グラスを持つの手に、褐色の指が絡みついた。「珍しいですね、さんがお酒なんて」と、穏やかな声が耳を打つ。
はじろり、と視線を向けた。
「飲まなきゃやってられないの」
ため息交じりに呟いて、空いている手で追い払う仕草をする。しかし、絡みつく手が離れていく気配がないので、はぐっと眉間に皺を寄せた。
ひとりで飲みたい気分なのだ。放っておいてほしい。
言外に込めた意味を読み取れないほど愚かではないはずだ。ライオスとは違って──を見下ろす空色の瞳が、やわく細められる。それは、やさしげにも、意地悪げにも見えた。は瞼を下ろして、考えることをやめる。面倒だ。
ごく自然にの隣に腰を下ろしたカブルーが、頬杖をついて顔を覗き込んでくる。
「へえ。なにがあったか気になるな」
「…………」
「もしかして、噂はほんとうだったりして。ライオスが既成事実作って、さんを」
「黙って」
は素早くカブルーの口を、手で覆った。丸く見開かれた瞳に、の不機嫌な顔が映っている。
ふと、その瞳が伏せられる。視線の先はグラスだった。
グラスごとの手を包んだまま、指先がくすぐるように動く。手のひらに、小さく笑う感触があった。もう一度を捉えた瞳が、挑発するように眇められる。
は手を離して、カブルーの唇を解放した。口を塞ぐよりも、よほど面倒なことになりそうだったからである。
「事実がどうであれ、火のない所に煙は立たないと言いますからね」
「ええ、そうね」
すげなく答えて、は顔を背けた。
べつに、噂話などどうでもよかった。これまでも、あることないこと囁かれてきたにとって、そんなことは屁でもないのだ。
「あなたも噂されちゃうんじゃない?」
傍から見れば、親密に見える距離にいる。
の皮肉にも、カブルーは笑うばかりだ。それどころか、さらにぎゅっと手を握り込んで、顔を寄せてくる。
「さんとなら、本望ですよ」
軽口を交わす気にはなれなくて、は唇をきつく結んだ。もう口を利くつもりはない、と態度で示すが、カブルーは引き下がらなかった。
「結構、本気なんですけど」
カブルーが馴れ馴れしく手の甲を撫で、少しばかり甘えた声を出す。
どうかな、とは浮かんだ疑念を頭の片隅へと追いやった。カブルーの言葉の真偽なんて、考えたくもない。
グラスを持ち上げようとすると、カブルーの手がそれを止めた。
「お酒、弱いんでしょう? 心配なので、俺につき合わせてください」
「やだ」と言いかけて、は口を噤んだ。断れば、きっと一滴だって酒は口にできないだろう。は小さくため息を吐いて、頷いた。
冷たい水が喉元を通り過ぎていく。
飲み切れずに口からあふれた水が、ぽたぽたと胸元に落ちていくのがわかった。冷たい。けれど、それがひどく心地いい。
「もっと……」
喉が渇いている。だから、は水を求めて口を開いた。
「欲しがりだな、さんは」
くす、と笑った唇が近づいてきて、の唇を覆いつくした。冷たい水と一緒に、舌先が口腔内へ入り込んでくる。
「ん、ぅ」
与えられるがまま水を飲み干すが、許容範囲を超えている。むせそうになって、は顔を背けた。あ、と残念そうな拗ねたような声がひどく近くで聞こえる。
の口元を、指の腹がやさしく拭った。
薄暗い中でも、空色の瞳が宝石のように美しい。
「カブ、ル……」
「ん? あ、やっと酔いが醒めてきました?」
「……さいあく」
は小さく吐き捨てる。カブルーが「ひどいな」と肩をすくめた。
「たしかに、途中から酒じゃなくてジュースを飲ませましたけど」
「余計なお世話!」
「でも、それに気づかないくらいに酔ってたでしょう? 酔ったさんは、無防備で、蠱惑的で危険だ」
カブルーが少し怒ったふうに言いながら、を容易く組み敷いた。意識ははっきりしてきたけれど、まだ身体はふにゃふにゃで抗う力がない。
「俺に、簡単に身体を預けて」
「んッ……」
指先が濡れた喉元を伝って、胸へと降りていく。そこで初めて、は自身のあられもない姿に気がついた。下着の留め具は外れていて、申し訳程度に引っかかっているだけだ。乳房がほとんど見えてしまっている。
素肌を這うその感触に思わず声が漏れて、は慌てて唇を結んだ。
「今さら無駄ですよ。さんの身体は、もう暴いちゃいましたから」
「っ、や……!」
「いやですか? ほんとうに?」
ぐ、とカブルーの指が柔肉に沈んだ。
「あ、っ」
びくりと身体が跳ねて、甲高い声が部屋に響く。をひたと見下ろすカブルーの瞳は、静かに観察しているようだった。はさっと目を伏せて、唇に手の甲を押し当てる。
乳輪に沿ってくるりと円を描いた指先が、ぷくりと立ち上がったその中心を押しつぶした。
びくっ。
自然に背が反って浮き上がる。ぷるりと震えた乳房は、みだらに誘うようだった。は嬌声をかみ殺しながら、ぎゅっと目を瞑った。
カブルーはの弱いところを的確に攻めてくる。酔ったは、”素直に”弱点をさらし出してしまったのだろう。ライオスのときと同じように──
とろりと溢れた愛液が、お尻のほうまで伝い落ちているのを感じる。
いったい、カブルーにどんな様を見せてしまったのだろう。こんな自分は知りたくない。だからこそは、記憶をなくすとわかっているときにしか、身体を重ねてこなかったのに。
「いや……」
「ライオスはよくても、俺はだめですか?」
カブルーの声はかすかに震えていた。
「……どっちもだめだよ」
「どうして。ライオスのことは、許したんじゃないんですか?」
「許したくて許したんじゃ──」
「だったら俺も、酔った勢いだってなんでもいいから受け入れてくださいよ!」
駄々をこねる子どものようで、は困惑する。
薄らと目を開ければ、カブルーは泣き出す一歩手前みたいな顔で、を見つめていた。まなじりが、滲むように赤い。空色の瞳が揺らいでいる。
「カブルー、」
「……ライオスをけしかけたのは、俺です」
「…………」
「でも、まさかほんとうにことを起こすとは思っていませんでした。さんは、絶対に受け入れないと思っていたので」
なのに、とカブルーの顔がくしゃりと歪む。
カブルーが指先を、の首筋に添える。「情事の跡が、こんなに苦しいものだとは」と、小さく呟いて嘲笑を漏らした。
そこには、ライオスの噛み痕がうっすらと残っていた。他にも、やたらとキスマークをつけられていて、見るたびにライオスを思い出しては臍を噛まされている。
「そんなことだろうと思った。ライオスが、あんなこと思いつくわけないものね」
ふぅ、と吐き出した息が、妙に甘ったるい。お腹の奥底にくすぶる熱がの全身を巡って、いまにも弾けそうだ。もぞり、と無意識に脚が動く。
え、と驚きの声を漏らしたカブルーが、きまり悪げに目を逸らした。
「カブルー」
「……っ、俺は、」
言葉に詰まるカブルーを、はじっと見つめる。
カブルーは、根っからの悪人ではない。その証拠に、はほとんど裸だけれど、カブルーの服は乱れていない。最後の一線は越えていないのだ。
「ばかね、カブルー」
おもむろに、はカブルーへ両手を伸ばした。そうして、カブルーの顔を包み込む。いまのカブルーは、まるで途方に暮れる、幼い迷い子のように見えた。
「嘘が上手だからって、自分の気持ちまで欺いちゃだめだよ」
長い沈黙のあと、カブルーが「はい」と素直に頷いた。
カブルーが、こつりと額を合わせる。柔らかい髪が額に張りついていて、はカブルーがしっとりと汗ばんでいることに気づいた。
「好きです、さん。誰にもあなたを渡したくない」
祈りを捧げるような告白だった。
真摯な眼差しの奥には、たしかな情欲が滲んでいる。ぞくん、と下腹部に震えが走る。
は答える言葉を持たない。薄く開いた唇からは、かすかに吐息が漏れただけだった。
もっとも、返事など期待していないというふうに、カブルーが目を細める。
鼻先が触れ合う。口づけの合図だったかのように、その直後にカブルーの唇がその吐息を呑み込んだ。舌がにゅるりと絡み合うたびに、ぞわぞわと甘い痺れが走って、の腰が小さく跳ねる。
「ふふ、かわいいな。さん」
「っ、んぅ……」
唇がほとんど触れている距離で囁くので、カブルーの吐息と唇の動きが伝わってくる。漏れ出る声を押さえようと、はきゅっと口を結んだ。
カブルーがもう一度「かわいい」とため息のように囁いて、唇の表面に舌を這わせた。ぬるりとした感触に薄らと口が開いて、そこから舌が割り入ってくる。唾液にまみれた舌が何か別の生き物のようだった。にゅるにゅるで、ぐちゃぐちゃだ。
「ンうっ、んんっ、ふ、っんふ……」
カブルーが浮き上がるの腰を掴んで、濡れそぼった秘部に男根の先端を添えた。くちゃり、と音が聞こえての全身がカッと熱を持つ。
入り口に触れただけなのに、膣壁がヒクヒクと期待に震えるのがわかった。
「さん、俺を見てください」
はそろりと目を開けた。カブルーが、をひたと見つめている。ぺろり、と唇を舐める仕草がいやに色っぽい。
こんなときでも、瞳の色が鮮やかできれいだった。
する、とカブルーの手が腹部をひと撫でして「入れますね」と告げた。
「言わなくて、いい……」
「いいえ。ちゃんとわかってほしいので、言います」
「な、に」
「いま、あなたを抱いているのは、俺です」
ぶつけられる熱量に目を逸らしたくなるのを耐えて、はカブルーを見つめ返す。満足そうに、カブルーが口角を上げた。
くぷん、と亀頭が秘部に沈む。の身体が強張ったのは一瞬で、すでにくにゃくにゃの身体はすんなりとカブルーを受け入れた。それどころか、迎え入れるように膣壁が蠢いて──
「ッあ……あっ? ひ、ぅ……!」
入れただけで。
は信じられない気持ちだったが、身体は正直でひたすら喉をのけ反らせて身を震わせるほかない。「すみません」と、小さく漏らしたカブルーの声を、は拾い損ねあた。
はぼんやりと視線を投げたが、視界が滲んでいた。カブルーの親指が目尻に溜まった涙を拭う。
「我慢、できそうにない」
いうが否や、カブルーの手が小さく跳ねるの腰を掴んで、自身を打ちつけ始めた。痙攣する膣内が、かたい男根によって抉じ開けられる。
「っやあ! や、まって、あァ!」
伸ばした手を掴まれ、指を絡めてシーツに縫いつけられる。カブルーの片手は、腰を掴んで離さない。
「だめ、あ! あぁ、っあ、あ、イっちゃ……ッ!」
続けざまに達しても、カブルーが休ませてくれることはなかった。それどころか、息を整えようとするの唇に親指を差し込んで「休ませませんよ」と、のたまう。
はまなじりに力を込めて睨みつけるが、文句の代わりに口からは嬌声ばかり漏れてしまう。
小刻みに震えるの腹にカブルーの指が食い込んだ。圧迫されたことで、はそこに埋め込まれた存在をまざまざと感じさせられる。ぎゅう、とのなかが反応して、カブルーを締めつける。
「ほんとうに、かわいいな。好きなだけイってください」
うるさい、と憎まれ口を叩きたかったのに、カブルーの唇に塞がれて声が出ない。もっとも、塞がれずとも思ったとおりに言葉を紡げていたかは怪しい。
舌を丁寧に絡めとりながら、伽羅色の指が胸元に伸びる。やさしく柔肉を揉み込んだかと思えば、ぐっと指先を沈める。感じるのは痛みではなく、鋭い快感だった。重なった唇の奥から、のくぐもった嬌声が漏れる。
絶頂の波が、押し寄せるばかりで引いてくれない。
「ふぁ……ンっ、あ、ぁあっ」
きゅっ、と頂を摘まみ上げられて、びくりと身体が跳ねる。カブルーの笑う気配がしたが、過ぎた快楽を耐えようときつく目を閉じるには確かめるすべも、余裕もない。
「ッはぁ……トロトロなのに、すごくきつく締めつけてくる」
「ひあぅッ!」
ふいに、カブルーに腰を抱き寄せられて、は身を捩らせた。男根がさらに奥へと入り込んで、脳髄を震わせるような強烈な快楽がを襲う。目の奥で光がちらつく。
「奥、届いてますよ」
すこし掠れたその声が色香を漂わせ、はぶるりと身震いした。薄らと目を開けて、はいやいやとかぶりを振る。頬を伝い落ちていく涙を、カブルーの舌先が掬った。
目尻に口づけた唇が、耳に触れる。
「大丈夫、気持ちいいだけです」
やさしく宥めるような声音だったけれど、が安心できるはずもなかった。
「ぃやっ……! いやッ、まって……ッ!」
「待ちません」
カブルーの唇が首筋に触れて、やわく歯を立てる。ちりつく痛みすら気持ちがいい。はなおもかぶりを振る。
「待たない」と無慈悲に告げる唇が、あちこちに吸いついてはキスマークを残す。
身体を起こしたカブルーが下腹部に手を走らせ、そのもっと下──濡れそぼった陰核へと指を這わせた。
「いっ、やめ、あ、あ、あっ」
くりくりくり、とやさしく、しかし執拗に陰核をなぶられて、はあっけなく高みに追いやられる。「やだ、やッ、それ、」やめてほしいのに、の手は力なくカブルーの腕に絡むだけで制止の意味をなさない。
そうする間にもひどく敏感になったそこを擦られ続けて、は悲鳴じみた声を上げながら身体をのけ反らせる。
がくがくと震える腰を、カブルーの手が抱え込む。陰核を責める指はやまない。
「やっ、う、ぁッ! アッ、やぁああっ! ねぇっ、ずっとイッてる、イってる、てば……あああッ!」
「っ、やば……気持ちい……」
「だめ、あ、イク、イク、いっ……っぅううン……!」
ひと際大きく腰が跳ねあがる。はずみでカブルーの男根が抜けて、ぷしゃっと潮が噴き出した。口をパクパクするようにひくつく秘部に、カブルーが指を二本埋めた。
「んあっ、う、っやああ」
ぐじゅぐじゅとなかをかき混ぜられて、潮が止まらない。シーツが濡れていく感触が気持ち悪いし、恥ずかしい。
「や、かぶる、も、やあ……」
「やばい、めちゃくちゃ興奮する」
呟いたカブルーが、痙攣する身体をやさしく反転させ、うつぶせになったに覆いかぶさる。はどうすることもできずに、シーツを握りしめた。カブルーがうなじに唇を押し当てながら、ゆっくりと男根を秘部へと埋めていく。
「あ、あ、あ…………!」
ぐ、と下腹部を抑え込むように抱え込まれる。ずっと気持ちがよくて、もうなにがなんだかわからない。イっているのかいないのかさえ定かではない。
カブルーの指が、ぴんっと陰核を軽く弾いた。
の嬌声はもはや声にならなかった。
「もう、すこしだけ……ッ、まだ意識を飛ばさないで」
耳元でカブルーが苦しげに囁く。
ぎゅうぎゅうに締めつける膣壁を抉るように押し込まれる男根が、最奥をこねるように刺激する。は腰を打ちつけられるたびに達してしまっていた。
肩甲骨に歯を押し当てられて、白みかけた意識がかろうじて戻ってくる。きつくを抱きしめながら、カブルーが小さく身を震わせた。じんわりとお腹の奥が熱くなって、それを感じとったの膣壁が搾りとるかのように蠢く。
「好きです──」
それは、泣き出しそうな声にも聞こえた。
腕が絡みついて、身動きができない。
仕方なく、はカブルーの寝顔を見つめた。静かな寝息を立てるその顔はあどけなく、幼く見える。
きれいだとか美しいだとか、好きだの愛してるだの、は聞き飽きている言葉だった。
だから、自分を好きにならないひとが好みだった。を毛嫌いするチルチャックに惹かれたのは、そのせいだ。結局、チルチャックとはどうともならなかったけれど、パーティを組んでいた以上それが正しいかたちだったのかもしれない。
「……カブルーのばか」
魔性の女に引っかかるなんて、ほんとうにばか。
小さく呟いたのに、喉が痛む。は水を求めて手を伸ばしたが、伽羅色の手が重なって、シーツに落ちる。すり、と手の甲を撫でる指先が甘えるように動く。
「おはようございます、さん」
カブルーが寝ぼけ眼で告げる。は黙たまま、ふいと目を逸らした。
「やっぱり、怒ってますよね……」
声のトーンを落として、カブルーが悲しげな顔をして見せる。なんだか悪いことをしている気分になるから厄介だ。
悪いのはすべてカブルーである。
いろいろありすぎて、もはやなにに怒ればいいのかわからないくらいだ。はあ、とはため息を吐いた。
「怒るっていうか、呆れてる」
カブルーの手を払って、は今度こそ水を手にする。身体を起こしたの腰元に、いまだにカブルーの腕が絡んでいる。逃がさない、と言わんばかりだ。
喉を潤して、はもう一度ため息を吐いた。
「あなたといい、ライオスといい、加減を知らないの?」
「……加減、できるわけないでしょう。どれだけ、さんに焦がれていたか──」
はさっとカブルーの口を覆って、その先の言葉を遮った。とてもじゃないが、昨夜のような告白は、素面では聞けそうにない。
不服そうに目を細めたカブルーが、手のひらをぺろりと舐め上げた。
「んっ、」
ぞわりとした感覚に、思いがけず艶めいた声が零れる。
は慌てて手を離したが、漏れ出た声をなかったことにはできない。そんな反応が返ってくると思わなかったのか、カブルーも驚いたように瞳をぱちくりとさせている。
沈黙が落ちたのち、カブルーがくすりと笑った。
「かわいいですね、さん」
「黙って」
「いやです。俺は、自分の気持ちに嘘はつきません」
間髪入れずに返されて、はカブルーを睨んだ。昨日の自分を引っぱたきたかったし、カブルーの唇を縫いつけてやりたかった。しかし、その願いも虚しく「ライオスとの噂を上書きしてやります」と、カブルーが言葉を重ねた。
「ばか! 黙って!」
は思い切り枕を顔に投げつけたが、ぽふんとぶつかったそれはまったくダメージを与えられずに、カブルーが声を立てて笑ったのだった。