自分は可笑しいのだ、とは知っていた。
決して長男にはなれなかった嫡女。性を認められなかった少女。偽りを強いられた過去。けれども歪なそれらすべてが、自分自身であるということも、はよくわかっていた。綺麗に磨かれた鏡台に映るのは、メイド服に身を包んだ、まぎれもない女である。
──わたしだ。
髪を伸ばして、化粧を施して、スカートを履いて、そうしたことに違和感を覚えなくなったのはいつだっただろう。ぼんやりと自分の顔を見つめて、シャワーを浴びたばかりの髪が、しとりと水気を含んでいることに気づく。
「……はあ」
毛先よりも重たげなため息を吐き出して、はタオルで髪を乾かす。
この指導のためだけに用意された部屋に来ると、憂鬱な気持ちになる。乾いた髪をいつものように整えて、は灯りを絞るとベッドに腰かけた。
真新しいシーツに触れる。ジョーカーの手を煩わせてしまっていることが、には心苦しい。そして、普段は自分に対して気を遣うことなどないジョーカーが、経験のないに配慮してくれているということが殊更申し訳なくて、気恥ずかしくて、情けなくなる。
本来ならば、カムイの傍をひと時も離れたくないはずである。それでも仕事ゆえに、北の城塞からわざわざ足を運んでくれているのだ。
これは仕事だ──冷静なジョーカーの声が脳裏に蘇る。
わかっている。理解している。それでも、割り切ることができないのはがメイドとして未熟だからであり、隠し切れない邪な想いを抱いているからにほかならない。
静かに扉が開く音がして、はっと息を呑む。「執事長、お疲れさまです」と、ジョーカーの表情を確認するより早く、立ち上がって首を垂れる。これまでまともに挨拶すらできていなかったことに、はようやく気付くことができた。
近づく気配があって、ジョーカーのつま先が視界に入ったと同時、顎を掴まれて上を向かされる。
薄暗い中で、銀灰色の瞳がじっとを見下ろす。ふん、とジョーカーが小さく鼻を鳴らした。
「執事長、とはずいぶん色気がないな」
「す、すみません」
「レオン様とは睦言を交わせるようにしておけ」
「……はい」
できるかどうかわからない、などと弱音を吐いてはいけない。
俯きそうになる顔は、ジョーカーの指が顎に掛かっていて上を向くことしかできない。は恥ずかしさから視線を彷徨わせる。
ジョーカーのもう一方の手がおもむろにの背に回り、エプロンの結び目を解いた。そうして、剥き出しの背に指を這わせる。背骨を確かめるような動きをして、腰元からうなじにかけて、その指が昇っていく。ぞわ、とその指と同時に背を駆け上る感覚に、は思わずぎゅっと目を閉じた。
「んっ……」
胸元のブローチが外されて、頭上の髪留めも取り払われる。
あ、と思う間もなく大きく開けられ、露わになった首筋にジョーカーの唇が触れた。ぬるりと舌が肌を這う感触に身を震わせるうちに、ジョーカーの手が胸元を覆う下着を脱がせてしまう。
すとんと腰元から服が落ちる。曝け出された素肌を隠す間もなく、の身体はベッドへと投げ出された。
柔らかいベッドがいくらか衝撃を吸収してくれたが、それでもは硬く目を瞑って身を固くした。そろりと目を開けたときには、すでにジョーカーが覆いかぶさっていた。
「ジョーカーさ、ま」
名を呼んでも一瞥をくれるだけで、ジョーカーが何かを言うことはなかった。ただ、しゅるりと首元のタイを外して、床へ放った。
こくり、と上下したの喉元を、ジョーカーの指先が撫でる。
鎖骨をなぞって離れた指は、シーツを握りしめるの手に絡みついた。裸体を晒すのはもう三度目である。いくら薄暗いとはいえ、これだけ近づけば互いの表情もよく見える。平素と何ら変わらない顔をして、冷静な瞳がを見下ろしている。
じんわりと熱を持つ頬が赤みを帯びていることも、ジョーカーの目には見えているのだろう。が恥ずかしさから目を伏せるとほぼ同時に、唇が合わさった。
反射的に結んでしまった唇を、は慌てて薄く開いて舌を伸ばす。とろりとした唾液と、ざらついた舌先が絡み合う。ぎこちなく、稚拙で単調な動きしかできないと違って、ジョーカーの舌はひどく器用に動いて、丹念に口腔内を愛撫する。ぞくりと肌が粟立つ感覚がして、思考が蕩けるようにぼやけていく。
鼻での呼吸が追いつかないくらいに息が弾んで、重なった唇の隙間から大きく息を吸い込み、は胸元を上下させた。
「っん、ぅ、……っふ、」
正直言って、上手い下手を判断するほど、には経験がない。けれど、ジョーカーには緊張など微塵もなければ、躊躇いや戸惑いも一切ないことだけは、確かだった。
は口づけにばかり気を取られて、胸元に伸びる手にすら気づけない。ジョーカーの指が乳房に触れると同時に、の身体がびくっと跳ねた。ふにゅりと脂肪を持ち上げるように手のひらが胸を揉み、時おり押しつぶすような動きをする。
「はっ……ァ、ん……」
下唇をやさしく食んで、ジョーカーの口づけが喉へ移った。「あっ」と、小さく甲高い声を上げて、は背を反らした。ぞわぞわと背筋を駆け上る官能から逃れるためなのか、自分自身ですらよくわからずに身を捩る。
「逃げるな」
ジョーカーの短く低い呟きと共に、突き出すような形になった喉元に軽く歯が立てられる。
やわらかい唇ともざらついた舌とも違う鋭い刺激は、痛みを伴いながらも、確かな快感を残した。は吐息を震わせ、閉じていた瞳を薄らと開ける。ジョーカーが視線を上げることはなく、首元に顔を埋めて肌に舌を這わせる。
ぎゅっと無意識に絡めていた指が解かれて、ジョーカーの手がの内腿を撫ぜた。それと同時に乳房を揉みしだくだけだったのに、胸の頂を指先が摘み上げた。
「っひ、んッ!」
思わず、悲鳴じみた声が漏れる。
跳ねるの身体など厭わずに、ジョーカーの愛撫は続く。鎖骨を丁寧に舐めたと思えば、歯が軽く押し当てられる。乳首を押しつぶしたかと思えば、乳輪をやさしく撫でる。
「あっ、は、や、アぁ……!」
脚の付け根にジョーカーの指が伸びて、反射的に身体が強張った。けれど、脚を閉じるような真似はできなくて、はぎゅっとシーツを握って羞恥と緊張を堪える。
ジョーカーがふいに上体を起こした。「息を吐け」と言われてはじめて、は唇を結んで、息を堪えていたことに気がついた。はあっ、と漏れた吐息は熱を孕んでいた。ジョーカーの表情が和らぐということはなかったが、わずかばかりに目元が眇められる。
近づく唇がやわく耳朶を食んだ。ぞくぞくとした感覚を逃すこともままならず、は首を竦める。
「んうっ、っは、あッん」
ジョーカーの指がそっと恥丘に触れてから、ぬかるむ秘部を上下になぞる。そうして、人差し指がのなかへと沈んだ。舌先が耳穴にねじ込まれて、ちゅぷりと聞こえる水音が耳元のものなのか、秘部のものなのかにはよくわからない。ぞわりと広がる快感も、どこからの愛撫によるものなのか判断がつかない。
──わかるのは、気持ちいいということだけだ。
「ああっ……はう、……っく、ぅん……っ!」
はシーツを握りしめていた手を、ジョーカーの首へと回した。耳に触れる唇が、ふっと笑みをこぼしたような気がしたが、ジョーカーの表情が見えないため笑ったのかは定かではない。
ゆるく動く人差し指だが、以前みた反応をよく覚えているようで、の好いところばかりを擦る。
「じょ、カーさまっ……」
思わず、はジョーカーに縋りつく。
耳元から離れたジョーカーの唇が、の嬌声を呑み込んでしまう。結ぶこともままならない唇の隙間から、口腔内に舌が入り込んでくる。膣内の指が二本に増えるが、痛みも違和感もなかった。
トロトロに溶けるそこと一緒に、思考もまたぐずぐずに蕩けていくようだった。ジョーカーの指が引き抜かれ、それを惜しむように膣壁がひくりと蠢く。「はっ、」と離れた唇から互いの呼吸が触れた。
「……」
いつの間にか、の視界は歪んでいた。目尻から零れた涙をジョーカーの指先が拭って、そこでようやく涙のせいだと気づくほど、頭が回っていない。
首に回していた腕を解かれて、指先を繋いだままシーツに縫い付けられる。
ジョーカーが視界から消えた。
「んっ! う、ァ……や、だ! じょ、……っああ!」
溢れてくる愛液を掬い上げるように、ジョーカーの舌が割れ目をなぞる。ほとんど錯乱して上体を起こしかけたを、ジョーカーの手が押さえ付ける。激しい羞恥と追い立てるような官能がを襲い、いやいやとかぶりを振るが身を捩ることすら許されない。
ジョーカーの唇が小さな突起に吸い付いて、の爪先が跳ね上がった。
「っやア! 待っ……だめ、ジョーカーさまっ!」
「喚くな。これはお前に必要なことだ」
ぐ、と絡まる指に力が込められる。
びくりと身を竦ませて、は唇を結んだ。仕事と割り切ることのできない自分の未熟さ、消えてしまいたくなるような恥ずかしさ、それなのに抗いがたい官能と欲望──色んな感情がない交ぜになって、涙となって溢れてくる。
が大人しくなったのを確認して、ジョーカーが愛撫を再開する。
唾液と愛液が混ざりあう膣内に舌がぬるりと入り込む。指とは違い、柔らかくて少しざらついており、熱い感触だった。舌先を尖らせて抜き差しするような動きをするたび、ちゅぷちゅぷと淫猥な音が聞こえてくる。
「……は、……ぁ……ん、う…………」
蕩けきったそこからジョーカーが顔を上げて、親指で唇を拭う。
入り口に添えられた質量に気づいて、は小さく息を呑んだ。亀頭が上下するように擦り付けられ、潤滑剤を得たそれは、ゆっくりとのなかへと押し入った。
痛みには慣れていると思っていたが、手厳しい指導とは比にならぬ痛みだった。身を引き裂くような鋭い痛みに息が詰まるが、ジョーカーが舌で口を開かせてくれる。
「ふ、ぁ」
口づけに意識が反れて、身の強張りがわずかに緩む。ジョーカーの男根が徐々に膣壁を押し広げていく。
痛みが和らぐわけではなかったが、それだけではないことは確かだった。
「……じょーかー、さま」
きつく閉じていた目を開けば、すぐそこにジョーカーの顔があった。かすかに喘ぐように、短く吐息するジョーカーの額から、汗が滴り落ちる。
心の奥底から沸き起こってくる気持ちに幾重も蓋をして、は再び目を瞑る。
「動くぞ」
は目を閉じたまま、小さく頷きを返した。けれど、ジョーカーはそのまま、動く気配がない。
ジョーカーの親指が、の下唇をふにゅりと押した。「ん、」と小さく声を漏らして、は薄らと瞳を開ける。呆れたふうにジョーカーが苦笑を浮かべていた。
「余計なことを考えるのはやめろ、と何度言えばわかる」
ジョーカーの声音が存外責め立てるような厳しさを持っていなかったので、はなにも答えられずに、ただ瞼を下ろして涙を落とした。
ズキズキとした痛みがジンジンと熱を伴うような鈍痛に変わっていくのと同時に、は確かな快感を得ていた。これが普通なのか、ジョーカーの手腕によるものなのかにはわからないし、もはや何かを考える余裕がなかった。
浅いところをお腹側に擦られると腰の奥がざわめき、最奥を突きあげられると瞼の裏が白むような感覚がする。
「あっ、ァ、ああっ……!」
律動に合わせて跳ねるように揺れる乳房を強めに揉みしだいて、ピンと立ちあがった乳首を指先が捏ねる。
ぐい、との脚を開かせて、ジョーカーが身体を密着させる。体位が変わったことで、膣内に当たる角度もまた変わる。
ジョーカーの唇が耳朶に触れ、舌が丹念に凸凹を這う。耳が弱いと指摘された通りに、は強い官能を覚え、ぞくぞくとした感覚から逃れられずに背を弓なりに逸らした。
「ひッ、う、ああんっ」
「……く、」
耳元に、ジョーカーの息が触れる。きゅう、と膣奥が熱く溶けるような感覚がした。
「っや……!」
破瓜の痛みすら忘れて、は官能の波に飲み込まれる。跳ね上がった爪先がピンと強張り、膣内がの意思など関係なく収縮する。蠢く膣壁を抉るように打ちつけられた男根が素早く引き抜かれて、の腹部に白濁液が吐き出された。
そのまま眠ってしまったのだと気づいて飛び起きれば、下腹部がずきりと痛んだ。
「おい、無理をするな」
聞こえるはずのない声に振り向けば、すでに身なりを整えたジョーカーが眉をしかめての顔を覗き込んでくる。唖然として裸体を晒すにシーツを被せ、そして、あろうことか冷たい水まで用意してくれている。
都合のいい夢を見ているのではないか、とは思わず頬をつねってみたが、痛いだけだった。
「す、すみません、ジョーカー様をこんな時間まで付き合わせてしまって」
「……構わん」
ジョーカーがため息を吐く。そして、の目尻に指を這わせた。
「目が腫れているな。よく冷やしておけ」
「あ……は、はい」
「レオン様はお優しいと思うが、お前が手解きする立場であることを忘れるな」
「はい」
はジョーカーを見上げる。ジョーカーにとっては仕事でしかなかっただろうが、にとっては──
目を伏せて、首を垂れる。所詮、とジョーカーの関係は、メイドと執事長という上下関係のできあがった使用人同士に過ぎない。
「ご指導ご鞭撻のほど、ありがとうございました」
ぽん、と頭の上にジョーカーの手が乗った。その手の重みも温もりも、記憶に刻み込むことができたらいいのに、と願わずにはいられない。けれど、ジョーかの手はすぐに離れていって、温もりなどほとんど残らなかった。
はゆっくりと顔を上げた。
「メイド長には俺から話をつけてある。今日は身体を休めろ」
「えっ! 執事長のお手を煩わせてしまって、本当にすみません……」
ふ、とジョーカーが唇に笑みを乗せる。
「執事長、か。まあいい、俺はもう行く」
「あ……」
つい、追いすがるような寂しげな声が漏れて、ははっとして唇を押さえる。ジョーカーが呆れたように苦笑を漏らし、の額を小突いた。
「カムイ様をお待たせするわけにはいかない」
「は、はい」
「……眠りこけるてめぇを置いて戻ってもよかったんだがな」
ぼそ、とジョーカーが呟いたがその声は小さく、には届かなかった。「え?」と呆けるを無視して、ジョーカーが踵を返した。そして、そのまま一度も振り返ることなく部屋を後にする。
もう夜明けがそこまできていた。
は痛む下腹部へと指を這わして、細く息を吐く。まだ、どこかに熱を孕んでいるような気がした。