少しかさついた、大きくて、温かい手のひらが頬を包む。その感触を、はよく知っているような気がした。ふわふわとした意識がゆっくりとかたちを成していく。
 妙に気怠い。

 重い瞼を押し上げて、二三度瞬きをする。
 ぼんやりとした視界が次第にはっきりして、心配そうに眉尻を下げる男の顔を映した。はぎゅ、と眉根を寄せて、もう一度瞬いてみる。

「……ライオス?」

 そうして確かめてみても、やはりそこにあるのは、幼なじみの顔に他ならない。金色の瞳がほっと緩むのがわかった。

、その、……ごめん」
「え?」
「ええと、大丈夫……じゃない、よな」

 ライオスの歯切れが悪い。
 状況を把握しきれずに、は眉をひそめるばかりだ。

 起き上がろうにもライオスが覆いかぶさっていて、身動きがとれない。
 ──覆いかぶさっていて。
 どくん、と心臓が大きく跳ねた。霞みがかっていた頭に、冷や水を浴びせられたような気がした。は慌てて視線を走らせる。

 薄暗い室内。ライオスは裸だし、もまた何も身に纏っていない。何より、下腹部の圧迫感。そろりと視線を落として、は鋭く息を呑む。その拍子に腹に力がこもってしまったのか、「うっ」とライオスが小さく呻いた。
 埋め込まれたそれがぴくんと反応して、はその質量と熱を自覚せざるを得ない。甘い痺れが背筋を駆けのぼってゆく。

 は生娘ではない。もちろん、この感覚だって知っている。
 身体は熱を帯びているが、頭は冷え冷えとしていく。”魔性の女”という不名誉な二つ名があろうとも、誰彼構わず身体を重ねていたわけではないのである。少なくとも、ライオスは幼なじみであって、決してこういう関係ではない。

 は素早く片手で胸を隠すと、もう一方の手でライオスの顔を押しやった。

「なにしてるの!? ばか!」
「ちょ、待っ、
「やだ、抜いてっ!」
「っ、抜けるわけないだろ! 好きな子とやっと繋がれたのに!」

 ライオスが叫んでから「あ、しまった」という顔をする。その顔が、見る間に赤く染まっていく。は思わず、まじまじと見つめてしまった。
 勢いのままシーツに縫いつけたの両手を、ライオスがやさしく指を絡め直した。大切なものに触れるような、ひどく慎重な仕草だった。愛おしい、とに向けられる眼差しが告げている。

 ライオスの好意には気づいていた。けれども、これまでそれを口にしたことはなかったはずだ。

「……なにが“ごめん”なの?」

 はライオスから顔を背けて、握り込まれた自分の手を見やった。「それは」と、ライオスが言いづらそうに口を開く。

「酒を口にさせてしまったことと、酔ってるとわかっていながら手を出したことと、余裕なく飛ばしすぎてしまったこと……かな」

 はじとりとライオスを睨む。

「酔った勢いじゃないのね?」
「はあ!? そんなふうに思うなんて、あんまりだ! 俺は、きみのことがずっと──

 心外だと言わんばかりのライオスが、顔を赤くして言葉に詰まる。あまりに真摯なその視線を受け止め切れずに、は目を伏せた。

「……なら、謝らなくてもいい」
「えっ」

 酔った勢いで身体を重ねてきたのは、のほうである。

 酒を口にしてからの記憶はおぼろげ──どころか、ほとんど覚えていないが、身体は正直だ。みちみちに埋め尽くされた膣内が、動きを止められて、物欲しそうにひくついているのがわかる。お腹の奥が熱い。
 はライオスの指を握り返した。

「ライオス、おねがい、動いて」

 の懇願は、最後まで言葉になっていたか定かではない。


 ライオスの唇がの声を飲み込んでしまったからだ。厚みのある舌がべろりと唇の表面を舐めてから、口内へとねじ込まれる。
 ぎゅうっと握り込まれた手が少し痛むが、そんなことは些細なことである。”今度こそ”こちらを気遣いながら、ライオスがゆっくりと抽挿を再開した。

「んぅっ、ふ、っん、」
「っ……っは、……!」

 貪るというにふさわしい口づけに、の呼吸が弾んでくる。
 とろりと流し込まれた唾液が唇からあふれて、顎を伝い落ちていく。ライオスの唇がそれを追いかけて、辿り着いた首筋にやわく噛みついた。

「んッ……!」

 ぞくりとした感覚に身を捩れば、逃がさないとばかりに両手を押さえつけられる。
 いつもはぼんやりとした瞳が、魔物を前にしたみたいに輝いている。そんな目で見つめられていることに気づいて、はぎゅっと目を瞑った。視線だけで、身体が焦げついてしまいそうだった。

「に、逃げたりしないよ」
「それはどうかな」
「……逃げられないし」
「いいや。逃げようと思えば、なら逃げられるはずだよ」

 確かに、場合によっては股間を蹴り上げることだって、は躊躇しないだろう。
 ちら、とは薄目を開けてライオスを見やる。

「…………だって、いやじゃないもの」

 の小さな声に、ライオスがにんまりと頬を緩ませた。「やっぱり!」と、嬉しそうに言いながらライオスが上体を起こした。解放された手に痛みがじんわりと残っている。
 ライオスの右手が首元に伸びて、先ほどわずかに歯を立てたところを指先で撫でた。その指が肌に触れながら、胸元へと下っていく。

「体液が奥からあふれているし、膣壁が痙攣するように締めつけてくる。身体の相性がいい、っていうやつなのかもしれない」
「……っん……く、ぅ……」
「実は人間のように一夫一妻の魔物も中にはいるんだが、種を残すためにも身体の相性がとくに大事に──

 こんなときまで、よく回る口だ。正直いって、はそんなことに耳を傾ける余裕がない。身体の相性がいいかどうかは別として、ひどく感じてしまっているのは確かだった。

 柔らかい乳房を下からすくい上げて、ふと、ライオスが口を噤んだ。
 ふうふうと息を吐くの唇に、ライオスの左手の親指が押し当てられる。右頬を包みながら、親指の腹が下唇をなぞる。
 大きな手のひらには頬をすり寄せた。ライオスがぎくりと身を強張らせる。

「もう黙って、ライオス」
「……ごめん。何か喋っていないと、」

 ぐっと眉根を寄せたライオスが「嬉しくてどうにかなりそうだ」と、真っ赤な顔をして呟く。それと同時に、なかに埋まった男根がむくりとさらに怒張したような気がした。

「ッ……ぁ、はっ……あぅ……ン」

 馬鹿馬鹿しい。こっちは、もうとっくにどうにかなっている。奥が切なくて堪らなくて、はすぐ傍にある親指に噛みついてやった。
 けれど、ライオスがそんなの心情を慮れるはずもなく、顔を赤くするばかりである。すっかり酔いは醒めてしまって、すべて記憶に残るとわかっていながら、は自ら腰を浮かして動かしてみる。

 余裕なく飛ばしすぎてしまったこと、とライオスは言った。気をやってしまうほどに激しくされたらしい身体が、疼くのは仕方のないことだ。は自分にそう言い聞かせる。

「っう……ぐ、、」
「ん、ぁ、んっ、んん、はあ」

 ますます眉間に皺を刻むライオスを無視して、は首に腕を回して抱き寄せた。唇を合わせて、舌を差し入れる。

「むぐ、」

 ライオスが戸惑うように、ぎこちなく舌を絡み返してくる。
 じれったい。はむっとして、ライオスの舌先に軽く歯を立てた。驚いて身を引いたライオスを、はじっと見つめた。熱に浮かされて潤んだ瞳は、ライオスの顔をぼやかしてしまっていた。

「ぁあもうっ! が! 煽ったんだからな!」

 やけくそとばかりに叫んで、ライオスがの腰を引っ掴んだ。男根を勢いよく入り口のぎりぎりまで引き抜くと、最奥を穿つ。
 ふかい。ズン、と感じた衝撃に、一瞬息ができなくなる。

「……ッは、ぁ、あ」

 きもちいい。
 数度奥を突かれて、待っていましたとばかりに、はあっという間に達してしまう。

「あっあっ! っひァ……!」
「う……締まる……ッ」

 苦しげに眉をひそめたライオスは、しかし、動きを止めようとはしなかった。びくびくと跳ねる腰を掴んで押さえつけ、絶頂で収縮する膣壁を割り開くようにしてねじ込む。
 締めつけのせいで、より質量と熱を感じるようだった。ゴリゴリとひだを抉った先端が、最奥を叩く。

「っ、ふぁ……ア、あっ……!」

 一息つく暇もなく、絶頂の波がを呑み込んでいく。ぐ、と背が弓なりに反って、浮き上がった腹部にライオスが手を這わせた。

「……すごいな。全部、入っている」
「っふ、ぅ……」
「こんなに小さくて華奢なのに、不思議だ」

 感心したように呟きながら、ライオスが亀頭を奥へと擦りつけた。

「っひン! あ、や、またイっ……!」

 ひきかけていた波が再び襲ってきて、は抗うすべもなく、達する。がくがくと腰が揺れて、深いところに男根が不規則に触れる。まるで、もっととねだるような動きだった。

「奥を揺すられるのが好きなんだよな? 苦しくはない?」
「え……なに、なんで」
が教えてくれたんだが……覚えてないのか」

 ライオスが残念そうに眉尻を下げる。
 知りたくない事実だった。恥じらいなどどこかに飛んで行ったとばかり思っていたが、顔から火が出そうだ。は両手で顔を覆う。酔った自分を呪ってやりたい。

「酔ったは素直だった」

 けど、と続けたライオスは、の両手をそっと顔から引き剥がした。

「覚えていないくらいなら、素直じゃないきみのほうがいい」

 真っ赤になったの顔を映した金の瞳は、はちみつを垂らしたかのように甘く蕩けていた。見つめ返すことができずに瞼を下ろせば、唇が重ねられる。
 にゅるりと舌を擦り合わせ、ぴくんと震えたの舌先に吸いつく。食べられてしまいそうな、深い口づけだった。

「んぅッ、んーっんンーっ、ふぅッん」

 ぐぐぐと奥の奥まで男根が入り込んでくる。
 互いの茂みが重なり合い、揺すられるたびに、ぷくりと膨らんだ花芽が押しつぶされる。きもちいい。ドロドロに溶けた膣内のように、脳みそが蕩けてゆく気がした。

「はッ、い、イッ……あ、ぁ、っ、ああッ」
「ッく……絡み、つく……、」

 かわいい、とライオスが囁きとともに、口づけを肌へと降らせる。トントントン、とリズミカルに奥を押し上げられて、はたやすく高みへ追いやられる。過ぎる快楽に目の奥がちかちかして、涙がこぼれる。
 息をつく暇もない絶頂を何度か繰り返してようやく、ライオスが動きを緩めた。はあはあと大きく喘ぐの唇は唾液にまみれ、顎先まで伝い落ちてしまっていた。

「やばい、そろそろ俺も限界だ」

 ライオスが困ったふうに告げる。「くそ、もっと繋がっていたいのに」と、珍しく苛立ったような顔をした。

「ライオス……」

 は指をライオスの筋骨隆々な胸板へと走らせた。どきんどきん、と大きな鼓動が指先に伝わる。

「だいじょうぶ、逃げたりしないよ」

 は掠れた声で囁いて、ふやけた顔で笑った。


 抱き起こされて、汗ばんだ身体が密着する。「」と、噛みしめるように落とされるその声が、激しい鼓動が重なる中でやけに耳につく。もはや好きだと口にしないだけで、その想いは痛いほどに伝わっていた。
 は答える言葉を持たずに、ライオスの首に腕を回して抱きしめ返す。

「動くよ」

 いつものように柔らかい物言いだったが、その瞳の奥に獰猛さを滲ませていた。は唇を結んだまま、こくりと頷く。

 はあ、と熱っぽいライオスの吐息が耳に触れる。
 深く突き刺さった部分を、さらに奥を目指すように強く突き上げられ、わずかな痛みや苦しさを強烈な快楽が上書きしていく。

「ぁ、ッあ、あ、ああァ…………!」

 弱点ばかりを攻め立てるから、続けざまに達して、そこから戻ってこれない。は力の入らない腕でライオスに縋りつく。
 繋がったところから、じゅぷじゅぷと淫猥な音が聞こえて、耳を塞ぎたくなる。口だって塞いでしまいたい。だらしなく涎を垂らす口からは、ひっきりなしに嬌声が漏れていた。

「あっ、ぁあッ、まって、イッ、ってる、イッてるぅ……!」
「っごめん、、もう止まれない……ッ」
「あ! ァ! やぁぁッ! あっアッ……っひあ、あン!」

 自ら望んだことだとはいえ、強烈な快感を絶えず与えられて、視界がきらめく。がくがく震える身体を捩れば「逃げないんだろ?」と、ライオスの腕がぎゅうと絡みついてくる。
 いや、でもだからって、これはやりすぎ──
 口にもできない思いがライオスに伝わるわけもなく、は為すすべなく果てるほかない。最奥を叩きつけ、ぐりっと捏ねた男根がぴくんと跳ねるのがわかるほど、ぎゅうぎゅうと締めつけてしまっていた。抱きしめたままのライオスが、小刻みに腰を動かして、先端を奥へ押しつける。

「は、あ……」

 身体を震わせながら、はようやく息をつく。そろり、と窺うようにライオスが視線を合わせた。金色の瞳にどきりとする。ぞくりともした。
 瞳孔が開いたままだ。

「ライ……」
「煽ったのは、きみだぞ。

 ぽすん、と後ろに倒れた身体をベッドが受け止める。なかに埋め込まれたままの、吐精したはずそれがまだ硬い。それに気づいて、の膣内が歓喜するようにひくついた。





 ライオスが、ほんとうに気にするべきは体格差なんかじゃなくて、体力差だったのではないだろうか。身体中が痛むし、声はすっかり枯れてしまっている。
 ゆっくりと起き上がったは、視線を落として身体に残る情事の跡を確認した。

 ──昨夜のことをはっきりと思い出せる。

、軽食を持ってきたけど何か食べれるか?」

 ふいにドアが開いて、ライオスが顔を覗かせる。は身体の痛みも忘れて、慌てて布団に隠れた。とてもじゃないが、恥ずかしくて顔を合わせられない。あっち行って、と言いたくても声が出ない。
 デリカシーのデの字もないライオスが、いとも容易く布団を引っぺがし、顔を覗き込んでくる。

?」
「…………」

 同じ夜を過ごしたのか疑問に思うくらい、に反してライオスはツヤツヤとしてイキイキとしていた。
 悔しいやら憎らしいやらで、はむっと口を尖らせる。

 ふっと顔に影が落ちたかと思えば、ちゅっと唇が触れて離れていく。キスをねだったわけではない、と説明するのすら億劫で、は小さくため息を吐いた。
 じとりとした視線を向けると、ライオスはようやくが満身創痍であることに気づいたようだった。

「あ、えーっと、その」

 呆けた顔がじわじわと赤みを帯びていく。ライオスがきり、とまなじりに力を入れた。

「昨日のことを、謝るつもりはない。なかったことにしたいわけじゃないから」
「……ライオス、」
「うわ、ひどい声だ! 起き上がれるか? ほら、水……」

 誰のせいだと思っているのだ。文句を言う気力もなくて、は素直にライオスの手を借りて身体を起こし、水を口にする。こくり、と鳴った小さな音はの喉で、ごくりと聞こえたのはライオスの喉だ。
 視線を胸元に感じて、はさっとシーツを身体に巻きつける。

「ライオスのエッチ」
「うっ」
「やりすぎたことには謝って」
が煽ったのに」

 納得いかないとばかりに、ライオスが不満げに呟く。コップを置いたライオスの手が、の手を包み込んだ。すり、と甘えるように指先が肌を撫でる。

「もしかして、嫌だったのか?」
「…………いや、ではない、けど。程度の問題が」
「よかった」

 心底ほっとしたように言われては、それ以上は何も言えなくなる。はふい、と顔を背けた。ライオスの顔の赤みがこちらにまで伝染してくる。
 手を握り込んだライオスが、もう一度よかったと呟く。
 いまさら、逃げようと思ったって逃げられそうになかった。

の上の

(誰かさんのせいで、もはや立ってる感覚すら怪しい!)