(FEでお題「悲嘆は脆弱なる透明」続き)
ソフィア解放軍から故郷に帰されてからというもの、は一度もルカに会っていない。
会いたくなったら、会いに行けばいい。激しくなっていく戦況では、それが難しい。手紙を送ることすらままならない。勿論、ルカがに会いに来ることなどなかった。
の気持ちを慮って、家族は皆戦争に関しては口を噤んだ。だからこそ、は戦争の終結すら知らぬまま、婚約の日を迎えていた。
「もうあなたを待っていられない」「良縁があって結婚する」と、いつか書いた手紙の通りになろうとしていることが皮肉で、は口元を歪める。
まさに、嘘から出た実だった。
待っていられないわけではない。けれど、家族を心配させてばかりいられないし、一端の貴族の娘として嫁ぐ義務があることも、はよく理解していた。昔からずっと、ルカの妻になることを夢見ていたが、それはただの夢物語に過ぎなかったのだ。
──彼のために持った弓は、もうこの手には必要がない。
肉刺もなにもない、やわい手のひらを見つめて、は瞼を伏せた。晴れの日に相応しい、綺麗なドレスが息苦しい。コルセットなんて着慣れているのに。薄っすらと傷の残った右胸を手のひらで押さえる。いつかと同じように、右胸か心臓か、痛むのがどちらかわからないような心地がした。
「……、」
唇を噛みしめる。
ルカさん、とその名はもう気安く口にしてはいけない。
忙しく働く使用人と家族を横目に、は屋敷の外へ出る。外の空気は澄んでいたが、それを胸いっぱいに吸い込んでも、快さを感じなかった。
「おや、随分とめかしこんでいますね。今日は何か特別な日ですか?」
は一瞬、呼吸を忘れた。
顔を上げる。穏やかな笑みを湛えたルカの姿は、亡霊か幻覚か、とにかくは現実のものとは思えなかった。それでも唇は動いた。
「ルカさん」
その名前を口にしたとき、堰を切ったように、わけも分からぬ感情が沸き起こった。泣いたって彼は慰めてくれない。そんなことはわかりきっているのに、涙がわっと溢れてくる。
「……っ、なん、で…………」
「何故? 理由を説明するのは難しいですね。ただ、パイソンが言っていたように、君に会いたくなる日がやって来た──と言ったところでしょうか」
ルカが事もなく告げる。そこには、愛しさや焦がれるという感情を感じられなかった。
大きな手のひらがの頬に触れた。じっと瞳を覗き込んでくるルカの視線から、は逃れるように瞼を下ろす。声が震えないように気をつけながら、は口を開く。
「今日は、わたしの婚約を皆さまにお伝えする日です」
自分で言っておいて、ひどく心が軋んだ。
ルカがどんな顔をしているのか、はとても見ることができなかった。ふむ、と形だけ考えるような呟きをルカが落とす。
頬に添えた手が、そっとの顔を持ち上げた。
「そうですか。では、まだ誰のものにもなっていない、ということですね」
穏やかな笑みはそのままに、ルカの瞳が悪戯っぽく細められた。