(100題「乾いた眼」続き)
震える手が包帯を解いていく。
相澤は緩慢な動きで右手を持ち上げて、の頬に触れた。指先で涙を拭うと、じんわりとした温かさと妙な昂ぶりを覚えるような気がした。なるほど、これも彼女の個性の一部か。相澤は冷静に考えるが、反して指先には力がこもって、の頬を滑る。
プロヒーローたるもの怪我はつきものだ。とはいえ、かつてこれほどまでに手酷くやられたことがあっただろうか。
己の個性にとって、必要不可欠な眼を──
そうっと、の手が相澤の目元に触れた。至近距離で顔を覗き込まれても、その瞳ははっきりとは見えない。視線を遮る眼鏡を取り払おうと相澤は手を動かし、指で弦を掴んだ。「だ、めです」と、すかさずが小さく呻くように言った。相澤は、何故と問うことはせずに、ただひどく億劫に腕を下ろした。
がほっと息を吐く。そして「動かないでくださいね」と、が囁いた。
元より、それ以上動く気はなかった。退院を許されたとはいえ、傷はまだひどく痛む。瞼の上にの唇が触れた。そして、舌が傷口を這う。不思議と痛みはない。じわじわとくすぐったいような、何とも言えない感覚が触れたところから広がるような気がした。
「……ん、……」
ちゅ、と小さく音がする。
治療のために行われているはずなのに、他の意図が含まれているようにすら感じる。彼女がそんなことを考えていないことは百も承知だ。ぽつ、と涙が相澤の頬に落ちて滑り落ちていく。
サキュバスの個性。詳しくは聞いていないが、リカバリーガールの下について働く彼女の体液には、癒しの力があるらしい。当然のように催淫の効果もある。さすがはサキュバス。
涙や唾液は、催淫よりも治癒の効果のほうが高いようだが、そこまで強い作用はないという。
「あっ……」
「……」
「動いちゃだめ」
です、と言い募る唇を、相澤は自分のそれで塞いでしまう。抵抗しようにも、怪我人相手では力加減を図りかねるようで、詩織はわずかに身を捩るだけだ。眼鏡が邪魔だが仕方あるまい。
相澤は唇を重ねたまま、抱き寄せるように背へ手を回す。肩甲骨の少し下のあたりに、素肌とは違う感触がある。服の上から羽根の形を確かめるように指を這わせると、ふるりとの身体が震えた。「ぁ……っ」思わず、というように声が漏れた唇のわずかな隙間へ、相澤は舌を滑り込ませた。
「……っふ、ん……!」
鼓膜を刺激するの声は、脳を甘く痺れさせるようだった。羽根の付け根をひっかくように触れれば、の身体がびくっと跳ねた。思った通り、そこは敏感で、の
性感帯らしい。
逃げるように引っ込められていた舌が弛緩する。相澤はそれを舌先でつついて、絡めとる。の身体がもう一度、びくりと跳ねた。ぴちゃりと絡む唾液は、ひどく甘い気がする。
「あい、ざ」
の手が相澤の肩に添えられて、ほんのわずかな距離をとった。はあ、とが熱っぽい吐息を漏らした。
「腕はあまり動かさないほうが……骨はくっついてますけど、まだ周りの組織は炎症して腫れています」
戸惑いながらも、労わるようにが告げる。
の言う通り痛みはある。だが、無理をしなければそれほどではない。動く気がなかったのは確かだ。ただ──真剣に治療を行っているところ悪いが、彼女の個性に充てられてしまったのかもしれない。
相澤は、じっと眼鏡の奥を見つめた。分厚い眼鏡の向こう、の目は伏せられているようだった。
「このほうが早いでしょう」
「え? えっ……で、でも……」
「もう余計なことは言わなくていい。不合理の極みだ」
「相澤先生、」
相変わらず洒落っ気の欠片もない無地のTシャツを捲り上げ、直接肌へと手を這わせる。「ま、って」と、紡ぐ口をうるさいとばかりに塞いで、背骨を指先で辿る。
の背にあるのは、鳥のような羽根ではなく、羽毛のない飛膜の悪魔羽だ。飛ぶ機能はないのか、随分と小ぶりだ。相澤は今度こそ、指で形を確かめていく。羽根の先端には小さな角がついている。ぴく、と身体の震えに合わせて羽根も小刻みに震えている。
「や……」
が頼りなく吐息を震わせて、言葉を漏らす。それすら飲み込むように口づけて、歯列をなぞり、口蓋を舐め上げる。の舌を扱くように吸い、柔らかい唇を食む。時おり鼻にかかったような声を漏らし、呼吸を乱す彼女の様子から、サキュバスという個性のくせこういったことには意外と慣れていないことが窺えた。
相澤は薄らと目を開ける。必死に口づけを受け入れるの頬は、桃色に染まっている。ぞくぞく、と背筋に粟立つような感覚が駆け上っていく。
きゅっ、と羽根の薄い部分をつまみ上げる。がわずかに上体を反らした。
「ふあっ……!」
「動くなと言うなら、あなたがしてください」
「……っ」
が息を呑み「で、でも、」と狼狽える。相澤は深くため息を吐いた。
「悪いが、今さらこっちもやめられない」
の手を己の怒張したものへと導く。びくりと怯えるように、あるいは驚いたように、の肩が小さく跳ねる。
「こ、こういうことは、本当は好きな人とすることでしょう」
「…………」
の思わぬ言葉に、相澤は目を見開いた。
恥ずかしそうに俯いてしまったのつむじをまじまじと見つめ、相澤は小さく噴き出した。
「っくく……今さらそこを気にするか? だったら、問題ないでしょう」
「え?」と、心底不思議そうにが顔を上げた。相澤は呆けるの顔から眼鏡をずらし、瞳を覗き込んだ。相澤の個性をもってすれば、なんてことはない、ただの潤んだ瞳である。
「好きですよ」
「えっ」
瞬きと共に、眼鏡を元に戻す。
「す、……すき? え、」
が慌てて再び俯いた。赤くなった耳を指先でなぞる。「う、動いちゃ……だめです、」がぼそぼそと苦し紛れに言った。
の白い手がそっと陰茎に触れた。ふう、と先端に吐息がかかって、ぴくりと反応してしまう。ぎこちない動きで舌先が伸ばされて、恐る恐るといったふうに亀頭に触れる。
正直言って、上手いとは言い難かった。
しかし、懸命に奉仕してくれているのはわかるし、そもそも彼女の唾液には催淫効果がある。知らず、相澤ははあと息を吐いた。「んん、」とやや苦し気に眉をひそめて、が口に亀頭を含む。ぬるりと舌が絡みつき、相澤は息を詰める。
ちゅぷ、といやらしい音を立てて、が吸いつく。そのまま乱暴に喉奥まで突きたい欲望を抑え込み、相澤はひとまとめにされているの髪を解くと、指を差し込んで梳く。ぷはっ、とが口を離した。
陰茎と唇の間を、唾液が細くつながっている。
「き、気持ちいいですか?」
「……ああ」
がほっとしたように息を吐き、大きく口を開けてより深くまで咥えこんだ。やや単調な動きではあったが、それでも十分すぎるほどの刺激だった。
「っ、出る……!」
頭を抑え込んだわけではないが、相澤の吐精をはすべて口内で受け止めた。
こくり、との喉が小さく上下する。少しだけ口元から零れた精液を、が指先で拭って舐めとる。ひどく官能的な仕草だった。
「ん……」
射精したばかりにも関わらず、それは隆起したままである。盛りのついた十代でもなければ、童貞でもあるまい。相澤は気恥ずかしさを覚え、視線を逸らした。
が口を拭って、少しずれた眼鏡をもとの位置に戻す。
意を決したように、が中途半端に捲られたままだったTシャツを脱ぎ捨てると、そのまま下のジャージも脱ぎ去る。一瞬の間を開けて、下着も取り払った。つんと先の尖った黒い尻尾が揺れる。
「い、入れますね」
ひどく緊張した様子で言って、が相澤に跨る。相澤の先端がの秘部へと触れた。相澤は指の一本も触れてもいないのに、そこは濡れそぼっていた。ぐちゅ、と音を立てて陰茎を飲み込んでいく。
「んっ……っふ、ぅ…………!」
びりびりと電気が走るような感覚がした。まだ、亀頭が入っただけである。が一度そこで動きを止めて、息を吐く。まるで生殺し状態だ。
このまま腰を掴んで、一気に奥まで突き上げたい。
抑えが効かなくなりそうなのは、果たしての個性のせいだけなのだろうか。
相澤は、右手での尻肉を掴んだ。もう一方の手で、尻尾の付け根を掴む。「あ、動いちゃっ、」が慌てて相澤の腕に手を添えたが、その言葉も動きも無視して、ぐいとを引き寄せて自身は突き上げた。
ずちゅん、と陰茎がすべて飲み込まれる。が背を反らし、びくびくと震える。
「っひああァあ……!」
の膣内は狭くきついくらいだったが、愛液でぐちゃぐちゃのため、動きはスムーズだ。眼前で揺れる形のいい乳房は視覚的に相澤を煽る。ぴんと立ち上がる薄桃色の乳首を口に含めば、それに反応して膣がきゅうきゅうと締めつけてくる。
「っや、だめ、待っ」
待たないし、待てない。
相澤はの細腰を掴んで、ガツガツと突き上げる。これだけ動いても不思議と痛みはない。揺さぶられるの身体がびくびくと震え、同じように膣内も蠢いた。
「っ、う、んん……!」
くたりと弛緩したが、相澤の胸に凭れかかる。きゅっ、と引っ張るように尻尾を握れば、がぴくんと跳ねる。
のろのろとが顔をあげ、相澤を見上げる。ずれた眼鏡が曇っている。汗で額に張りついた長い前髪を払いのけ、眼鏡の位置を直してやる。
「相澤先生……」
随分と甘ったるい声だった。そっと、が触れるだけの口づけをする。
そうして、ぎこちなく腰を動かし始める。相澤は暫く黙ってその様子を見ていたが、再びの腰を掴んだ。がぎくりと身体を強張らせる。
「だ、」
「じれったい」
「め……え?」
ずん、と子宮口を押し上げるようにして突き上げれば、が弓なりに背を反らした。
「あっ、ァ、は、っやあ」
豊満な胸が跳ねるように揺れている。
相澤はただひたすらに、己の快楽だけを求めて、浅く深く抽送を繰り返す。の身体が再び相澤に凭れた。搾り取るような膣壁の動きに耐え切れず、相澤もまた、をぎゅうと抱きしめそのまま膣奥に吐精する。
が荒い呼吸をようやく落ち着けて、緩慢な仕草で相澤の上から退けようとした。腰を掴んで阻止したのは、相澤に他ならない。相澤のものは硬さを失っていない。伝承のサキュバスは、男の精気を吸いつくすというが──
「もう、無理です……っ」
音を上げたのはのほうが先だった。
「やれやれ、怪我人が何やってんだい」
リカバリーガールが呆れ果てるのも無理はない。隣のベッドではが深い眠りについている。
あれだけ身体を酷使したというのに痛みはなく、それどころか身体が軽い。サキュバスの治癒の力は本物らしい。確かめるように右手を動かす相澤を見て、リカバリーガールが眉を跳ね上げた。
「まったく……しばらくは、まだミイラにしとくからね。イレイザー」
「ばあさん、悪かった」
相澤の謝罪などものともせず、ぐるぐると手際よく包帯が巻かれていく。いくらなんでも大袈裟すぎる。
「ちょっとぐらい動きを制限されていたほうがいいさ」
「……」
「あと、謝るのはあたしにじゃない」
「…………」
それもそうだ。相澤は黙ってリカバリーガールの治療を受け入れる。果たしてまさしくミイラ男になった相澤は、じっとを見下ろした。
ふいに、がぱちりと目を開けて勢いよく起き上がった。
「はっ……! あ、相澤先生っ」
相澤の姿を認めてすぐ、がベッドサイドに置かれた眼鏡を素早く掛ける。慣れた動作だった。
「おはよう」
「あ、おはようございます。じゃなくて、お身体は大丈夫ですか!?」
「すこぶる調子がいいです」
「えっ、そんな包帯ぐるぐる巻きなのに……」
が不思議そうに首を傾げた。
「ばあさんのお咎めだ」
「ばっちゃん……」
ひくり、とが頬をひきつらせた。それからすぐに、恥ずかしそうに俯いた。
「昨日はすみません。わたしの、せいです」
「そうとは限らないかと」
相澤はぐいと顔を近づける。
の前髪をさらりと掻きわけ、眼鏡を取り上げる。「個性使っちゃだめですよ……」と、が困ったように呟いて、それでもじっと相澤を見つめる。
「俺は、好きなひとと結ばれて、万々歳ですよ」
ふ、と相澤は口元をゆるめた。
「怪我もだいぶ治ったし、実に合理的なsexだな」
「わー! な、なに言ってるんですか!」
が顔を真っ赤にして相澤の口を塞ぐ。相澤はその手を取って、ちゅっと指先に口づけた。怒りか羞恥か、そのどちらもか、の手がぶるぶると震えている。
その後、聞き耳を立てていたリカバリーガールがご立腹だったのは言うまでもない。