は人付き合いが苦手だ。
 それは性格というよりも、生い立ちゆえの習性と言ってもいいかもしれなかった。ベオクでもラグズでも、いつだって視線から逃げていた。悪意、嫌悪、好奇──向けられる感情は、決して気持ちのいいものではないと知っているからだ。

 ふう、とはため息を一つ吐く。アイク率いるこの軍に所属してからというもの、他人との関わりがぐっと増えてしまった。それはなにも、ネガティブなことばかりではないと理解しているが、にとってはストレスに他ならない。
 グラーヌ砂漠の隠里にいた頃は、気を許せる存在しかいなかった。

 ──それでよかった。
 薄汚れたつま先から視線を上げる。さら、と風に揺れる見慣れた萌黄の髪を見つけて、は足を止めた。なぜ砂漠を出たのか、と問うほどの素直さを持っていない。けれど、ただ砂漠で待つだけの辛抱強さも持ち合わせていなかった。

「……」

 ぐっと眉間に皺が寄る。
 周囲から見れば、一回り近く歳の離れたとソーンバルケが親しくする様子は、奇異に映るらしい。

「どうした、

 つん、と眉間を人差し指でつつかれる。「随分深い皺だな」と、ソーンバルケが笑いを含んで指摘する。
 は指先で眉間を押さえて、背の高いソーンバルケを見上げた。このやさしい眼差しは、砂漠にいた頃からなんら変わりない。

 隠里では、周囲の目を気にする必要なんてなかった。どれだけ彼と親しくしていたって、それを揶揄われることはあっても、悪く言われることなんてなかった。

「ソーンバルケは……噂を、聞いた?」
「ん?」
「わたしとあなたが一緒にいるのは、変だって」

 は言いながら、目を伏せる。
 どうして、同じ年頃のミストやジルよりも、ソーンバルケと親しいのか。その疑問が面白おかしく膨らんで、ひどく不本意で不名誉な噂となって囁かれているようだった。

 実際は、とソーンバルケの年齢差はそれほど大きくない。しかし、彼らがそんなことを知る由もなければ、からそれを説明するつもりもない。
 無意識にため息がもう一度漏れた。実年齢よりずっと幼く、少女のような外見が憎い。
 小さく笑ったソーンバルケの人差し指が、今度はほぐすように眉間に触れた。

「言いたい奴には言わせておけばいい。何故そんなにも気にする?」
「だって、」

 言い募ろうとして、は一旦口を噤む。少しの恥ずかしさから、はソーンバルケから視線を逸らした。

「ソーンバルケが悪く言われるのは、いや」

 やれロリコンだ、犯罪だ、と言いたい放題なのだ。自分が悪く言われるのならば、いくらでも構わない。今さら傷つくほどか弱いお嬢さんではない。
 ふ、とソーンバルケが笑う気配がして、はそろりと視線を向ける。

「可愛い奴め」

 くしゃりとソーンバルケの大きな手が、の髪を乱して撫でる。
 鼻が触れるほど近くで顔を覗き込まれ、は思わず目を閉じる。「それは悪手だな」と、囁く声とほとんど同時に唇が触れ合う。頭部に触れていた手が動いて、うなじへと回る。

「っ、」

 舌先が唇を割る。は身体を強張らせ、薄目でソーンバルケの様子を窺った。さすがに人目を憚らなすぎる、と思うがは抗えずに、角度を変えてより深くなる口づけを受け入れる。



 吐息が触れるほどの距離だった。はそうっと目を開ける。

「こうしておまえに触れられるならば、なんと言われようと構わんさ」
「ソーンバルケ……」
「砂漠にいた頃よりずっと、おまえは甘えたで可愛らしい」
「そ、それは、」

 にも自覚がある。それゆえに、恥ずかしくて、頬が熱をもつのだ。

「……やめてよ、そういう言い方……」

 そう唇を尖らせたところで、ははっとして周囲を見回した。

「どうした? 他人に見せつけたほうがよかったか?」
「ち、ちがうに決まってるでしょう!」

 は思わず声をはりあげる。しかし、ソーンバルケの悪びれない笑顔に、怒りもしぼんでいく。
 ふい、とは顔を逸らすが、それを追いかけるようにして再び唇が重なる。

「ソーン、や、」

 下唇を食んで、ソーンバルケの唇が離れていく。はおもむろに手を伸ばし、ソーンバルケの髪を掬い上げた。
 そうして、左のこめかみにあるしるしに指を這わせる。

「来い」

 言われるがまま、身をゆだねる。ソーンバルケが軽々との身体を抱き上げる。「さて、覚悟はできているな?」は答える代わりに、ソーンバルケのこめかみへと唇を寄せた。

(あなたの傍は、いつも温かな光に包まれるよう)