鴉の民は苦手というよりも、嫌いだ。狡猾で、簡単に嘘をつく。そういう態度があけすけに伝わっていたのかもしれない。ネサラ様の姿を見つけるやいなや、顔を合わさぬようにさっと身を翻したわたしの前に、静かな羽音ともにネサラ様が飛び降りた。
「同族嫌悪ってやつかね?」
ネサラ様のにやついた笑い顔を見ていられなくて、わたしは顔をうつむかせる。
わたしは、わたしに流れる血を疎ましく思ってはいないし、親のことを恨んでもいない。ネサラ様の手がわたしの黒髪を一房とって、それを口元へ持っていく。
「見事な黒髪だ」
「……!」
髪に口付けられ、わたしは反応に困ってしまう。その行為を跳ね除けるような不遜もできず、わたしは呆然とネサラ様を見上げた。
ネサラ様の瞳が弓なりに細められる。
「鴉の血が流れる証拠だろう。何故、そんなにも俺を嫌う?」
くく、とネサラ様が可笑しそうに低く笑った。それは、わたしを嘲笑うかのようだった。
髪を放したその手は、すいと伸びて、わたしの頬に触れた。輪郭をなぞるように、指先が頬を滑って顎先にかかる。「だんまりは嫌いだ」と、ひどく近い位置で囁かれ、わたしは反射的に口を開く。言うべき言葉は見つかっていなかった。
「……っ」
ネサラ様の唇が、なにも言わせないとばかりにわたしの口を塞いでしまう。
驚きに目を見開いて、近すぎるその顔を見つめていれば、わずかに唇が離れる。すっ、と、ネサラ様の指先が瞼を下ろさせる。「目は閉じるもんだぜ」と、囁いたかと思えば、再び唇が重なった。
自然な仕草で舌が口腔内に差し込まれ、びくりと身が強張る。
何故こんなことを、という疑問がぐるぐると頭の中を渦巻く。けれど、それすらも次第に考えられなくなるほど、ネサラ様の口付けはわたしを翻弄した。
思わず、すがるようにネサラ様にしがみつく。恥ずかしいことに、そうしないと立っていられなかった。くすりとネサラ様が小さく笑った。
「悪いが、俺は相手が嫌がることをしたくなるタチでね」
ネサラ様の手がわたしの腰を支える。たしかに鴉の民は嫌いだが、ネサラ様個人を嫌いというわけではない。もちろん、好意的な感情は抱いていない。
「ぼうっとしてると、この先もやっちまうかもな」
腰を下ったネサラ様の手が尻に触れる。わたしはようやく息を整え、身体の支えを取り戻すと、ネサラ様の胸板に手を当てて押し返す。
「わたしが受け入れたらどうするんです」
ネサラ様が軽く目を見開くが、すぐに笑みを浮かべる。「それも悪くない」と囁くネサラ様は鴉の民そのもの、狡猾で嘘つきだ。こうして交わした言葉にどれだけの真実があるだろう。
「冗談ばっかり」
わたしは肩を竦めてみせる。
ネサラ様の身体はあっさりと離れて、空へと舞い上がった。
「ま、これに懲りたら俺を見て逃げるのはやめるんだな」
「……はい」
「素直でいい子だ。そういう殊勝な態度は嫌いじゃないぜ、お嬢ちゃん」
羽音を立てて、ネサラ様が飛び去っていく。黒い羽根がふわと落ちてきて、わたしはそれを手に取る。
これだから鴉の民は。
さすがに声には出せないので、内心で毒づく。羽根を放ると風にひらりと舞い落ちていった。