同じ轍は踏まない、と思っていたのに、相も変わらず緊張に指先が震えておさまらない。昨夜と同様、ベッドに鎮座したは、深く息を吐き出して緊張を少しばかり和らげようと試みる。けれどあまり意味をなさず、心臓が飛び出そうなほどにうるさく脈打っている。
 ジョーカーがタイを緩める衣擦れの音がひどく耳について、は余計に緊張を高めてしまう。

「今日は、お前に奉仕してもらう」

 手近な椅子の背もたれにベストを掛けながら、ジョーカーがため息交じりに告げた。「は……」はい、と答えるはずが、思わずはぽかんと口を開けてしまう。
 奉仕、の意味を理解して、は真っ赤になった顔を俯かせた。

「性感帯は、男女の差異はそれほどないと考えて良い」

 ジョーカーの声はどこまでも冷静である。は今度こそ「はい」と返事をしたが、その声は上擦っていた。

「俺がお前にしたように、やってみろ」
「……えっ、あっ、」

 ジョーカーの重みでベッドが沈んで、はようやく顔を上げた。
 いつの間にか、ジョーカーのブラウスも脱ぎ去られている。鍛え上げられた裸の上半身が目に飛び込んできて、は慌てて視線を逸らした。しかし、「おい」と苛立った声とともに顎を掴まれ、恐る恐る視線を戻す。

「何度言ったらわかる。これは仕事だ、恥じらいは捨てろ」
「ご、ごめんなさい……」

 反射的に謝罪を口にしたが、羞恥心を捨てることなどできそうにもなかった。ジョーカーの言われた通り、昨夜のことを思い出しながら、は目を閉じて唇を寄せた。しかし、重なるはずの唇はすこしだけ位置がずれて、触れた。
 は一度距離を取って、ジョーカーを見つめた。ふっとジョーカーが小さく笑った。

「下手くそ」

 囁くような声とともに、今度は正しい位置で唇が重なった。
 鼻で息をする、という教えを頭の片隅に置きながら、はおずおずと舌を伸ばした。舌先が触れ合っても、どのように動かしたらいいのかわからない。は薄く目を開けて、ジョーカーの様子を窺う。ジョーカーの長い睫毛が、近すぎた距離のせいでぼやけて見える。
 視線に気づいたのか、ジョーカーの瞳が開かれた。はっとしては慌てて目を閉じる。唇が合わさったまま、ジョーカーがわずかに笑んだ気がした。

「ん、っ……」

 小さく漏れたのはの声である。恥ずかしくなって、体温が上昇していく。
 ぎこちないながら、ジョーカーがしたように舌を絡めてみる。しかし、同じように動かすのは難しく、は一度唇を離した。

 むずかしい、と呟くの声を呑み込むように、ジョーカーの唇が重なる。ぐ、と肩を掴むジョーカーの指先にわずかに力が込められた。「っふ、ぅ……!?」ジョーカーの舌が唇を割って、口腔内にねじ込まれる。昨夜とは違ってやや乱暴だった。
 のぎこちなさが顕著になるようである。躊躇なく、舌が口腔内で動き回る。

「待っ、じょ、」

 ぞわ、と腰のあたりが震えるような感覚が、背筋を駆け上って広がっていく。強張って力んでいたの肩から、力が抜ける。

「お前に合わせてたら、夜が明ける」
「そ、そんな、」

 反論しようと口を開くが、言葉が続かない。ジョーカーの言う通りかもしれなかった。
 視線を落とした先にはジョーカーの裸体があって、は慌てて顔を上げた。「もう一度やってみろ」と、ジョーカーが呆れたように告げる。薄く開いた唇から震えた吐息が漏れる。

「し、失礼します」

 はそっと、ジョーカーの頬に手を添えた。じっとを見つめる瞳は、距離が縮まるとともに閉じられる。端正な顔立ちにごくりと唾を飲みこんで、は口づけた。やわらかい感触を唇に感じる。
 先程のジョーカーの動きを模倣して、歯列から口蓋まで丁寧に舌を這わせる。のほうが責めているはずなのに、どうしてか息が弾んでいくのは己ばかりである。性感帯に差異はないと言っていたが、ジョーカーがと同じように心地よさを感じているようには到底思えなかった。

 肩に添えられた手が動いて、のエプロンの結び目を解いた。そうして、胸元のブローチを外す。襟が寛げられて、そのまま肩を抜いていく。晒された素肌に寒さは感じなかった。
 ジョーカーの手が胸を覆う下着を取り除く。胸元の解放感を得て、の身体は緊張で力んだ。

「んっ、ふ……!」

 とろり、と意図的に唾液を送り込まれて、受けきることのできなかったそれが唇の端からあふれて、顎を伝い落ちる。
 は咄嗟に身を引いて、慌てて手で涎を拭った。恥ずかしさで顔から火が出そうだ。

「ジョーカー様、今日は、わたしが」

 ジョーカーの涼しい視線を受けて、は戸惑う。

「わたしが、その、する……んですよね…………?」
「そうだ」

 相変わらず、いつもと変わらない顔をしたままジョーカーの手が伸びてきて、髪を押さえる飾りを取り払った。服装だけなのにメイドではなくなるような気がして、は不安に顔を曇らせる。つい、俯きかけるが、ジョーカーの指先が顎をすくった。

「やってみろ。できないのならば、お前に価値はないと思え」

 心臓が凍えるような気がした。




 知識としてならば、呆れるほど頭に叩き込んだのだ。けれど、実践となると急に怖気づいてしまい、ジョーカーを前にすると身が竦んだ。

 仰向けに横たわるジョーカーを組み敷くような形で、覆いかぶさる。触れ合う部分は互いに素肌で、の身体が火照っているせいか、ジョーカーの体温はすこしだけ冷たく感じる。は窺うようにジョーカーを見つめたあと、こめかみに唇を落とした。ちゅ、と小さく啄む。そのまま唇をずらして、頬に、顎先に、そして首へと降りていく。
 身じろぎひとつしなければ、吐息が漏れることもない。ジョーカーがあまりに無反応なので、は愛撫の仕方が正しいのか、判断がつかない。

「続けろ」

 の困惑に気づいて、ジョーカーがため息交じりに言った。する、とジョーカーの手が髪に差し込まれて、のうなじを撫ぜる。ぴく、とのほうが反応してしまい、恥ずかしさに目を伏せる。
 自分にはない、喉元の出っ張りに舌を這わせて、鎖骨の凹凸を確かめるように舐めあげる。

 手のひらで触れた胸板は硬く、無駄な脂肪などありはしない。すべらかな肌理が吸いつくようだった。けれど、細かな傷が刻まれていることが、触れるとわかる。すべてはカムイ様のために──

「考えごととは余裕だな」
「ち、ちがいます、……んっ……!」

 うなじにある手が動いて、の耳朶を指先が撫でた。耳の縁をなぞって、爪の先が耳穴をつつく。「や、だ、っはう、」身体を震わせながら、は必死に声を堪える。

「お前は耳が弱い」

 仕事の不手際を指摘するような、平素の声音だった。はわずかに潤んだ瞳でジョーカーを見た。

「肝に銘じます……」

 答える声は情けなく震えていた。
 ジョーカーの指が耳から離れて、はほっと息を吐いた。「舐めろ」と、これまた普段通りの指示のように告げて、ジョーカーの親指が唇に押し当てられた。は小さく口を開けて、躊躇いながらそれを含む。
 ぐに、とやわらかい頬の内側を押される。は歯が当たらないように気を付けながら、短く切られた爪から関節、そして指の付け根まで丹念に舌を這わせた。

「扱け」

 言われるがまま、は親指に舌を絡ませながら、吸いつく。唾液がこぼれ落ちていくが、ジョーカーからの指示がある以上、口を離すわけにはいかなかった。

「ん、ぅ……」

 引き抜かれた指は唾液にまみれていた。親指の腹が、唾液をすり込むように下唇を這う。
 ジョーカーが小さく息を吐いたことに気づいて、は視線を上げる。かすかに眉をひそめたその顔は、いつもの仏頂面と変わらないように見えたが、その瞳は確かな熱を孕んでいてひどく扇情的だった。
 はさっと目を伏せて、再びジョーカーの胸元へと唇を寄せる。心臓がひどくうるさい。肌が密着しているのだから、おそらくジョーカーにも伝わってしまっていることだろう。

 女性と同じように薄く色づく胸の突起に舌を這わせる。ちゅっ、と小さく音を立てて吸いついき、口に含んで舌先で転がしてみる。ジョーカーが息を堪えた、ような気がしたが、あまりにかすかでよくわからなかった。
 割れた腹筋を指でなぞり、唇で触れる。下腹部を直視することができなかったが、下着の膨らみを辛うじて確認することはできた。

「……」

 声をかけるべきか迷って、はジョーカーを見上げた。視線だけで促されて、は震える指を下着にかけて、脱がせる。勃起している、ということは、性的刺激を感じていたということである。
 はほ、と小さく安堵のため息を漏らした。そうして、恐る恐る初めて目にする男性器へと手を伸ばした。

 熱くて、硬い。かたちを確かめるように、手のひらで全体を握りしめる。亀頭はつるりとしているが、陰茎は弾力があって、浮き出た血管が脈打っているのを感じる。はぎこちない手つきで、上下に手を動かして梳いてみる。

「痛くはありませんか?」
「もっと強く握っていい」
「は、はい……こうですか?」

 きゅっと握る手に力を込めて、はジョーカーを窺う。
 ちっ、とジョーカーが舌を打った。びくりと身を竦ませ、動きを止めた手にジョーカーの手が重ねられ、そのまま自慰するようなかたちで陰茎を梳かされる。「力が弱すぎる。動きは緩急をつけろ」と、冷静な指示と共にジョーカーの手が離れた。

 相変わらずぎこちない手つきではあったが、力加減に間違いはないらしく、ジョーカーの叱責はなかった。そうするうちに、鈴口からとろりと透明な体液があふれてきて、梳くたびににちゃりと音を立てた。
 は手の動きを止めると、亀頭をぺろりと舐めあげた。ぴくり、と陰茎が跳ねるような動きをして、ジョーカーが息を詰める。ような気がするのではなく、確かな反応であった。親指を含んだときと同じように、は躊躇いながら口を開いた。塩味を感じるが、嫌な味でもなければ嫌な匂いもなかった。

「んん、」

 もちろん、指とは比にならない質量で、より一層歯が当たらぬよう慎重にならなければいけない。唾液腺が刺激されたのか、とろりと唾液が口腔内を満たす。
 はまごつきながら、亀頭に舌を這わせた。は、とジョーカーが短く息を吐く。雁首のくびれを丹念に舐めて、は一度口を離した。ずっと銜えたまま、というのは案外疲れるようだ。唇から垂れた唾液を指で拭って、再び口を開く。ジョーカーの顔を見ることができなくて、かといって男根を直視することもできず、は不自然に視線を逸らす。

 ぱくりと口に含んで、そのまま吸いつき、頭を動かして上下に扱く。じゅぷじゅぷと、唾液が絡まって淫猥な音を立てる。じん、と触れられてもいないのに、下腹部が疼くような感覚がした。

「っふ、う、んっ……」

 こんなことを、レオンにもしなければならないなんて。頭を過ぎる思いを見透かすように「余計なことを考えるな。集中しろ」と、ジョーカーの声が落ちる。

 は上目遣いにジョーカーを見やった。不機嫌そうに眉をひそめているが、機嫌が悪いというわけではないらしい──うっすらと頬が紅潮している。いつの間にかじんわりと汗をかいていて、髪が額に張りついていた。
 ぷは、と息を吐くと、先端と唇の間を唾液の糸が繋いだ。
 舌を伸ばして、亀頭から陰茎の根元まで、ゆっくりと舐る。その下に位置する陰嚢に唾液を垂らして、表面の皺に沿ってやさしく舌を這わせる。ふいに、ジョーカーの手が伸びて、陰茎に添えるだけになっていたの手をゆるく動かした。

「ん、っ、ふ」

 は慌てて手のひらで扱き、舌先を付け根へと寄せていく。
 ジョーカーの指が髪へ差し込まれて、頭を引き寄せられる。唇が亀頭にくっついて、は反射的に口を開いて、口腔内へと招き入れた。そのまま口で扱くが拙い動きでは刺激が足りないのか、ジョーカーの手が補助するようにの頭を動かす。

「んっ、っふ、んんっ、ぅう」

 他意が加わるだけで、動きの激しさはそれほど増していないのに、苦しさが倍増した。滲んだ涙が目尻からこぼれ落ちる。だらしなく唾液が顎を伝う。
 ぐぐ、と口腔内でさらに怒張したような気がした。ジョーカーの手によって、素早く口から陰茎が引き抜かれる。
 ジョーカーから吐精されるものは、彼自身が用意していた布が受け止めていた。

「…………」

 は呆然としていたが、「おい」と呼びかけと共に顔を持ち上げられて、はっとする。遅れて羞恥心が湧いてきて、じわじわと顔に熱が集まっていく。
 対して、の顔を覗き込むジョーカーには羞恥など一切なければ、先ほどまで性的刺激を受けていたとは思えないほど、平素と変わらぬ顔をしていた。張り付いた前髪だけが、夢や幻でなかった証拠のようだった。

「大分拙いが、思っていたより悪くなかった」

 にこりともせずにそれだけ告げて、さっさと支度を終えたジョーカーが昨夜と同じようにに向かってシーツを投げる。

「お、おやすみなさいませ」

 辛うじて、それだけ言えば、ジョーカーが扉のところで一度振り返った。来た時と同様に、きっちりとタイは閉められているし、ベストも着こんでいる。いつも見る執事長の格好に、は安堵を覚える。

「ああ、おやすみ」

 ジョーカーの答える声も、当然ながらいつも通りである。

夜明けを待つより夢で会いたい

(でもきっと、今日も夢を見ない)