ジョーカーさんの後ろに、うつむいたさんの姿があった。ボロボロではあるけれど、フェリシアさんとフローラさんと同じメイド服を身に着けていて、改めてさんが女性であることを認識する。幼いころ、彼女は私に執事見習いとして仕えていたから、違和感が拭えない。
私はレオンさんを見るが、彼はあえてさんを見ないようにしているようだった。
「カムイ様、お怪我はありませんか?」
ジョーカーさんに頷きを返して、私はさんに駆け寄った。「カムイ様……」目元がすこしだけ赤くなっている。
「さん、無事でよかったです」
私はさんを安心させるために、にっこりと微笑む。
さんが気まずそうに視線を落とした。「おいてめぇ、カムイ様を無視してんじゃねえ」ジョーカーさんに凄まれ、さんはびくっと身体を震わせた。
ジョーカーさんはとても優秀な執事なのだが、ときおり言葉遣いが荒すぎる。
「ジョーカーさん、いいんです。気にしてませんから」
暗夜王国では、私はさぞ悪者だと罵られているだろう。いくら以前に仕えてくれていたとはいえ、いい印象がなくても仕方がないし、先ほどまで戦いを強いられていた相手に気やすくできないのは当たり前だ。
でも、私はさんの言葉が、行動が、とてもうれしかったのだ。
きょうだいとして過ごしたレオンさんでさえも裏切り者と言って私を殺そうとしたのに、さんはそれをしなかった。私とは戦えない、とレオンさんの命に背いてまで言ってくれた。
私はレオンさんを振り返った。
「レオンさん、さんをどうするんですか」
レオンさんが顔をゆがめる。
苦しさや怒りや悲しみ、そして安堵が、その表情には入り交じっているように見える。けれど、プライドの高いレオンさんには、きっとさんを受け入れることはできない。
「どうって……言ったとおりだよ、はもう僕の臣下じゃない」
「レオン様、」
じわ、とさんの目尻に涙がにじむ。レオンさんの傍で、オーディンさんとゼロさんが困惑しているみたいだった。
「じゃあ、私たちと一緒に来てもらっても、いいんですね?」
レオンさんが目を伏せる。「勝手にしなよ」その声は冷たいようで、でもかすかな震えを持っていた。
きゅっ、とさんが唇を結ぶのが見えた。
さんがレオンさんに仕えた期間は、私なんかとは比べ物にならないくらい長い。それに、私とさんが出会ったのはずっと幼いころで、せいぜい友情が育まれたくらいだ。まだ幼かったうえに短い間では、さんとレオンさんのような、信頼関係は築けなかった。
「レオン様のご期待に沿えず、申し訳ありませんでした」
さんが深く頭を下げる。ぽた、と地面に涙が落ちて、はじけた。
ジョーカーさんが苦虫を噛み潰したような顔をしていて、レオンさんが痛みをこらえるような顔をしていて、オーディンさんとゼロさんが悲痛な顔をしていた。
私はそっとさんの肩を抱いた。
「大丈夫です。私が、すべて終わらせて見せます」
さんにもレオンさんにも、こんな思いをさせなければならないことが悲しくてならない。そう、その元凶を断ち切るためにも、私は迷わずに進み続けなければいけないのだ。
振り返ると、リョウマ兄さんやサクラさんがいて、目が合えば頷いてくれる。
──すべてが終わったら、また笑いあえるでしょうか。
さんの涙がぽたぽたと地面に落ちるのを見て、私はなんとも言えない気持ちになった。