……っふぅ、」
たった一度身体を重ねただけで、自分のいいところなどすべて知られてしまったかのようだ。はガイアの律動に合わせて嬌声を紡ぎ、びくびくと身体を躍らせる。
「っ、……く……!」
ガイアのものが子宮口に届き、そのまま震えて吐精する。それまでの間に、は二度ほど達してしまっていた。すでに身体中が性感帯になってしまったかのような錯覚さえ覚えるほど、なにをされても気持ちいい。ガイアに精を注がれながら、は何度目かの絶頂に身を打ち震わせた。