にとって、痛みは与えられるものであり、与えるものではない。
騎士としてグラド帝国に忠誠を誓った身として、国のため剣となり盾となる覚悟はある。しかし、実際に人に剣を向けるということ、人を殺めるということはひどく恐ろしいことであることを、戦争が始まってから知った。
ヴァルターの手が頬を打つ。
赤く熱を帯びる白い頬を見て、ヴァルターが口元を歪めて哂う。
は目を伏せうなだれるが、髪を乱暴に掴まれ、強制的に上を向かされる。鋭い眼光は凶器を孕んでいるように見えてならない。反射的に、の喉から引きつった悲鳴が漏れた。平手打ちによって切れた唇の端に滲む血を、ヴァルターの指が拭い、そうしてそれを舐め取る。
ふん、と面白くなさそうに鼻を鳴らされる。
髪を掴む手は頭を押さえつけ、を床へと叩きつけた。は痛みに呻きながら無様に床へと倒れこむ。
椅子へと座ったヴァルターに、ブーツの踵で踏みつけられる。ひどく屈辱的だが、抗うすべはない。ぐっと体重をかけられれば、息が詰まる。窺い見たヴァルターの表情は愉快そうなものであった。
人を傷つけることに悦びを感じている。
「貴様、雑魚を殺るのに躊躇ったな?」
はぎゅうと目を閉じる。
命を奪う行為を恐れるのは、いたって普通の当たり前の感情である。
ヴァルターが雑魚と呼ぶ彼らも、同じ人間であることに変わりはないはずだ。それなのに、まるで価値のない塵屑のように言う。
月長石のヴァルター──実力は確かに申し分ないが、人間性に問題がありすぎる。そんな男の部下になったことが運の尽きだろうか、は些細なことでさえ責められ、仕置きされる。は逃げることも抵抗することもできずに、ただ終わるのを待つほかない。
「なあ、私は貴様を買っている。見込み違いなどとは言わせんぞ」
ヴァルターのつま先がねじ込むように腹部を蹴り上げた。転がったは、堪らず腹部を押さえて背を丸める。
「っ……!」
「立て、」
いつからか、ヴァルターの命は絶対となっていた。
従わなければひどい目に遭うことは、目に見えている。
は歯を食いしばり、ふらつきながらも立ち上がった。ヴァルターの唇は三日月のように吊り上っている。
「来い」
見えない絶対的な力に引き寄せられる。ヴァルターが満足そうに目を細め、片手での頬を捉えた。爪が肌に食い込むほどの力を込められ、は思わず眉をひそめた。
愉快でたまらないという風に、ヴァルターが哂った。
不意に、は自分の身体が小刻みに震えていることに気づいた。狂気に当てられているからなのか、単純にいたぶられているからなのか、いつまでたっても恐怖が薄れることはない。
やめて、などとは口が裂けても言えまい。
ヴァルターの視線が頭の天辺からつま先まで、舐めまわすように這う。
「脱げ」
ヴァルターの言葉は絶対である。「はい」答えた声は震えてはなかっただろうか。は思いながら、服に指をかけた。
ひどいことをされている、という意識はなかった。
ただ、己はヴァルターの玩具に過ぎないのだと、それだけは理解していた。
「」
ヴァルターに名を呼ばれるたび、まるでそれが記号か何か無機質な物に思えてならなかった。両親がつけてくれた大切な名前であるはずなのに。
上質で柔らかなシーツに包まれるその瞬間、はわずかばかりの幸福を感じる。けれど、その身を押しつぶすようにヴァルターが圧し掛かってくるため、すぐに恐怖と絶望に支配される。痛みは思考を鈍らせるが、ヴァルターが与えてくる刺激は、ひどくダイレクトに身体に響く。
何度も身体を重ねていれば、その隅々まで知り尽くされ、いつしか身体は馴染むように反応を示すようになった。
「っ、……ぅ、ふ……」
は必死に声を堪える。しかし、それが無意味であることなどは、わかりきっている。
ヴァルターが低く嗤った。ぬるく湿った舌先がナメクジの様に肌を這い、は身を捩らせる。「動くな」ヴァルターの言葉が身体をシーツに縫い付けた。
乳房にきつく指が食い込み、痛みと共に鈍い快感が広がる。乳首を舌が舐り、は小さく喉を引きつらせた。
は痛みと快楽を享受するほかない。ヴァルターが柔肉を喰いちぎらんばかりに、胸に歯を立てた。
この鋭い痛みだけは快楽にはなりえない。そして、その痛みに身体を強張らせていると、ヴァルターの雄が中に押し入ってくる。潤ってこそすれ、ほぐれていないそこは、ヴァルターの侵入を拒む。身体の強張りもあって痛みを伴うのに、奥まで届いてしまえば「ああ、っぁ……あ!」の唇からは喘ぎ声が漏れる。
「っひ、や、ああん……!」
「ふん」
ヴァルターの長い髪が、汗ばんだ肌に張り付く。
「っは、あ、ヴァルターさ、まぁ……っ」
はドロドロに溶けた思考の元、この行為の中に一抹の優しさや情を見出そうと、ヴァルターに腕を絡めて縋りつく。
目尻に浮かんだ涙をヴァルターの舌が掬い取った。目を閉じていなければ、眼球を抉り出されるのではないかと思うほど、舌先が強くねじ込むように瞼を舐める。
赤黒く変色した脇腹を掴まれても痛みすら厭わず、激しい律動に息を詰まらせながらあられもない声を上げることしかできない。「や、ああああ……ッ!」が達してもその動きが止まることはない。ガクガクと身体が震えるのは律動によるものなのか、もはやわからない。
「──っ、あ、っはあっ……いっ!」
鋭い痛みがをはっとさせる。ヴァルターの犬歯に血が見え、噛みつかれたことを悟った。
「あんっ、や、ヴァルター様っ」
何度目かの絶頂を迎える中で、はヴァルターが達したのを腹部に放たれた熱で感じとった。ぐったりとシーツに身体が沈む。このまま眠ってしまいたいほどの疲弊だが、は気力を振り絞って、のろのろとベッドから這い出す。ヴァルターがその様を見ながら、欠伸を噛み殺した。
そうして、伸びた手が髪を掴み、股間へと引き寄せる。「っ」はふらつき、膝を強かに床に打ち付けた。
「舐めろ」
ヴァルターが気怠く告げる。は雌のにおいを纏うそれに唇を寄せた。熱を孕んだ身体が落ち着くとともに、じんじんと痛みが燻ってくる。
「は……っふ、」
「貴様はそうして跪くのがよく似合うな」
「ん……」
口内でかたく勃ち上がってくるのを感じ、はヴァルターを見上げた。
髪を引っ掴まれ、ヴァルターの好きがままに口内を犯される。苦しいが、抵抗することなど許されない。「ん、ぐっ」ドロリと口の中に広がる苦みに眉をひそめながら、は吐き出さずに飲み込んだ。
「」
「はい」
「次はないと思え。無様な姿を見せるな」
「はい」
は恭しく頭を垂れ、是を返す。
そうして傷ついた身体と心をどうすることもできず、ひっそりと涙を零した。ヴァルターの与える痛みはあまりに大きすぎる。
「──」
涙が頬を伝い落ちていた。
は緩慢な動作でそれを拭う。ちりちりと首元が痛んで、触れれば歯形がそこにはあった。
「……、……っ」
ひどい夢だ。
あまりにおぞましく、吐き気を覚える。はノロノロと天幕を出た。まだ日の昇らない薄暗い中、ひんやりとした空気が肌に触れる。
「?」
「……!」
びくり、と肩が大袈裟に跳ねた。
「あ…………エフラム様……」
噛みしめるようにその名を呟いて、は慌てて背を正す。
「おはようございます。お早いですね」
「ああ、なんだか目が覚めてな。…は、」
エフラムが眉を顰めたのに気づいて、は身体を強張らせる。なにか気に障るようなことを──エフラムの手が、やさしく頬に触れて、目尻を親指の腹が撫でる。
「どうした?」
は思わず言葉に詰まる。
どうしたらいいのかわからないくらいに、エフラム様は、途方もなくやさしい。
「な、なんでもありません。ただ夢見が悪くて」
「……そうか」
「お気を遣わせてしまって申し訳、」
ございません、と頭を下げるつもりだった。
エフラムの唇が、の言葉を遮らせた。大きく見開いた瞳いっぱいに、エフラムの顔がぼやけて映る。「っふ、」一度離れた唇が角度を変えて重なるのに、はようやく状況を理解した。反射的に目を瞑る。
「ひとりで泣くな」
は慌てて身体を離そうと動いたが、エフラムの手がそれを阻んだ。包み込むように抱きしめられる。
「は、はなしてください」
「嫌だと言ったら、どうする」
「え、エフラム様」
「……はなしたくない。もう少し、このままで」
エフラムの顔が首に埋まる。回された腕にわずかに力が籠められるのを感じた。
「、すきだ」
囁く唇が、肌に触れた。