ベッドに潜り込むと、途端に瞼が重くなった。は微睡みを跳ね除けて、己の身体に手を這わした。下手くそな自慰だと知っている。ジョーカーの指導を反芻させても、思ったような結果は得られなかった。
 は目を閉じて、両手を乳房に添えた。指先が柔い脂肪に沈む。

「……やさしいひとだった」

 ぽつり、とゼロに問われた答えを今さら口にする。
 王命によって王族直属の臣下となった三人について、ゼロが不信感を抱いていることは知っている。不自然なほど唐突で、三人とも素性が知れない。レオンの元にもオーディンという魔道士が召使われることとなったが、レオンもゼロもあまりいい顔をしていない。
 ラズワルドはやさしかった。あまりにやさしかったので、は泣いてしまった。



 例の部屋で、ベッドに座って待っていると、程なくしてラズワルドがやってきた。「こんばんは」と静かに微笑んだ彼は、閉めた扉の前から動く様子がなかった。まるで、命令を待っているかのようで、は戸惑う。

「あ、あの」

 乾いた口から、上擦った声が出た。

「すみません。王城に召使えられたばかりのあなたに、このような不躾なお願いをしてしまって」

 名前も顔も知らない女を抱けと言われて、驚いただろう。仕事だと言われたら、断るすべもない。
 不快な思いをさせてしまったかも知れない、と思うと胸が苦しい。

「近くに行ってもいいかな?」
「あ、は、はい。勿論……」

 静かな足音が近づいて、ベッドの傍らで止まる。
 は座ったまま、ラズワルドを見上げた。薄明かりでも整った顔立ちがよくわかった。を見つめ返す瞳が、ふっと睫毛で翳る。

「そ、そんなに見つめられると、恥ずかしいな」
「あっ、す、すみません」

 は慌てて目を伏せる。そんなにじろじろと見たつもりはなかったのだが、彼がそう感じたということは不躾な視線になっていたのだろう。

「初めまして、と申します。レオン様の専属メイドを勤めさせていただいています」

 首を垂れたに対し、ラズワルドがベッドサイドで膝をついたようだった。先ほどよりも声が近い。

「僕はラズワルド……って、知ってるよね」

 はは、とラズワルドが小さく笑う。
 顔を上げると、やはり目線が近づいていた。は勇気を出して、ラズワルドのほうへ身を乗り出した。

「ラズワルドさん、ベッドにどうぞお入りください」
「えっ! ……い、いいの?」
「勿論です。それとも、わたしなんかが相手でガッカリされましたか? 気乗りしないのでしたら、口裏を合わせていただくだけでも」
「ガッカリなんてするわけないよ!」

 の言葉を遮って、ラズワルドの声が部屋に存外大きく響いた。声を発した本人が驚いたように口を押さえて、恥ずかしそうに「ごめん」と小さく言った。

「確かに仕事だと言いつけられて来たけど、君が嫌がることは絶対にしたくないんだ」

 真摯な視線がを捉えた。
 そんなふうに気遣ってもらえるなんて思ってもいなかった。は時おり、自分でさえもまだ“坊や”であるような気がしてしまう──

「触ってもいい?」

 驚くほどやわらかい声音に、はただ頷くことで答えた。



 ラズワルドの手のひらを熱いと感じるのは、彼を待つ間に緊張と不安で血の気が引いていたからだろうか。右手で頬を包んで、左手はの背を抱いてやさしくベッドに身体を押し倒す。

「緊張してる? あはは、僕もだよ」

 やわらかい笑みを零すラズワルドが緊張しているようには見えなかったが、彼の鼓動が速いのは伝わってきた。のメイド服に手をかけて、ラズワルドがふにゃりと眉毛を下げる。

「この服、可愛いけど……何だか難解だね」
「あ……じ、自分で脱ぎます」
「えー? やだな、僕に任せてよ。脱がせるのも楽しみ、ってやつでしょ?」

 ジョーカーの手慣れた手つきと違って、ラズワルドの指が探るように迷いながらあちこちに触れる。
 着衣をしているとはいえ、隅々までよく観察されているような気分になって、は恥ずかしさに頬を赤らめる。メイド服をすべて脱ぎ終える頃には、ラズワルドの手を熱いと感じることはなくなっていた。むしろ、すこし冷たいとすら思うほど、身体が火照っている。

「照れてる? 可愛いなあ」
「えっ……」

 可愛い、なんてゼロのからかい以外で聞いた覚えのない言葉だった。
 熱を持つ頬がさらに熱くなったような気がして、は手で顔を覆い隠した。ラズワルドがその手を取り払うことはなかった。言葉通り、の嫌がることはしないのだろう。

はとっても可愛い女の子だよ」

 ラズワルドが噛みしめるように告げる。そうして、指先が鎖骨をなぞるように撫で、一拍の間をおいてから胸元へと下っていく。
 手のひら全体でやさしく乳房を包み込む。

「やわらかいね。ふわふわしてる」
「んっ……」
「不思議だなあ。すごく引き締まった身体つきなのに、触るとやわらかくて気持ちがいい」

 柔い脂肪がラズワルドの手の内で形を変えるうちに、中心が固く尖っていく。ぷくりと立ち上がる乳首には触れようとしないまま、ラズワルドはなおも乳房をやさしい力加減で揉むばかりである。
 は顔を覆う手の隙間から、ちらりとラズワルドを見やる。
 視線に気づいたラズワルドがにこりと微笑む。

「いっぱい触らせてね」

 はい、と蚊の鳴くような声では答える。
 とても慎重で繊細に、痛みの一つも与えまいとするかのような手つきで、ラズワルドの指先はつんと尖る乳首に触れた。くすぐったい感覚とともに、ぞわりと悪寒にも似た感覚が走る。
 くすっ、とラズワルドが囁くような笑い声を漏らす。

「心臓、すごくドキドキしてるのがわかるよ」
「……っ! で、でも、ラズワルドさんだって……」

 うん、と頷いたラズワルドが、の右手を自身の胸に押し当てる。どっどっどっ、と早鐘を打つ鼓動が手のひらから伝わってくるが、は心臓の音がどちらのものなのかよくわからなくなる。

「緊張するし、ドキドキもするよ。可愛い女の子が僕の手で、もっと可愛くなるんだから」

 恥ずかしそうに頬を赤らめて、ラズワルドが微笑む。可愛い可愛い、と臆面もなく言われて、は反応に困って眉毛を下げてラズワルドを見た。
 ふいに、ラズワルドが笑みを消して、緊張した様子で喉仏を上下させる。

「キス……してもいい?」

 事あるごとに、いちいち確認を取るつもりだろうか。

「構いません。あの、どうかラズワルドさんのお好きになさってください」
「……わかった。でも、嫌なことがあったら、言ってね?」
「はい、勿論です」

 嫌がることをするようには到底思わなかったが、そう言わなければ納得しないだろうとは首を縦に振る。
 ラズワルドがほっと息を吐いて、安心したように笑った。

 唇がやさしく触れる。柔らかい感触がただ触れ合うだけの口づけが回数を重ねて、啄むものに変わっていく。

「ん……」

 薄く開いた唇の隙間を、ラズワルドの舌先がノックするようにつつく。言葉にしなくても、に確認を取るみたいだった。する、と舌が口内に入ってくる。何度も角度を変えて、きちんとの息継ぎの間を取ってくれていると気づいたのは、呼吸が浅く弾むだけで乱れることもなく、苦しさを覚えることもなかったからだ。
 ラズワルドが上体を起こして、シャツを脱ぎ去った。甘い顔立ちには想像がつかないほど、鍛え上げられた身体であり、そこには細かなものから深いものまで数多の傷跡が刻まれていた。
 の視線に気づいて、ラズワルドがにこっと笑った。

「触ってみる?」

 先ほどと同じように、ラズワルドがの手を胸元へと導いた。はそっとその肌に指を滑らせる。
 年齢はさほど差がないように見えるが、よりもずっと戦いの中に身を置いていることが窺えた。素性を明かさない。過去も探れない。それでも、こうして対峙してわかる。彼はやさしいひとだ。

「わたしも、あなたに触れていいですか?」

 きょとん、と目を丸くしてから、ラズワルドが赤面した。

「そ、そういう意味で言ったんじゃ……!」
「はい、わかっています」

 ラズワルドが真っ赤な顔を腕で覆い隠すようにして、ちらりとこちらを窺う。「み、見ないで……恥ずかしいから」と、ラズワルドが小さな声で告げるので、は目を伏せて胸元の小さな傷跡をやさしく撫でる。
 ぴく、とラズワルドの身体が揺れた。

「ご、ごめんなさい、痛みましたか?」
「あ、いや、違……」

 ラズワルドが狼狽えて、口を噤む。そうして、手首を捉えると、そっとシーツに縫い付けた。

「僕の好きにしていい、って言ったよね? だから、触るのは僕のほう」

 まだ顔を赤らめながら、少しだけ拗ねたような表情をして、ラズワルドが言った。


 思った通り、ラズワルドはの嫌がることなど一つもしなかった。やさしいキスを全身に降らせて、剣だこのある手のひらは繊細な仕草で肌に触れた。

「……っは、…あ……」

 ちゅ、と耳朶に唇が触れて、びくりと身体が震えた。「可愛い」とすぐ耳元でラズワルドが囁いて、触れる吐息にすらはびくびくと反応してしまう。ラズワルドが身を起こして、の顔を覗き込むようにこつりと額を合わせた。

、すごく可愛い……」

 は閉じていた目を薄く開けて、ラズワルドを見つめる。

「……触るね」

 どこに、とは言わずに、ラズワルドの手は足の付け根に伸びた。
 すぐに中心には触れず、大陰唇をなぞるように指先が上下する。ぴくん、との爪先が跳ね上がった。

「ふ、あ、っア、……っく、ン」

 ぬるりと入り口を滑る指が、愛液を纏って膣内に入ってくる。よく手入れされたジョーカーの指とは違って、節くれだったそれはひどく存在感があった。異物の侵入に対して、のなかがきゅうっと狭まる。
 指が動くたびに、くちゅくちゅと水音が聞こえてくる。恥骨に向けて指を折り曲げられぐりぐりと擦られると、は背を反らして身をくねらせた。

「は、う……ッん! あ、っ、は……」
「指、増やすね」

 ラズワルドが吐息交じりに告げて、ゆっくりと二本目の指を挿入する。

「大丈夫?」

 問われ、は頷く。
 圧迫感はあるけれど、痛みはない。丁寧な愛撫のおかげで十分に潤っているし、ラズワルドの指先に乱暴さなど欠片もない。は少し迷ってから「気持ちいいです」と、答えた。
 ぴたりとラズワルドの動きが止まる。

「あ……す、すみません。はしたなかったでしょうか」
「えっ、いや、」

 は不安にラズワルドを見つめたが、目を逸らされる。

「……煽られたのかな、ってくらいキュンときた」
「きゅん……?」

 意味を理解しかねて首を傾げれば、何でもないとラズワルドがかぶりを振った。そして、「動かすね」と告げてから、指を動かし始める。
 二本の指がバラバラに動き、くにゅりと膣壁を押してほぐしていく。

「ん……っ、ア、はっ、ぁん……!」

 下腹部の奥からざわめくような感覚が沸き起こってくる。がくがくと爪先が痙攣するように震えて、膣内もまたひくひくと蠢いた。荒い呼吸を繰り返すの唇から、だらしなく唾液が垂れる。
 収縮する膣から引き抜かれた指と秘部との間に愛液の糸が伝った。
 はぼんやりとラズワルドを見上げる。汗で張り付いた前髪をラズワルドの指が払って、額に口付けを落とす。

「可愛いなあ」

 ラズワルドがまなじりをやわらかく細めて、笑んだ。
 とろりと愛液が溢れ出た秘部に、ぴたりとラズワルドの起立した男根が触れる。はあ、とラズワルドの唇から熱っぽい吐息が漏れる。

「ごめん、もう我慢できない。入れるね?」
「は、い……」

 ぐっと押し開かれるような感覚に痛みが伴うことはなかった。ぐちゅ、と淫猥な音を立てて、先端がうずまる。愛液のおかげで滑りよく、その先は飲み込むようにぬるりとのなかへと入り込んだ。

「ッあ……!」

 恥骨がくっついて、の膣内がラズワルドのものでいっぱいになる。の奥まで自身をうずめたラズワルドが、目を閉じて細く息を吐いた。
 目を開けたラズワルドが小さく息を呑むのがわかった。

、泣かないで」

 ラズワルドの指が目尻に触れて、涙を拭う。
 嫌だと感じることはなかった。けれど、この行為そのものが、には受け入れがたかった。

「ごめんなさい。ラズワルドさんが、やさしくて──

 いっそ、嫌だと思えたほうがよかった。そうしたら、拒むことだってできたし、こんなふうに涙が込み上げたりしなかった。

「あなたがやさしいから、わたし、……」

 瞼裏にジョーカーとの夜が過る。
 ちゅ、と瞼にラズワルドの唇が触れて、眦の涙を食んで、こめかみに頬に、唇へと口づけが移っていく。

「嫌?」

 困ったようにラズワルドが問うた。ふるふると首を横に振って、は答える。

「……嫌だと思えないのが嫌だなんて、どうかしています」

 涙の向こうで、ラズワルドが苦笑する。
 埋め込まれたままの男根がむくりと質量を増したような気がして、は困惑する。

「あ、ごめんね。だってそれって、つまり、嫌じゃないどころか良いってことだよね」

 にこりとラズワルドが笑ったが、瞳に情欲が揺らめくその顔は、爽やかさを潜めていた。ぽろりと落ちる涙を追って、こめかみに伸びた指が耳に触れては身を竦ませる。

「耳、感じるんだね。可愛い」

 ラズワルドの唇が耳朶を含む。「あんっ」とは甘い声を上げて、ぞくぞくと肌を粟立たせる。
 ゆっくりと男根が引き抜かれていく感覚に、逃すまいと膣壁が蠢くようだった。完全に抜かれてしまう手前で止まって、また深くまで入ってくる。

「んんんっ……!」

 耳の凹みに沿って、舌が這う。身を捩っても、官能から逃れることなどできない。
 律動に合わせてぐちゅぐちゅと結合部から水音がする。激しい動きではない分、男根の形がよくわかるような気がした。

「っは……ァあ、っん、あ、んン!」

 ラズワルドが上体を起こして、の腰を掴んだ。

「きっつ……は、……溶けそう」
「ああ! はあっ、あ! んっ……!」

 ラズワルドが律動を速めていく。ぐ、ぐ、と子宮口を押し上げられるたび、目の前が白く弾けるようだった。
 揺れる乳房に誘われるように、ラズワルドの手が伸びてむにゅりと揉みしだく。きゅっと乳首を摘ままれれば、それと同調するように膣内もきゅんと狭まる。

 ラズワルドがの脚を持ち上げて、自身の肩へと掛ける。ぐっ、とより深くまでラズワルドが押し込まれて、は喉を反らした。

「身体、柔らかいね……君の深いところに届くよ」

 わかる? と、ラズワルドが問いかけるけれど、には答える余裕がなかった。

「あ、っく、ん、はあっ」

 こめかみを伝い落ちるのが、汗か涙かわからない。
 何度も何度もぎりぎりまで引き抜かれた男根が、最奥を穿つ。ラズワルドに抱えられた脚が痙攣して、時おりぴくんと跳ねあがる。子宮口を突き上げられるたびに強い官能に襲われて、高みに昇りつめる感覚が不安になったはラズワルドへ縋るように手を伸ばす。
 ラズワルドがそれに気づいて、少しだけ頭を下げてくれる。はぎゅっと彼の首へと腕を回した。

「わたし、もう……!」
「っは……うん、僕もっ」

 の声は震えていたし、ラズワルドの声も切羽詰まったように余裕を失っていた。

「ああァ……っ!」

 ひと際高く嬌声を上げて、は達する。搾り取るように膣壁が男根に絡みつき、ラズワルドが堪えるような息を漏らして、ひくつく膣から自身を引き抜いた。どろりとしたものが腹部に放たれて、弛緩したの上にラズワルドが覆いかぶさる。
 閉じたままの目尻にラズワルドの唇が触れた。薄らと瞳を開ければ、微笑むラズワルドがぼやけて見えた。

「可愛いよ、

 は恥ずかしさに再び瞼を下ろした。


 にこにこと微笑むラズワルドに見つめられて、は「あ、あの、恥ずかしいです……」と、わずかばかりに顔を背けた。ラズワルドが、恥ずかしいから見ないで、と言った気持ちがよくわかる。

「……お戻りになられないんですか?」
「え? 朝まで一緒にいてもいいでしょ?」
「それは、構いませんけど……」

 は窺うようにラズワルドを見やる。腕枕をして、もう一方の手での髪を弄るラズワルドが、一層嬉しそうに笑みを深める。

「じゃあ、このまま寝ようよ」
「あ……」

 ラズワルドが身を寄せてくる。抱きしめられたは、とくとくとはやい速度で脈打つ彼の心音に耳を傾けた。はラズワルドの腕の中で、静かに目を閉じる。

「おやすみなさい、ラズワルドさん」
「うん、おやすみ。

 ちゅ、とこめかみに口づけが落ちる。続けざまにその唇が目尻に押し当てられて、じわりと滲む涙を舌先が舐めとった。

星も泣く夜のこと

(わたしも一緒に泣いていた)