ざわ、とあたりがにわかにざわめく。それが彼女のせいであると気づいたのは、周囲の視線を一身に受けていたからに他ならない。「あなたがシュロー?」と、実に気安い態度で、無害そうな笑みを浮かべながら彼女が同じ席に着いた。
 見知らぬ女だ。そのうえ、一方的に知られている。シュローは警戒心を強めた。

「……トシローだ」

 東方の名はなじみがないせいか、いつも訛って名を呼ばれる。不快ではない、もう慣れたことだった。

「え、ごめんなさい、トシローね」
「……!」
「わたし、。ライオスとファリンの幼なじみなの」

 同じパーティのメンバーでさえ、訂正しても正しく名を呼べなかったというのに、彼女は難なく口にしてみせた。
 シュローはそこでようやく顔をあげ、に視線を合わせた。白く透き通るような肌に、黒髪がよく映える。東方人の血が混じっていることがすぐにわかった。しかし、顔立ちは、東方というには目鼻立ちがはっきりし過ぎている。
 美しい。その言葉がすっと頭に浮かんでくる、はっと目の覚める美人である。

 ──ライオスとファリンの幼なじみ。
 シュローはの言葉を反芻して、咀嚼する。
 あの兄妹のことを、シュローはよく知らない。所詮パーティメンバーと言えど、その程度の付き合いだ。たとえ、ファリンに求婚するほどに想いを寄せていたとしても、彼らと親しいわけではない。

 特に、ライオスとは恐ろしく馬が合わない。というか、あれは人の気持ちに鈍感過ぎる。ファリンの顔が脳裏に浮かんで、シュローの内心をかき乱して消える。

「あの子たち、変わってるでしょう」
「…………ああ」

 くす、とが小さく笑って、人差し指ですくった髪の毛を耳にかける。形のいい耳があらわになって、耳飾りが揺れる。たったそれだけの仕草にさえ目を奪われ、頬を赤らめる輩がいるようだった。どよめく気配を感じ、シュローは眉をひそめた。
 慣れているのか、が気にする様子はない。

「不躾な奴らだ」

 シュローは不快感を隠すことなく、周囲をひと睨みした。はっとしたように視線が散るが、どこか浮かれた空気感はいまだ漂っている。
 もあたりを見回すが、そっと苦笑を漏らすだけだ。

「それで、俺に何の用だ」
「ファリンに」
「っ、」
「悪い虫がついたんじゃないかと思って」

 す、とが目を細めた。
 黒曜石の瞳に、動揺するシュローの顔が映っている。トーデン兄妹にこんな厄介な幼なじみがいるなんて、聞いていない。じわりと嫌な汗が手のひらに滲んでくる。

 睨み合うような時間がしばし続いたのち、ぱっとが花咲くように笑った。
 誰それが息を呑む。まざまざと目の前でそれを見せつけられたシュローは、想い人がいるにもかかわらず、一瞬だけ目を奪われてしまった。

「安心した! ライオスより、よっぽどしっかりしたいい人みたい」
「……は?」

 シュローは思わず拍子抜けして、をまじまじと見つめた。しかし、訝しむシュローなど気にも留めず、が「すみませーん」と右手を上げて店員を呼び止める。

「トシロー」

 ふいに名を呼ばれ、どきりとする。己の名前なのに、聞き慣れないような、不思議な感覚がした。

「わたしが奢るから、好きなものを頼んで? お近づきのしるし」

 にこりとが笑う。
 初めに抱いた警戒心は、いまやほとんど薄れていた。それは、彼女がトーデン兄妹の名を口にしたからか、それとも彼女自身に絆されたか。判断がつかないまま、シュローはの提案を受け入れた。


 安宿のベッドがうるさく軋む。
 ふわ、と甘い香りが鼻腔をくすぐって、シュローの身体を熱くさせる。しっとりと汗ばんだ身体に張りつく服を、シュローは鬱陶しいとばかりに脱ぎ捨てた。

「……あつい」

 ぽつり、とが呟く。シュローは布を破かない程度の力加減で、乱暴にの服を剥ぎ取ってしまった。

「あ……」

 か細い声が上がって、不安そうに揺れる瞳がシュローを見た。
 胸を覆う下着を、武骨な手で四苦八苦しながら外せば白い裸体が現れる。ごくり、と喉が鳴ったのは、致し方ないことだ。が恥ずかしそうに手で胸元を隠すが、豊満な柔肉がこぼれていた。

「やだ。明かり、絞って」

 ベッドサイドへ伸びた手を掴んで、シーツへと縫いつける。少しだけ恨めしげにシュローを睨んだ瞳が、すぐに伏せられた。長い睫毛が頬に影を落とす。それがひどく神秘的に見えるのは、美貌のせいだろうか。

「綺麗だ」
「ん、ぅ……」

 肌に手を這わせば、ぴくりと身体が跳ねた。指先を乳房に沈める。張りがあるが柔らかく、肌が手のひらに吸いついてくるようだった。
 やわやわと揉みしだくうちに、ひらに尖った感触を覚える。

「っひ、」

 ぎゅ、とふいにそれを押しつぶせば、が悲鳴じみた声を上げて身を捩った。素直な反応に、ふっと笑みがこぼれる。

「あッ、や、」

 腹部を撫でてから、その手を足の付け根へと伸ばす。がぎゅっと股を閉じるので、シュローは咎める意味を込めて、額からこめかみへと唇を落とした。
 無理やり脚を開かせることは容易だったが、したくはなかった。

、力を抜いてくれ」
「……、ッん…………」

 ぎゅうと目と瞑ったが、おもむろに脚を左右に開いた。「いい子だ」と、シュローは首筋へ口づける。が躊躇いがちに、両腕をシュローの首へと回した。

 淡い茂みを割って、小さな花芽を捉える。びくん、との腰が跳ねあがって、ぎゅっとシュローを抱き寄せた。

「あ、ぁっ、とし、ろ……」

 小さな甘い声が、シュローの脳みそを溶かしていくようだった。
 蕩けた秘部に中指をひっかけて、愛液をまとった指先で花芽を擦る。浮いた腰が、びくっびくっと震える。

「や、それ、あっ、はあッ、ん、っは」

 いやいやと幼子がする仕草で、がかぶりを振る。閉じた瞼にじんわりと涙が浮かんでいた。動きに合わせてぷるぷると胸が揺れて、ひどく煽情的だった。
 視覚の暴力にあらがえず、シュローは乳房の先端をぱくりと口に含んだ。

「あぅっ、んん、やあぁ……」

 が嬌声を上げながら身を捩るたび、目の奥がチリチリと焦げつくような感覚がする。ぐ、と首に絡みつく腕に力がこもった。
 噛みしめたの唇から、堪えきれない吐息が漏れる。絶頂に身を打ち震わせ、切なげにひそめられたの柳眉が、妙に色っぽい。シュローは生唾を呑み込んで、中指をそうっと秘部へと押し込んだ。

 うねる膣壁が指一本を締めつける。熱くて、蕩けたそこに、自身を埋めたら──
 想像すると堪らなくなって、シュローは怒張した男根を秘部へと宛がう。「は、あ」と、の吐息が耳に触れて、ぞくりと背筋に震えが走った。

「トシロー」

 甘い声に誘われるように、シュローはの細い腰を掴み寄せ、男根を突き立てた。明かりを受けた白い裸体が汗できらめいて見えた。
 唇を重ねると、甘ったるい酒の味がした。





 妙に身体が気怠い。
 そう思いながら身体を起こせば、ずきりとこめかみが痛んだ。シュローは何気なく視線を巡らせて、驚愕した。思わず悲鳴を上げそうになって、それをすんでのところで飲み込む。

 待て。待て待て待て。
 誰に言うでもなく小さく呟きながら、シュローは痛む頭を抱えた。

 隣に眠っているのは、トーデン兄妹の幼なじみだというだ。

 シュローは恐る恐るシーツの中を確認する。ちらりと見た限りでは裸だった。さらにいえば、シュロー自身も服の一枚も着ていない。終わった。
 いやしかし、と思い直して、シュローは慎重に記憶を辿っていく。に好きなものを頼んでと言われて、確かに酒と食事を楽しんだ。

「酒に飲まれたのか……?」

 まさか、とシュローはさらに頭を抱え込んだ。思い出そうとすればするほど、昨夜の光景と触れた感触が鮮明によみがえってくる。ズキズキと痛むのが頭なのか胸なのか、よくわからなくなってくる。
 あり得ない。そんな馬鹿な、自分には想い人が──

 愕然としたまま、シュローはちら、とを見やった。
 静かに寝息を立てるその寝顔は、幾分か幼く見えた。柔らかそうな黒髪が頬に落ちている。引き寄せられるように、シュローの手が伸びる。

「ん……」

 びくっと大げさに身体が跳ねる。シュローは伸ばした手を慌てて引っ込めた。
 もぞり、と動いたの瞳がゆっくりと開いた。ぼんやりとした様子でシュローを見つめたが「あれ?」と、不思議そうに何度も瞳を瞬く。おもむろに持ち上げられた右手が、シュローの頬に触れて、確かめるように肌を滑る。

「トシロー?」
「……そうだ」
「なんで?」

 が首を傾げる。
 身体を起こすとシーツがはだけた。のあられもない姿が晒され、シュローは慌てて顔を背けた。もうすでに見てしまったとはいえ、けっしてそのような間柄ではない。
 「裸?」と、またもが不思議そうに瞳を瞬くが、隠すそぶりがない。

「ふ、服を! 着てくれないか!」
「え? あ、うん……ん? えっ、あ、もしかして?」

 がシュローを振り返る。
 シュローは勢いよく頭を下げた。いわゆる土下座である。これでは、不誠実な父親とまるで同じではないか。

「すまん!」

 裸のままのがぽかんとシュローを見つめている。「お酒、飲んじゃったのね」と、呆然と呟いたが、ぽんとシュローの肩を叩いて顔をあげるように言った。

「謝るのはわたしのほう。ごめんね、トシロー。こんなことになっちゃって」

 が苦く笑った。






 思いもよらぬ再会に、シュローは動揺を隠せない。しかし、はといえば、初めて会ったときと同じように「あれ、トシロー。久しぶり」と毒気のない笑みを浮かべて、いたって普通に話しかけてくる。
 ”間違い”があったのは、自分の記憶違いかと錯覚してしまうほどだった。

「知り合いか?」
「うん、まあちょっとね」

 訝しむチルチャックに答えて、が近づいてくる。シュローは思わず後ずさる。
 どうしても、のあられもない姿が脳裏を過ぎる。熱が集まり始めた顔を、シュローは思い切り背けた。しかし、の手がそっとシュローの頬に触れて、あろうことか顔を覗き込んでくる。
 突き飛ばすこともできずに、シュローは狼狽えるばかりだ。

「……痩せたね」

 小さく呟いて、の指先が労わるように触れてくる。
 シュローは無意識にその手を捉えていた。力加減を間違えれば、容易く折れてしまいそうな細い手首だ。きょとんとがシュローを見上げてくる。
 がライオスとパーティを組んでいることは、一目瞭然だった。
 胸の奥がざわつく。


 ファリンの笑顔が見たい。


 そうすれば、この胸のざわつきもなくなるはずだ。シュローはそう信じて、の手を離す。

「がんばったね」

 やさしく微笑むから、シュローは目を逸らした。
 の声に泣きたくなる。抱きしめて、縋りたくなる。ほんとうに欲しいぬくもりは彼女ではないと知っているくせに。

「……まだだ」

 シュローは、己の弱さを振り切ろうとかぶりを振る。そう、まだだ、ここで立ち止るわけにはいかない。ぎゅ、と拳を握る。
 が眉尻を下げて、困り顔で笑んだ。

 トシロー、と甘く蕩けるような声が、脳裏によみがえって消えてゆく。酒など一滴も入っていないのに、艶やかな唇に目がいって、くらりとめまいを覚える。
 甘い毒が身体を巡る心地がした。

 ──つまるところ、ただの栄養失調である。

飼いのエバ

(ああ、君はなんて甘美)