流れるような動きで組み伏せられ、は手も足も出ないまま、衝撃に目を瞑る。リヴァイと組み手ができるなんて、願ってもないことである。たとえ、それがひどい痛みを伴うものであっても、の心は歓喜に震えている。
ぐっと腕をひねられると、そのままもげてしまうのではないかと心配になるくらいの激痛が走った。
思わず涙目になる。
「おい、これで仕舞か?」
「いッ……!」
「これでよく、調査兵団を名乗れるな。おい、てめぇはこれまで何体の巨人を狩った」
「う……っ」
ぐい、とリヴァイが無遠慮に髪を掴み上げた。滲んだ涙がぽろりと溢れ落ちる。「チッ」鋭い舌打ちと共に、圧迫感が消える。はのろのろと身体を起こした。
「兵長、」
リヴァイを見上げるが、一瞥もくれない。
「兵長、やだ、っう、わたし、まだっ、やれます」
けれど、言葉に反して身体は重くて、ろくに立ち上がれもしなかった。
リヴァイに失望された。見限られた。もともと、期待なんてされていなかったことは知っている。調査兵団に名を連ねるだけの、ただの末端の末端もいいところの兵士だ。同期であるペトラやオルオのような活躍なんてできやしない。つい最近まで名前すら覚えてもらえていなかった。
「っふ、う、……っひ、……」
土と血と汗でまみれた顔が涙でぐしゃぐしゃになる。はあ、と頭上から深いため息が聞こえる。は顔を上げられなくて、涙が染みこんでいく地面をただただ見つめた。
ふいに、リヴァイの手がの顎を掴んだ。
リヴァイがわざわざ膝をついてくれていることに気づいて、は慌てるが、どう頑張っても立てそうにない。
「汚ねえ面だな」
「っご、ごめん、なさ……」
「てめぇに求めてるのは、強さじゃない」
「え……」
リヴァイがに求めるものなんてあるのだろうか。
は呆然とリヴァイの顔を見つめた。そこには、確かに、目と鼻と口がある。けれど、にはリヴァイがどんな表情をしているのかわからない。怒っているのか、呆れているのか、それとも無表情なのか。
憧れ、尊敬してやまないリヴァイであっても、ひとたび自由の翼を掲げるマントとジャケットを脱いでしまえば、見失ってしまう──オルオをリヴァイと間違ってしまったように、には誰が誰だか簡単に判別できなくなるのだ。
顔がわからない。覚えられないのではなく、わからない。
これは、怪我の後遺症だ。相貌失認というらしい。何度目かの壁外調査で、は脳を損傷した。
「わたしに、なにを求めるんですか? 兵長が、わたしなんかに、なにを求めるっていうんです」
リヴァイが唇を開く。それはわかるのに、眉をひそめているのか、目を吊り上げているのか、口角を上げているのか、それらはには理解できない。
はリヴァイの顔に手を伸ばし、頬に触れた。
「リヴァイ兵長の、顔が見たい」
──どんな顔で、わたしを見ているのか、知りたい。
「……」
こんなふうに、リヴァイに名を呼ばれたのは初めてだった。
頬に触れる手を掴まれる。顎を掴む指が少しだけ動いて、の唇を拭った。血が付いていたのかもしれないが、リヴァイの思わぬ行動には身体を強張らせた。
指先が離れて、次には唇が合わさった。は呼吸を忘れた。唇が離れても、吐息を漏らすことができなかった。睫毛が触れ合いそうな距離にリヴァイの瞳がある。
リヴァイの視線が鋭く突き刺さるようだった。
「ヘラヘラ笑ってろ。それから、壁外調査から戻ってきたときは必ず出迎えろ」
は思わず「ヘラヘラなんてしてないですもん」と、憎まれ口を叩いた。ぐ、と顎を掴む指に力が込められる。
「おい、てめぇは自分がどんな顔をしてるのかもわからねえのか」
ちょっとまって。兵長、あなたはいま怒っているのでしょうか。
リヴァイの唇によって口を塞がれ、その疑問が言葉になることはなかった。