ギシ、と無機質なはずのスプリングが悲鳴じみて軋んだ。
 乱暴に投げ出され、背が痛む。反射的に身を捩り抵抗するが、組み敷かれた身体は少しも自由が利かず、ただ古いベッドをさらに軋ませただけであった。

「甘いな」

 嘲るような呟きが落ちて、切れ長の瞳が冷たく細められる。は唇を噛みしめ男を睨みつけた。
 少しも怯まず、男の舌が首筋を舐めあげる。触れる吐息と肌を這う舌の感触に、思わず身体を震わせたは、カッと全身が火照るのを感じた。同時に、ひどい嫌悪感に襲われる。
 唇が鎖骨に吸い付き、軽く歯を立てる。痛みはない。しかし、無意識に体が跳ねた。

「……っ、……!」

 声が出ない。
 器用に素早く服を剥ぎ取られ、は身を竦ませる。恥ずかしさより先に恐怖を覚えた。いくら粋がって戦場に立とうとも、純粋な力では男に勝るわけもなく、為すすべなくされるがままに──ぐっと噛みしめる唇を解くように指先が口をこじ開ける。
 噛もうと思えばいくらでも噛めた。しかし、はそれをしなかった。大人しく力を抜けば、指は唇をなぞって離れていく。

 その指先を見つめながら、はきゅっと眉根を寄せる。
 なにがどうしてこうなったのか、よくわからない。

 男の橙色の髪は、暗がりの元でもなお常の明るさを失わずに色を主張する。頭に巻かれたバンダナが肌に落ちて触れた。
 甘い匂いが立ちのぼるのに、甘い雰囲気は欠片もない。そもそもこの男は、を嫌っている、はずだ──ガイアが纏っていた外套を脱ぎ捨てる。その拍子に、ぽろりと飴が転がり落ちるのが見えた。全身に菓子を隠し持っているという噂はどうやら本当らしい。可笑しいと思うのに、唇は少しも笑みを形作らなかった。それどころか、震えてうまく言葉も紡げない。

「っ、が、い」
「おまえは生娘か。まともに話せ」
「っ」

 呆れたように言われ、言葉に詰まる。は固唾を飲み込み、おもむろに口を開いた。

「ど、どうして、こんなこと」
「愚問だな」

 間髪入れずに言葉が返る。しかし、それ以上はなにも語らず、には答えなど到底わからない。
 怪訝に眉を顰めて見せるもガイアが目もくれないので、問い詰めることさえ憚られた。は黙って目を伏せる。ガリ、と聞こえた音は、ガイアが飴を噛み砕いたものだ。は叱られた子どものようにびくりと身を竦ませる。

「俺が怖いか? まあ、当然だよな」

 嘲笑を含んだガイアの声。は戸惑いと躊躇いをもって、整ったその顔立ちを見つめる。
 上腕まで覆い隠し素肌を見せないのには理由がある──ガイアがゆっくりとグローブを脱ぎ、刻印を見せつけるように腕を晒した。「罪人、だからな」ひどく冷たい声音だった。



 スプリングが乱暴に軋んだ音を立てた。
 不意に身体を無理やり反転させられ、うつ伏せに押さえつけられる。ははっとして身を起こそうとするが、ガイアの手がそれを許さない。つい、と指先が背に触れた。

「やめて……!」

 ガイアの手は止まることなく、背にかかる髪を払いのけた。はぎゅっと目を瞑る。

「テミス伯の養女……まさか、奴隷だったなんて、だれが想像するだろうな」
「っ」
「だが、知ってるか? テミス伯は、同情や憐憫だけでおまえを養女にしたわけじゃない」
「やめてください!」

 は声を荒げ、身を捩った。
 ガイアの唇が背に落ちて、奴隷の証である焼印を愛でるように口づける。彼の腕に刻まれたものとは似て非なる刻印が、そこにある。


 そんなこと言われなくたって、
 ぎゅっと閉じた瞳の裏に、マリアベルの笑顔が弾けて消える。
 イーリス聖王国の中でも名門貴族たるテミス伯は、彼を目の敵にする諸貴族も少なくない。ともすれば、ガイアの件のように家族が危険に晒されることもある。悪名高い貴族を告発した際、奴隷として買われていたを養女にしたのは、テミス伯も苦慮の末だったに違いない。
 ──万が一の際はを犠牲に。

 テミス伯は、本当の娘のように接してくれて、彼には感謝してもしきれない。奴隷であった自分には過ぎる幸せだ。恨んだことなど一度もない。ただ、背の焼印は消すことなどできず、本当の家族にはなれないことを思い知らされるようで、時折哀しくなるだけだ。


「あっ……!」


 背中を這う舌の感触に、ぞくりと肌が粟立つ。
 ぴくりと跳ねる身体は正直ですぐに息が上がって熱を孕む。いくら貴族然として上品に振る舞ってみても、どうしたって浅ましい。はぎゅうと目を瞑り、歯を食いしばる。

 ガイアの指先がひどく官能的に肌を滑り、浮き出た肩甲骨の形を確かめるようになぞった。「や、」ぶるりと身体が震えた。

「えらくいい反応だな」

 ぎくりと大袈裟なほどに身体が強張る。ガイアが、ふと小さくため息を吐いた。彼は聡い。

「ああそうか、いくらガキとはいえ」

 その先の言葉は──
 目の前が暗くなる。言わないで、「女だしな」ぼそりと呟かれた言葉に、は心臓を掴まれたような感覚を覚えた。息が詰まる。

 涙があふれた。声を殺して泣くことを覚えたのはいつだっただろう。
 はシーツに顔を押し付ける。
 過去を消すことなんてできないし、記憶を失うことだってできやしない。所詮は卑しい奴隷に過ぎないのだ。この身は覚えている──「ん、っ」ガイアの唇が耳たぶを食み、はぎゅっとシーツを握りしめた。



 囁かれた声色は、ひどくやさしく響いて、の胸を苦しくした。
 手酷くしてくれたらいい。そしたら、ガイアにこの憤りを思い切りぶつけられる。

「あ……」
「……馬鹿なやつ」

 無理やり顔をつかまれ、唇が重ねられる。言葉とは裏腹に、口づけは蕩けるように、甘い。

「や、だ」

 勘違いしてしまいそうになる。まるで、恋人にするようなキスなんて、やめてほしい。
 ガイアの唇がうなじに吸い付いて、そのまま背筋を辿る。「……っ、や、……ぁ……!」上がる声も跳ねる身体もどうにもならない。腰から尻にかけてのラインを何度も指が撫で、そうして足の付け根まで至って、は大袈裟に身を竦ませた。
 触れるか触れないかギリギリの位置を指先が行き来する。
 は唇を噛みしめる。焦らされている、と自覚するとともに、期待と恐怖に胸が高鳴るのを感じた。

「っ、ふ……」

 は首を捻ってガイアを見た。切れ長の瞳に見つめ返され、どうしようもない羞恥に襲われる。なんて浅ましいのだろう。期待している自分に絶望を覚える。
 こんなはしたない女だなんて、しられたくなかった。そう思うのに、身体は正直で、腰がいやらしくくねる。

、どうしてほしい」
「っ……!」
「なあ、言えよ」

 囁く声。指先は少しも前に進んではくれない。


 ──我慢できない。
 うまく思考が働いてくれず、はただ荒い呼吸を繰り返す。ひどく長い時間のように感じられたが、視線が交わっていたのは数秒だったのかもしれない。は躊躇いがちに唇を開いた。震える小さな声が、言葉を紡ぐ。

「ガイアさん……焦らさない、で……ください……」

 ガイアの口角があがった。「随分、素直だな」言葉とともに、ガイアの指先が入り口を撫でた。くちゅ、といやらしい音が、鼓膜に張り付くようにして聞こえた。

「んっ! は、ああ……っ」
「はっ、ドロドロじゃねーか」

 嘲るように言われ、すうと身体の芯が冷えるような感覚を覚えるが、反して身は熱を持っていく。いくら唇を結ぼうとも声が止められない。
 ガイアの長い指が埋まるそこは、彼の言うとおり蕩けきっている。くん、と動く指に反応して、身体が跳ねる。

「っひ……う、あ……ぁ」
「イケよ。……いきたいんだろ?」

 耳元で囁かれ、身を竦ませる。焦らされたせいか登りつめる感覚はすぐそこまでやってきていて、必死に耐えていることもすべて、見抜かれている。は羞恥でどうにかなってしまいそうだった。
 ガイアの舌が耳穴にねじ込まれる。ぴちゃり。

「ほら、お前のここ、ひくついてる」
「んんっ! あ、や、……っあああん!」

 ぐちゅぐちゅと激しく中をかき乱され、ぐりぐりと陰核を押しつぶされ、はあっけなく達した。ぼんやりとした思考の中で激しい後悔と嫌悪感に襲われる。
 額に張り付いた髪を梳かす指先を、払いのける。

「やだ、もう、いや」

 は両手で顔を覆い、泣きじゃくる。まるで子どものようだが、涙があふれて止まらない。

「嫌? 身体はそうは言ってないようだがな」
「きゃ……!」

 仰向けに身体を押さえつけられ、大きく足が開かれる。抵抗する間もなく、ガイアのそれが奥まで押し入った。驚きに目を瞠ったの瞳から、ボロボロと大きな涙の粒が落ちる。
 ぐっと腰を掴まれ、身体を揺さぶられるような律動に襲われ、呼吸もままならない。

「っは、あ、ああ、ん、ぁああっ、あ」

 荒い呼吸と意味もない言葉が口から漏れる。「まっ、て……!」達したばかりで、刺激がダイレクトに響く。はガイアに向かって手を伸ばすが、手首を掴まれシーツに縫い付けられる。
 ──思考が白く弾けた。

「っ、ああぁ……っ!」

 びくびくと身体が震える。ガイアが小さく息を吐いて、動きを止めた。


「……っ」

 ガイアの指が乱暴に目尻の涙を拭う。それだけで、は大袈裟に肩を竦めた。
 こわい。ガイアさんは、わたしを見透かしてしまう。
 を見下ろすガイアの瞳は暗く、冷たい。細く息を吐いたの唇に、形を確かめるように指が触れる。思わず、戦慄くように唇が震えた。

 ガイアがわずかに目を細めるのがわかった。はなにかを言おうと口を開くが、紡がれたのは嬌声だった。
 乱暴な律動なのに、のいいところを確実に責め立てる。ギシギシとベッドのスプリングが軋む。ガイアのバンダナが時折身体に触れて、その度は身を捩った。


「あ、ぅ……っがい、あさ、……っひ、あ……ぁ」

 何度目かの絶頂と同時に、ガイアが達したのがわかった。どろりとしたものが腹部を汚すのを感じたが、批判する気力も起きず、はぐったりとシーツに身体を沈める。
 マリアベルよりも微かにくすんだの金髪をガイアの指が梳いた。

「……ガイアさん」

 はぼんやりとガイアを見上げる。

「……」
「わたしのことが、嫌いだから、ですか」
「……愚問だと言っただろう」

 ガイアが視線を合わせることもなく、素早く服を着こむ。
 ふいにシーツが被せられる。ガイアの声が聞こえたが、枕に顔を押し付けて泣くには、なにを言ったのかわからなかった。

つまらないお菓子が零れるだけの話

(ああ、なんて笑えない)