「そーいや、もうフリフリの服は着ないの?」
鳥太がクローゼットを漁りながら、を振り返る。
山ほどあった手製の服はすべて処分して、手元にあるガーリーな服と言えば、チダルマが再現した煙が初めてプレゼントしてくれたものだけである。
「うん」
いまはもう、幾重のフリルがなくったって、不安を覚えることはない。もちろん、の服装が変わったことについて、心が何かを言うことはない。
「へー、大人になったじゃん」
「鳥太くんこそ、大人げないんじゃない? 二階堂さんに嫌がらせするの、やめなよ」
「やだね!」
鳥太が唾をまき散らしながら喚く。
ポッとでの女にパートナーの座を奪われて、鳥太がしばらく部屋にこもっていたことは記憶に新しい。煙との契約によって恐ろしいほど従順になった二階堂は、あの手この手の嫌がらせをされても反撃するようなことはない。だいぶ不憫である。
「いい加減にしないと、煙さんに怒られるよ」
一応、分を弁えているようだが、見ていて気持ちのよいものではない。鳥太に同情していた気持ちも、いまではもうほんの少ししか残っていない。
ちえっ、とふてくされた鳥太が「時を操る魔法って、ホントに使えんのかよ」と、ぼやきながらソファに身を沈めた。
「」
ガチャ、とノックもなくドアが開かれる。「あ、心くんだ」と、鳥太が呑気に声を上げた。
マスクを被ったままの心が大股で近づいてきて、を片腕に抱くのと同時に、ソファで寛ぐ鳥太を部屋から摘み出した。ものすごい腕力である。
廊下で鳥太が何やら喚き散らしているが、心がドアの鍵を閉めてしまう。そうして、を両腕で抱きしめる。
「ただいま」
「おかえりなさい、心さん」
も心の背に手を回して、ぎゅっと抱きつく。
「変わりないか?」
「はい」
「そうか。こっちもまったく変わりないぜ」
心がふーと息を吐きながら、マスクを脱ぎ捨てた。
こつりと額が触れ合う。すぐ傍にある心の瞳を見ることができなくて、は視線を落とした。
「いちいち照れンな、こっちまで恥ずかしーわ」
が視線を上げてその表情を見るより早く、心の唇が重なっていた。反射的に目を閉じる。
唇がほんのわずかに離れた。吐息が触れる。
「──好きだ」
心の声が、胸にじんわりと温かく広がっていくようだった。幸せで、何故だか泣きたくなる。いまだに夢を見ているような心地がするのだ。
「馬鹿、泣くなよ」
つぎはぎの指先が、やさしくのまなじりをなぞる。はそうっと目を開けて、心を見つめた。
「心さん」
「ん」
「大好きです」
「知ってるよ」
ふ、と柔らかく笑う心の耳が、赤かった。