ぐぐぐ、と体重を乗せて力加減を調整するが、もしかしたらのような女性の力では物足りないかもしれなかった。鍛え上げられた広い背中を前に、は途方に暮れた気持ちになる。肩回りは殊更凝り固まっているようだった。
首元に掛かるやや癖のある髪は、レオンと同じ金色をしている。思えば五人のきょうだいの内、三人は似たような金髪であった。彼らが異母兄弟であることを考えれば、父方の遺伝なのかもしれない。
ということはガロン王の、とふと思うが、は目の前の背に集中した
指先や手首が痺れるようだった。マッサージを施す最中、マークスが言葉を発することはなかった。それどころか、吐息を漏らすようなこともなかったのだ。
身体を起こしたマークスの眉間に深い皺が刻まれていることに気づいて、は恐縮する。これがもっと気安い仲であるなら、そこもマッサージしようかなどと冗談が言えたかもしれない。
「あの、お加減はいかがでしたか?」
「……ああ、レオンに聞いていた通りの手腕だ」
いったい、主はなんと伝えていたのだろう。言葉こそ満足そうではあったが、マークスの表情は険しいままだし、声色も硬い。ともすれば、ため息でも吐きそうな雰囲気である。
マークス兄さん、疲れてるみたいでさ。
心配そうなレオンに対し、自分に出来ることがあるなら、と申し出たつい数刻前の自分を恨みたい。それほどまでに気まずい空間だった。
「勿体ないお言葉にございます。わたしなどで良ければ、いつでも申し付け下さい」
は精一杯の笑みを浮かべて、首を垂れる。
ふいに、マークスの手が伸びた。「あ……」と、つい声が漏れ出たのは、手首を掴まれたからである。
「こんなことを頼んですまない」
「い、いえ、滅相も──」
慌てて顔を上げたの唇が、マークスによって塞がれる。びくっ、と跳ねた身体が硬直した。見開いた視界一杯にマークスの顔がある。
「っ、」
マークスの大きな手のひらがうなじに触れる。剣を持つ、分厚くてかさついた手をしているのがわかった。魔道書を主とするレオンとは、ちがう。
抵抗できないまま、マークスの舌先が唇を舐めた。ははっとして目を瞑った。
腰に回ったマークスの手がエプロンの結び目を解く。そこでようやく、は己の思い違いに気がついた。こんなこと、とはマッサージのことではなかったのだ。求めているのはの身体だ。
性急な手つきの割に、乱暴さは一切なかった。片手で器用にの服を脱がせていく。
マークスの舌が丁寧に歯列をなぞる。ふる、と小さく背中が震えて、は思わずマークスに凭れる。剥き出しの上半身に手のひらが触れて、隆起した硬い筋肉の感触が伝わってくる。
「ん、っふ……ぅ、」
ぴちゃ、と小さく音を立てて、舌が絡み合う。はっきり言って、こういった行為は不得手だ。けれど、は懸命にマークスの口づけに応え、舌を伸ばす。
先ほどまでうつぶせに寝ていたベッドにを押し倒して、マークスが覆いかぶさる。の服はとうにすべて脱ぎ去られていた。は視線を合わせることができずに、目を伏せる。
マークスの指先が乳房に沈んで、はぎゅっとシーツを握りしめた。マークスの手は大きい。それをもってしても、すこし余る自分の胸が彼の手の中でかたちを変える。次第に硬く立ち上がった胸の頂を、マークスの指が摘み上げた。
「あッ、や……」
思わず、甘い声が漏れた。は咄嗟に口元を手で押さえたが、マークスがそれを許さなかった。やんわりと手首を捕らわれて、シーツに縫い付けられる。は戸惑いをもってマークスを見つめた。
「声を聞かせてくれ」
羞恥に瞳が潤む。しかし、には頷くほかなかった。
かあっと熱を帯びた頬を、マークスの指がなぞり上げる。それすらも刺激となって、はぴくりと身体を震わせた。
「可愛いな……」
そう呟いたマークスの眉間には、皺の一つも刻まれていなかった。
マークスがやさしく、幼子をあやすように、瞼に小さくキスを落とした。そして、そのまま唇は鼻先、頬、顎に啄むように触れる。はくすぐったさに身じろぐ。
笑みのかたちを描いた唇に、マークスの親指の腹が触れる。そして、唇が合わさった。
マークスの口づけはやさしい。強引さの欠片もなく、が舌を招き入れるのを待ってくれる。柔らかな唇の感触が心地よく、は薄く口を開いた。自然な仕草で口腔内に差し込まれたマークスの舌は、ひどく丁寧にの口の中の隅々を愛撫する。
ぞわぞわと背筋を官能が駆け上って、くぐもった声が時おり漏れ出る。
「はっ、ん、」
ぺろりと口角を舐めて、マークスの唇は喉元へと降りる。ちゅう、と肌に吸い付かれ、小さな痛みが走る。「ひゃうッ」と、悲鳴じみた声が甲高く上がるが、は言いつけ通りに口を押さえることをしなかった。シーツを握る手を、恐る恐るマークスの首へと回す。
「いい子だ」
ふ、と笑う気配がある。
鎖骨に軽く歯を押し当てて、びくっと跳ねたの反応を楽しむように、一度マークスが顔を上げる。もまた、マークスを見つめ返した。
こんなにも近くで視線を合わせたのは初めてである。暗夜王族のきょうだいは、皆一様に美しい顔立ちをしている。女性のように麗しいレオンの顔つきとはちがって、マークスの面立ちは精悍で男らしいが、やはり美しいと称して間違いない。は目を奪われる。
「感度がいいな」
含み笑いをして、マークスが呟く。と同時に、親指と人差し指が捏ねるように乳首を転がした。
「あァん……!」
「舐められるのはどうだ?」
「っひ、ん、あッ……!」
指先で弄るのはそのままに、反対の乳首をマークスの舌が舐る。「っは、ん、気持ちいいで、す」嬌声交じりに、は声を震わせて答える。問われれば、答えるのみだ。それがたとえ言葉遊びであったとしても、である。
は恥じらいに目を伏せた。
くすっと笑んだやわい唇が乳首を挟んで、吸いつき、ごく軽く歯先が触れる。
マークスの手が腹部を撫でながら、下肢へと向かっていくことに気づいて、は身を強張らせた。羞恥と緊張でその手を止めたくなるが、はただマークスに抱きつく力をわずかに強めただけだった。
手のひらが内腿に触れて、反射的に閉じかけた脚を大きく開かれる。隠すものも阻むものもなく、マークスの指が秘部に伸びた。
「こんなに濡らして、はいやらしいな」
マークスの低音が、囁くように卑猥な言葉を紡ぐ。彼は言葉で攻めることを好むのかもしれない。
「ん……ッ」
ぬかるんだそこに、マークスの人差し指が吸い込まれるように沈む。くちゅくちゅと小さな音を立てながら、指を抜き差しされ、はぴくんといちいち身を跳ねさせて嬌声を紡ぐ。
ぐるりと円を描くようにマークスの指が動く。親指の腹が、小さな突起を押しつぶした。
「ああっ、や、っは……!」
背が弓なりにしなる。マークスの指がもう一本、秘部に埋め込まれる。の指よりよほど太くて長いが、愛液にまみれた秘部はさしたる抵抗もなく受け入れる。
いつの間にか目尻に浮かんだ涙を、マークスの舌が舐めとった。
「挿れるぞ」
マークスが短く告げる。
「はい」と、は頷いたが、秘部に宛がわれた陰茎を目にして息を呑んだ。体格を考えれば当然かもしれなかったが、それはが少ないながらも経験した中で、ひと際大きいようだった。
ぎくりと強張った身体を解すように、マークスが唇を重ねてくる。口づけに意識を奪われる間に、亀頭が秘部を押し広げながら入ってくる。「ンぅう……っ」重なった唇の向こうで、悲鳴にも似た嬌声がくぐもって漏れる。ひどい質量である。
けれど、先端が埋まればその先はスムーズに、陰茎が埋まっていく。「あ、あ、っあ、」ぐぐぐ、と挿入される感覚がありありとわかる。丁寧な愛撫のおかげで痛みはなかったが、苦しさはあった。
「くっ……狭いな。身体が小さいせいか」
「……は、ぅ、アぁ……マークス様、っ……」
はマークスの眉間に深い皺が刻まれたことに気づいて、指先で触れる。
「……苦しい、ですか?」
「いや……」
「どうか、険しいお顔をなさらないでください」
の言葉に、マークスが虚を突かれたように目を見開く。そして、小さく笑った。
「あまり可愛いことを言ってくれるな。手放しがたくなる」
ちゅっ、と音を立ててマークスがの瞼にキスを落とす。
ゆっくりとした動きで、マークスが律動を始める。の意思など関係なく、ひくつく膣内は抜けていくマークス自身に追いすがるようだった。そして、また押し入ってくる熱量に膣壁が歓喜するようにうごめく。
「ッは、はぁっ、アっ、」
のなかを限界まで押し広げているような感覚は、そのゆっくりとした動きでも十分な刺激を与えてくる。すべてが膣内に収められれば、子宮口を抉るように押し上げる。
「んぁうッ……!」
びくっ、と身体が跳ねる。はあ、とマークスの吐息が耳朶に触れて、は身を震わせた。
「あっ、あ、や、ァ、」
律動らしい律動もないのに、はあっけなく限界を迎えて、小さく痙攣する。「?」マークスが顔を覗き込んでくるが、恥ずかしさに目を開けられなかった。
「ご、ごめんなさい、わたしばっかり気持ちよくなってしまって」
「……そんなことは気にしなくていい」
「で、でも、わたし、ご奉仕もろくにできずに……」
情けなさに声を震わせるの唇を、マークスが塞いでしまう。これまでの口づけと違って、すこしばかり荒々しく口内を舌に蹂躙され、ずくんと下腹部の奥が疼く。
の身体の震えが治まるのを待って、マークスが動きを再開させる。一度達したの秘部は、愛液で蕩けきっている。ぐちゅぐちゅとひどく卑猥な音を立てて、マークスの陰茎が抜き差しされる。ぐっ、と腰を掴むマークスの手に力が籠り、律動も激しさを増していく。
「っんん、んッ、っふ! んぅう……っ!」
最奥をごつごつと突かれて、はまたもあっけなく達する。ぴん、とつま先が強張って、膣壁がひくひくと震える。
「っく……」
マークスが呻くようにして一度動きを止める。しかし、今度はそれほど待ってくれずに、律動が再開された。
揺さぶられる乳房を、マークスの手が揉みしだき、時おり思い出したように乳首を指で摘み上げる。「っやあ、アっ、ひうっ、」ひっきりなしに嬌声を紡ぐ唇の端から、唾液が溢れた。
「いやらしいな……ふ、食いちぎられそうだ」
の顔を覗き込むその笑みは、この上なく妖艶だった。
結局、マークスが射精するまでに、いったい何度達してしまったのか最早にはわからないほどだった。
やわらかなベッドの上で目を覚ましたは、すぐさま己の失態に気がついた。慌ててベッドから降りようとしたを、たくましい腕が抱き寄せる。考えるまでもなく、それはマークスである。
マークス様と同じベッドで眠ってしまうとは!
これがレオンに知れたら、と青ざめるの内心など知らぬように、マークスが穏やかに笑んだ。
「朝から刺激的な眺めだな」
つ、とマークスの指先がの胸をつついた。顔を真っ赤にして言葉を失ったを見て、マークスが小さく声をあげて笑った。
「また頼む」
本気とも冗談ともつかぬマークスの言葉に、は頷くほかなかった。メイドの仕事の範疇を越えていると思うのに、あまりに晴れやかなマークスの表情が、の言葉をすべて封じてしまった。