は僕を裏切らない。
 それはただの思い込みだったようで、が僕の命令に背いて、力なくうなだれている。

 もしかしたら、過信していたのかもしれないし、甘えすぎていたのかもしれない。でも、今の今まで、一度だってが僕に従わないことはなかったのだ。
 それはもちろん、僕とが主従の関係であるからであり、そしてそこには信頼があるからだ。

 カムイが暗夜王国を去ってからというもの、僕たちきょうだいには欝々とした雰囲気が漂い、その元凶たるカムイに対する負の感情は強まるばかりだった。その中で、僕はカムイへのひどい罵詈雑言をに吐き出すことだってあったが、それでも彼女は受け止めてくれていたのだ。
 が僕に仕える前、短い期間だがカムイに給仕していたことは知っている。しかし、今の主は紛れもなく僕だ。それに、カムイよりもずっと長い間、僕に仕えてくれている。


 僕は馬上からをじっと見下ろす。ぎゅっと握りしめられたこぶしが、かすかに震えているのが見えた。
 側近のオーディンとゼロが駆け寄ってくる。「バカっ、、おまえ……!」オーディンがいつもの芝居がかった口調も忘れ、焦った声を上げた。僕が何かをする前に、ゼロがの腕をつかんで引き寄せる。ゼロの表情は険しい。

「レオン様、のことは後で……じっくりと話しましょう。今はお預けです」

 顔を上げたから、僕は反射的に視線を逸らした。
 ジョーカーがカムイを背にして、僕たちの様子を見ている。カムイがなにか言わんとして、こちらへ踏み出すのが見えた。

 もしも、カムイがに手を差し出したなら、彼女はその手を取るのだろうか。


 ──そんなことが、許されるわけがない。

 僕は素早くブリュンヒルデを詠唱する。に向かって放った魔法は、彼女のスカートの端を掠めとった。ゼロを突き飛ばし、魔法をかわしたが呆然としている。

「……【魔殺し】か、厄介だね」
「れ、レオン様……」
「言ったはずだよ、裏切り者には死をもって償ってもらう」
「……!」

 が言葉を失い、立ち竦む。オーディンとゼロが息をのむのがわかった。
 僕はそれ以上なにも言わずに、ただブリュンヒルデを開いた。

「やめてください、レオンさん!」

 カムイが声高に叫ぶ。正直言って、ひどく目障りだ。「うるさいな……」思わず小さく呟く。

「いい加減、消えてくれないかな……カムイ」

 に向けるはずだった魔法を、カムイへと放つ。「カムイ様!」鬱陶しいことに、とジョーカーの声が重なった。咄嗟に飛びのいたカムイに怪我はなく、僕の苛立ちは募るばかりだ。

、僕の命令に背くなら、容赦しない。あくまでもカムイとは戦えない、そう言うんだね」

 が苦しげに顔をゆがめる。躊躇いがちに「申し訳ございません」と頭が下げられた。それを見て、僕は小さく息を吐く。
 は僕を裏切らない──それは、僕の願望でもあった。

「オーディン、ゼロ、今この時をもっても敵と見なせ」

 彼らは顔を見合わせて、それでもすぐに是を返した。やはり二人は僕の臣下だ。
 ゼロの矢がへ向く。の動きに合わせ、スカートが翻る。メイドといえど、戦いに長けたのことだ、そう簡単にはやられないだろう。案の定、ゼロの矢を避け、森の中へと消えていく。
 一瞬だけ、の視線がこちらへ向いた気がした。

「本当にいいんですか、レオン様」

 不安そうにオーディンが聞いてくるが、僕はそれを無視した。

永遠に飲み込む

(いいわけがない、と叫びたい)