すみません、と思わず口をついて出た謝罪はなにに対するものだったのか、にすらわかりかねた。ただ、不愉快そうにあるいは不機嫌そうに、眉間に深く皺を刻んだジョーカーを前にして、その言葉を言わずにはいられなかったのだ。

 決して広いとは言えないベッドの上で正座しながら、は顔をうつむかせてジョーカーの言葉を待った。
 これからなにを行うのか、想像することはできないが、考えるだけで緊張して震えてしまう。「服を脱げ」ため息交じりの声が降って、は数拍遅れて意味を理解する。言われた通りにまずはエプロンを外そうと後ろ手に回すが、指先が震えて上手く解けない。ちっ、と鋭い舌打ちが聞こえて、はさらに緊張と焦りを覚える。

「もういい」
「……!」

 ジョーカーとの距離がほとんどなくなる。はなおも顔をうつむかせたまま、身を強張らせる。ジョーカーの手が伸びて、容易くエプロンの結び目を解いた。

「目を閉じてろ」

 はぎゅっと目を瞑る。
 ジョーカーの手が迷いなく動き、素早くが身にまとう布を取り払っていく。衣擦れの音が静かに聞こえ、時おりジョーカーの手が肌に触れるたび、は小さく身体を震わせた。肩を掴まれ、そのままベッドに押し倒される。やわらかなシーツがの背を包んだ。
 は緊張と恐怖から目を開けることができなかった。「おい」と、呆れかえったジョーカーの声が降ってくる。

「これは仕事だ。わかっているな」
「は、はい」

 はようやく目を開けて、自分にかぶさるジョーカーの顔を見つめた。これほどまでに近くで顔を見るのは初めてかもしれない。レオンに仕えるようになってから、同じ使用人と言えどジョーカーと顔を合わせるのは久しい。歳を重ねたが、記憶とほとんど変わりない端正な顔が眼前にある。
 理解している。そう、これは仕事のひとつである。
 王族は夜伽を学ばなければならない。レオンの専属メイドであるがその相手を務めるのはごく自然だ。けれど、緊張するなと言うほうが無理だ。なにせ、には何ひとつ経験がない。

「余計なことは考えるな」

 ジョーカーの顔も声もひどく冷静だ。はきゅっと唇を結ぶ。
 どうせなら、よく知らないひとが相手だったほうが、ずいぶんと気が楽だったかもしれない。はジョーカーに憧れを抱いている。その気持ちが少しでも伝わってしまってはいけない。

「はい」

 ぎゅう、とシーツを握りしめながら、はうなずいた。



 ふっ、と顔に影がかかるのがわかったが、は視線を上げられなかった。身体の震えを押さえつけようと、は力を込めてきつくシーツを握りしめる。
 ジョーカーの親指が下唇に触れた。は反射的にはっと息を飲む。
 やわらかい感触が唇に触れて、は遅れて目を瞑り、口を真一文字に結ぶ。「力を抜け」と、わずかにジョーカーの唇が離れて、囁くように短く言葉が落ちる。はい、と、答える間もなく再び唇が重なった。

「……ふ、ぅ……!?」

 は思わず目を開けそうになる。
 少しばかり緩んだ唇の隙間を縫って、ジョーカーの舌が口腔内へと入り込んだからである。は逃げるように舌を引っ込めるが、ジョーカーの舌に器用に絡めとられる。ぬるりとした生暖かい感触には背筋を震わせる。

 キス、口づけ、接吻──言葉としては知っていたが、ちゅっと音を立てて唇が触れるというような想像していたものと全く異なり、は愕然とする。あまりに想像を飛び越えた多くのことに、処理しきれずに脳内はオーバーヒートする。逃げ出したい、という思いに駆られるが、はシーツを握ってただただジョーカーを受け入れる。
 息をすることすらままならず、あっという間に呼吸を荒げれば、ジョーカーがわずかに上体を起こした。ははあっ、と大きく息を吸い込む。

「鼻で息をしろ」
「はっ……はぁ……、鼻、で……」

 は呆然としたままつぶやく。道理でジョーカーの息はひとつも乱れていないわけだ。
 ジョーカーが呆れたようにため息をひとつ零したが、それ以上何かを言い募ることはなく、やさしく唇が触れる。

「っ、ん……」

 はぎこちなく、口を開いてジョーカーの舌を招き入れる。躊躇いなく伸ばされた舌が、の舌に絡みつき吸い上げる。上顎を舐められるとぞわぞわとした感覚が広がり、歯の裏側を舌先になぞられるとはきゅ、とシーツを握る手に力を込めた。鼻で呼吸をしようにも上手くいかずに呼吸が弾んでいく。
 ジョーカーの手が包み込むようにして胸へと触れた。「ひ、」と喉の奥で小さな悲鳴が消える。誰に見せるでもない肌の上をジョーカーの手が這う。ジョーカーと出会った頃にはほとんどなかったはずの膨らみも、いつの間にか彼の手に余るほどに成長していたようである。の呼吸に合わせて柔らかな脂肪が揺れ、そこにジョーカーの指が沈んだ。
 胸をまさぐる手が中心の尖りに触れる。「っん……!」びく、と身体が震えるのは恐怖だけではないかもしれなかった。

 身体の強張りがほぐれない。あまりに強い力でシーツを握りしめて白んだ指先に、ジョーカーの大きな手が重なって長い指が絡まる。「」と、名を呼ぶその声はずいぶんと柔らかい響きを持っていた。唇が離れてもなお、ひどく近い位置でジョーカーが見下ろす。
 は潤んだ瞳でジョーカーの顔を見つめた。ジョーカーの親指が、唇からだらしなく零れた唾液を拭ってくれる。胸を離れた手に、は無意識にほっと息を吐いた。

「余裕のないふりはいいが、余裕をなくすな。お前はレオン様を手解きする立場だ」
「……、はい……あの、でも」
「今日はいい。だが、レオン様の前でみっともない真似はするな」

 できるだろうか、と不安が拭えないままに、はこくりとうなずいた。そのために、ジョーカーはこうして指導してくれているのだ。これも仕事のうち、とは内心で何度も繰り返しつぶやく。
 ジョーカーのもとを離れてから、使用人として成長したと思っていたが、こんな無様な姿ばかり見せていては呆れられても仕方がない。は気持ちを切り替えようと努めるが、ジョーカーの顔を至近距離で見つめているとどうしても心が乱されてならない。

 視線を伏せると、何も纏わぬ己の身体が目に入り、は余計に羞恥を覚えてしまう。ジョーカーの指が、の視線の先を追うようにして、胸元へと触れた。

「じょ、ジョーカーさま、」
「自分の身体もよく知っておけ」

 きゅっ、と親指と人差し指で胸の先端をつままれる。「あッ……」甲高い声が漏れて、は思わず驚いて手のひらで口元を覆う。痛みとは違う刺激に、知らぬうちに背がわずかに反った。
 くすぐったさとは違う感覚に、は身をよじる。ぷくりと固く尖った先端を、ふいに親指の腹が押しつぶした。「っ、ふ……!」喉の奥からせり上がる声は悲鳴にも似ている。

「声を我慢するな」
「で、でも、」
「我慢する必要はない」

 言う間にも、ジョーカーの手は乳房をまさぐる。少しばかり強めに指が脂肪に沈むが、走るのは痛みばかりではない。身を捩って逃げたくなるような感覚に、は無意識に唇を噛み締めてしまう。
 ち、とジョーカーがひとつ舌打ちをするので、はびくっと身体を震わせる。

「ごめんなさ……っ、」

 の言葉を遮るように、ジョーカーの唇が重なる。
 くりくりと指先が乳首を捏ねように摘み、やさしく爪弾く。「ん、……んん、っ……んぅ、……!」重なる唇の奥で、刺激が走るたびに声が漏れる。つつ、と胸をいじるもう一方の指先が肌を掠めながら、腹部へと下りていく。

「っん……!」

 臍のくぼみを撫でた瞬間、はびくりと身体を震わせた。ジョーカーの手は止まることなく、下腹部の更に下へと伸びていく。すでに下着はなく隠すものもない──ジョーカーの指先が茂みに触れた瞬間、は慌てて足を閉じてしまった。
 ジョーカーが唇を離し、を見下ろす。

「あ……」

 はジョーカーの視線から逃れるように、わずかに顔を背けた。恥ずかしさと緊張に震える足を、恐る恐る開く。
 中指が引っ掻くような動きをして、ほんの爪先がの中心を掠めた。

「ひっ」

 ははっとして両手で口元を押さえる。ジョーカーの唇が耳へと寄せられて、ふっと軽く息を吹きかけられる。ぞわ、と背筋を震えるような感覚が駆け上った。ちゅぷ、と舌先が耳穴に捻じ込まれ、は喉を反らせた。
 ぴちゃりとした舌の湿った音と重なるようにして、かすかな水音とともにジョーカーの人差し指が秘部に触れた。

「っァ……!」

 誰にも触れられたことのない、自分でさえもそういった意味では触らない場所だ。はぎゅっと殊更身体を硬くする。

「……」

 ジョーカーの視線を刺さるように感じたが、は目を開けられなかった。
 泣きたくなる気持ちを抑えて、これは仕事だと何度も心の中で自分に言い聞かせるが、身体が震えて仕方がない。

 ぬるりと指が滑る感触がする。
 それが意味することは、座学によってすでに知っている。ジョーカーの愛撫で自分は感じている。
 耳への愛撫はそのままに、入り口をゆるくなぞるように、ジョーカーの指先が動く。労わる手つきは、食器を扱う仕草にも似ているように感じた。はそうっと瞼を押し上げる。

 視線が交わる。瞬間、の心臓がぎゅっと掴まれたような感覚を覚えた。ぽろ、とこぼれ落ちた涙が頬を伝う。
 ──こんなかたちで、
 ふいに込みあげた思いは絶望に近い。その思いに蓋をするように、は慌てて目を伏せる。訝しげに眉をひそめたジョーカーがため息を吐いてから、綺麗すぎるほどの笑みを浮かべた。

「安心しろ。やさしくしてやる」

 ジョーカーの声音はこれ以上ないほどに柔らかく、幼子をあやすようだった。はなにも答えられずに、ただ視線をジョーカーへと向けた。瞬きの拍子に、また涙が流れ落ちた。


 きちんと手入れされたジョーカーの指先は、爪も短く整えられている。のうちを傷つけることなく、ぬかるんだ秘部へゆっくりと人差し指が差し込まれた。痛みはなかったが違和感が強く、は無意識に眉根を寄せた。
 ふっ、と耳に息を吹き込まれる。「ん、ぅ……!」は小さく声を上げて身をよじる。

「そのまま力を抜け」

 ジョーカーの唇が耳朶に触れながら、吐息交じりに囁かれる。やさしく耳たぶを食んだ唇が、舌を這わせながら首元へと下りていく。

「あ、……あっ……、は……う、んっ……」

 くちゅ、と湿った音が耳にこびりつくような気がした。ゆるく指を抜き差しされて、は不安にジョーカーを見つめる。ちゅ、と小さく音を立てながら肌に何度も唇が触れて、やがてジョーカーの唇は乳房の先端へと辿り着く。あ、と思う間もなくぷくりとした乳首が口に含まれ、は背を反らせた。

「ひ、や……!」

 びく、と震えた身体はジョーカーが押さえ付ける。
 軽く歯を立てられるが、鋭い痛みを感じたのはほんの一瞬で、不思議なことに甘い痺れが残る。じんじんするような感覚を残した乳首をいたわるように、舌が絡みつくように舐めまわす。「っは、あ、ぁあ……っ」は唇を結ぶこともできずに、ただジョーカーの愛撫に嬌声を漏らした。
 秘部に入ったままの人差し指が、ふいに中で曲げられる。内壁を擦られるような感覚にぞくりと腰の奥がざわめく。

「ジョーカーさまっ……や、なんか、へんです……!」

 熱に浮かされたような感覚に、紡ぐ言葉もどこか舌足らずになってしまう。ははっとして、恥ずかしさに口元を慌てて手のひらで覆った。

「それでいい」
「え……で、でも……っひ、」
「痛くはないな?」

 ぐるりと膣内を広げるように動いたのちに、つぷりと中指も挿入される。は初めての感覚に戸惑いながらもかろうじて、ジョーカーに頷きを返した。
 きついな、というジョーカーの呟きすら、にはもう要領を得ない。
 ジョーカーの親指が、淡い茂みのもとにある小さな突起に触れた。「ん、……!」びく、と腰が跳ね上がり、は反射的にジョーカーの腕を掴んだ。ジョーカーが顔を上げる。

「い、いや……っ、こ、こわいです、ジョーカーさま……!」

 は必死に首を横に振って訴えるが、その手をやんわりと外され、シーツへ縫い付けられる。

、言っただろう。これは仕事だ。投げ出すな」
「……っ、」

 目尻に浮かぶ涙をジョーカーの舌先が掬い上げ、その唇がの口を塞いだ。
 二本の指がなかに入ったまま、親指の腹が陰核をやさしく擦る。重なった唇の奥で声にならない嬌声がくぐもり、息苦しさと恐怖も相まって、の瞳からぽろぽろと涙がこぼれる。がくがくと腰からつま先にかけて、痙攣を起こしたように震えるが、にはどうすることもできない。

「んっ、んんん、んぅう……っ!」

 頭が真っ白になるように、きつく目を閉じた先で光が弾ける。びくりと身体が強張り、やがて弛緩する頃には唇も離れていたし、ジョーカーの手も秘部から遠ざかっていた。は荒い呼吸のまま、ぼんやりとジョーカーを見つめた。

「大丈夫か?」
「……は、い……」
「お前はいま、一度達した」
「…………」

 その意味が理解できないわけではなかった。は緩慢に頷く。
 ため息とともに、ジョーカーの手が頬を伝う涙を拭った。そして、シーツを投げるように掛けられる。

「今日はここまでだ」

 その言葉にはっとして、は慌てて身体を起こす。「ジョーカー様」と、追いすがるような声が出たが、ジョーカーが振り向くことはなかった。

「明日に備えて身体を休めておけ」
「は、はい」

 扉の向こうに消えていく後ろ姿を見送って、そこで初めてはジョーカーの服装がほとんど乱れていないことに気がついた。

迷い子の夜が泣いている

(恥ずかしい、とひとりベッドでつぶやく)