(※ハロウィンにかこつけて好き勝手しています。何でも許せる方はどうぞ)
















 はそわそわと落ち着きなく、セツの後ろに隠れてあたりを窺う。「大丈夫、シピならいないよ」と、言われてもなお、はセツの背から離れられそうになかった。

「ごめん、少し歩きにくいかな……」

 セツが言いづらそうに告げたので、は慌てて身を離した。

「ご、ごめんなさい」
「いや。突然のことに驚き、混乱するのは無理もない。私も……正直、困惑しているよ」

 軽く肩を竦めるセツの顔は、珍しく困りきっている。
 互いに‘’初めて”なのだろう。ループを繰り返す中で様々な経験をしているが、もう二度となくてもいい宇宙だ。はふう、とため息ともつかぬ息を吐いて、強張った肩の力を抜いた。

「それじゃあ、行こうか」

 セツが振り向いて、に向かって手を差し出した。
 いつもの見慣れた服装ではなく、黒のマントにタキシード姿のせいか、やたらと格好よく見える。跪いてもおかしくなさそうだ。はかすかに頬を赤らめながら、その手を取った。
 もしもセツが本物の吸血鬼だったなら、はころりと騙されて、血を吸われていただろう。

「……ん?」

 セツが怪訝そうに眉をひそめながら、足を止めた。
 視線の先を追ったの視界を、広げられたマントが遮った。「、急ごう」と、視界を隠されたまま、セツに手を引かれる。

「セツ? どうかしましたか?」
は気にしなくていい」

 セツが語気を強め、心なしか歩調も早まる。

「待てよ、セツ。そりゃちょっとヒデーんじゃねェの?」

 ふいに、反対の手を掴まれる。
 セツが小さく舌打ちしたような気がする。沙明の声だと認識して振り向いたは、思わず小さな悲鳴と共に手を振り解いた。

「しゃ、沙明……ですよね?」
、おま、セツよりヒデーな。悲鳴あげてんじゃねェよ」
に触るな」

 セツがを背に庇い、沙明を睨みつけた。ひらりと揺れるマントが、まるでおとぎ話の騎士のようだった。
 さすがに失礼な態度が過ぎただろうか、とはセツの背中から沙明を窺う。

 沙明だ。確かに沙明なのだが──その頭の天辺から、足のつま先まで視線を走らせて、は何とも言えない表情を浮かべた。

「ドクター沙明か、笑わせてくれる」
「うるせ! 俺だって、好きでこんな格好してんじゃねぇわ!」

 セツの顔には少しも笑みはなく、冷ややかに沙明を見つめている。

 セツの言う通り、白衣を羽織ったその姿はドクター沙明には間違いない。ただし、どういうわけか女医である。
 ご丁寧にカツラも、胸の詰め物も用意されていたらしい。タイトスカートだというのに大きく足を開くせいで、下着が見えてしまいそうだ。にも関わらず、「クソっ」と沙明が壁を蹴りつける。

「LeViのヤツ、これ着るまで部屋から出せねェとか抜かしやがって」

 はセツと顔を見合わせる。それは、たちも同様だった。曰く、船長命令だからと。

「ジョナスは何を考えているんだろうね……」

 セツが遠い目をして呟いた。
 は首を横に振り、セツの肩を労わるつもりで軽く叩いた。ジョナスの考えなど知る由もない。

「知るか!」

 沙明が吐き捨てる。その台詞は、この場にいる皆の心情を表していたに違いない。
 ため息を吐いたセツがの手を引いて歩き出すが、沙明が行手を阻んだ。

「つーか、ちょっとよく見せてくんね?」
「え……い、いやです」
「恥ずかしがられると余計に見たくなるんですケド。このドクター沙明にすべてを曝け出してみな」

 ニヤニヤと沙明が近づいてくる。
 女装姿も相まって、普段よりも恐怖が倍増するようだった。は慌ててセツの背に隠れた。

「沙明、ふざけるのはやめてくれないか。が怯えている」
「いいじゃねェか、ちょっとくらい。ケチくせー。吸血鬼がナイト気取りとか、それこそ笑わせてくれんじゃん? つーか、どうせならセツのナース服とか拝みたかったわ」

 セツがぐっと拳を握ったのを見て、沙明が頬を引き攣らせる。

「せ、セツ、わたしは大丈夫ですから。それより急ぎましょう、みんな集まっているはずです」

 はその手を押さえて、慌てて言った。このままでは沙明が、うっかりやられかねない。
 セツが渋々といったように頷く。
 当然の如く後ろに続く沙明を、セツが冷たく一瞥した。


 メインコンソールに入ると、揃っていた面々の視線がたちに向けられた。同じ目にあったのだろう、皆いつもとは違う出で立ちである。もし、初日にコールドスリープされたラキオがいたのなら、この上なく面倒な事態になっていたに違いない。

「さて……そろそろ、お揃いかな?」

 隣にメイド姿のステラを伴って、海賊になりきったジョナスがあたりを見回す。沙明が文句を言っているが、すべてうやむやにしている。一方で、しげみちも何やら喚いている。「なんでオレの仮装用意されてないんだよ! 仲間外れなんてヒドイだろ!」と、涙まで浮かべる始末だ。気の毒そうに沙明が口を噤む。
 はセツにぴたりと身を寄せて、そっと周囲を見やった。シピの姿が見当たらない。

「諸君らの仮装には意味がある、と言ってどこまで信ずるものか……」

 フフフ、とジョナスが不気味に笑う。
 御託を並べるジョナスの横で、ステラが申し訳なさそうに頭を下げている。困った船長である。要約するとつまり、旧時代に行われていた祭りを模して、仮装で悪霊を退治したようにグノーシアも退治しようとのことらしい。

「……愚かな。ほとほと呆れ果てる」

 夕里子が淡々と告げる。魔女帽子をかぶり、黒いローブに身を包んだ夕里子は、普段の白いワンピース姿とは正反対の色合いだ。

「そんなことでグノーシアを退治できると言うなら、これからの話し合いも無意味ということですね」

 指先を口元に押し当てて、夕里子が微笑む。

「夕里子、そういうわけには……」
「おまえには聞いていません」

 セツの言葉をピシャリと跳ね除ける。しかし、グノーシアがまだこの船にいる以上、議論は避けられないことだ。今夜、誰かが犠牲になるとわかっていて、グノーシアを野放しにするわけにはいかない。
 ジョナスと夕里子が笑みを浮かべながらも視線で火花を散らせる中、メインコンソールのドアが開いた。

「悪ぃ悪ぃ、寝過ごしちまった」

 片手を軽く上げるシピは、いつも通りのシピだ。

「あっ、オイなんで仮装してねェんだよッ」
「ん? はは、沙明どうしたんだ? 面白れー格好だな」
「なんも面白くねぇわ!」

 沙明が悔しげに地団駄を踏む。その服を着るまで部屋から出さなかった張本人たるステラが、何食わぬ顔で沙明を宥めながら「シピ様、時間は守っていただかなければ困ります」と苦言を呈した。

「そうカリカリすんなよ。気楽に行こうぜ」

 シピがステラの肩を軽く叩いた。
 いつの間にか、ジョナスと夕里子も背を向け合っている。セツが小さくため息を吐いた。

「じゃあ、始めようか。昨夜の被害者は、幸いにもゼロだったようだね」

 セツが一歩進み出て、議論の口火を切った。




 いつもはステルスが高く皆に埋もれがちな沙明が、その格好ゆえか槍玉に挙げられ、あっという間に投票が完了した。しかし、お得意の土下座ではなく、偽乳の下着をチラ見せする力技でコールドスリープを逃れたため、この議論はほぼ無駄に終わってしまった。
 相変わらず、はセツの影になるように努めていたが、完全に視界から外れることなど不可能だ。

 クイッ、と引っ張られたのはどうやら“尻尾“らしい。
 ピリリと静電気のような痛みが走って、は思わず短い悲鳴を上げて飛び上がった。

「な、なに?」
「っと、わりー。そんなに驚くと思わなくてよ」
「あ……そ、そうじゃなくて、いま……」

 沙明の苦情をいなしたジョナスがおもむろに近づいてくる。は嫌な予感がして、身構える。

「感度がいいだろう? その尾と耳は、触れると微弱な電流が流れるようになっているのだ。フフ、本物の猫さながらの反応が見れるだろう……さあ、存分に愛でてやろうではないか」

 なんて要らない機能をつけてくれたんだ。
 怪しげな笑みを浮かべ、ジョナスが両手を伸ばしてくる。すかさずセツが身体を割り込ませたおかげで、その手がに届くとはなかった。

「やめるんだ、ジョナス」
「おやおや。吸血鬼を前に、海賊が怖気付くとでも?」

 睨み合うセツとジョナスを前に、はオロオロしてしまう。
 ふいに、シピがの手を引いた。「放っとこうぜ」と、人差し指を唇の前に立てながら小さく囁く。その顔には、悪戯っ子のように無邪気な笑みが浮かんでいる。は戸惑いながら、小さく頷いた。


 メインコンソールを出て食堂に向かうシピの後を、は俯きながらついて行く。食堂のドアが開いて、繋がっていた手が自然に離れる。

「ありゃ? シピ、白猫ちゃんに浮気かニャ?」

 ノリノリでバニーガールの衣装を着こなすSQが、シピの顔を覗き込む。ぴょこんと長いうさ耳が揺れるが、それもまた妙な機能が搭載されているのだろうか。しかし、悪霊を退治するための仮装とジョナスは言っていたはずだが、これで退治できるのか不安しかない。
 シピの首元の黒猫が、不服そうな鳴き声をあげる。

「いや……コレは猫じゃねー」

 シピが唇を尖らせ、不満げに言った。SQが「おおぅ、意外とマジなトーン」と、目を丸くする。
 これだから、嫌だったのだ。惑星タラの猫人の話題の際も、シピは猫耳をつけた人間に対して否定的だった。猫を愛し、猫になりたいと願うシピがこんな姿を見たら呆れるに決まっている。

「でもさー、結構カワイイっしょ?」
「や、やめてください!」

 は慌てて声を上げた。居た堪れなくて、とてもじゃないがシピの反応を確認できない。

「わたし、部屋に──ひゃっ!?」

 は踵を返すが、びくりと肩を震わせると恐る恐る振り返った。
 シピの手が尻尾を掴んでいる。

「あっ! もしかして、その尻尾引っ張ると飛行形態になるのか?」
「…………」

 瞳を輝かせるコメットには悪いが、はふるふると首を横に振った。つまらなそうに、コメットが離れていく。敬虔そうなシスター姿だというのに、振る舞いはいつもと変わらず奔放だ。

「離してください、シピ」
「まぁ待てって」
「や……っ」

 クイ、と軽く尻尾を引かれて、は小さく身を震わせた。

「ナニナニ? どしたの、

 SQがシピの隣で不思議そうに首を傾げている。「本物の猫の反応とは、ちょっとちげーな」と、シピが呟きながら手を離した。
 黒猫の尻尾が楽しげに揺れている。

 この黒猫はシピの肩に乗っているのではない。シピの肉体と首元で融合しており、猫の尾がゆらゆらしているということは、シピ自身面白がっているのだ。
 揶揄われたと知って、は悔しいやら恥ずかしいやらで、顔を赤らめる。

 文句のひとつでも言ってやろうと思うのだが、議論中と違ってすぐには言葉が出てこない。

「おっ、

 食堂のドアが開いて、沙明が大股で近づいてくる。SQが「ププ、ドクター沙明ならぬ変態沙明の登場ですな」と、笑って沙明の脇を通り過ぎていく。

「クソっ、やっぱジョナス許さねぇ」

 悪態をつきながらの前まで来た沙明が、上から下まで不躾に視線を這わせる。はシピの後ろに隠れそうになるのをぐっと堪えて、挑むように沙明を見つめ返した。

「なんですか?」
「いーや、随分カワイイ猫だと思ってなァ。ジョナスの言ってたヤツ、ちょっと確かめさせてくんね? 鬼の居ぬ間にンーフーンーフーってな」

 セツがいないことを確かめて、沙明が猫耳に向かって手を伸ばしてくる。シピがその手を掴んで止めた。

「おいおい沙明、これじゃ本物の変態だぜ? まずは着替えて来いよ」
「……だから、なんでお前仮装してねェんだよ」
「さあ、俺が知るわけねーだろ」

 シピが肩を竦める。
 小さく舌打ちをした沙明が踵を返した。すれ違いにセツが食堂に入ってくる。

「ああ……よかった、。ここに居たんだね」
「セツ」
「着替えに部屋に戻ろうか。落ち着かないだろう?」
「はい」

 はほっと笑みをこぼし、差し出されたセツの手を取った。が、シピの手がすかさずの尻尾を掴んだ。さすがに文句を言おうと開いた口を、後ろから伸びたシピの手のひらが覆い隠した。

「セツ、おまえも早く着替えたいだろ? は俺が部屋まで送ってやるからよ」

 ニッ、と笑うその顔は好青年にしか見えやしない。純粋な厚意だと受け取ったのか、セツが素直に頷いて、の手を離した。

「それもそうだね。シピは仮装していないし……じゃあ、を頼むよ」

 セツが黒いマントを翻す。
 くい、とシピの指先がの顎を掴んで、視線を合わせてくる。非難がましい視線をぶつけても、シピは堪える様子もなければ悪びれる様子もない。

「ほら、沙明が戻ってくる前に行こうぜ」

 メインコンソールを出た時と同じように、シピがの手を握って歩き出した。





「シピ、もしかして怒っていますか?」
「ははっ、なんで俺が怒るんだ? 全然怒ってねーけど」
「だって、こんな格好……猫を馬鹿にしてるとか、侮辱された気持ちになるんじゃないかと思ったんです」

 部屋の前まで来て、シピが足を止めて振り返る。

「んー……そんなこたねーよ。お前だって、好き好んでそーゆー格好してるわけじゃねーだろうし」

 フォン、と音を立ててドアが開く。
 の背を軽く押しやって部屋に入れ、シピが入り口に立つ。ふと、思い出したように伸ばされた手が、猫耳を撫でた。

「っ……」

 咄嗟に悲鳴を飲み込んで、は猫耳を押さえて飛び退いた。

「お、猫みたいにいい反応だな」

 やはり、少しも悪びれていない。はむっとして、眉をひそめる。

「シピ、」
「ま、嫌いじゃねーよ。SQの言うとーり、可愛いと思うぜ?」

 ひらりと片手を上げたシピの姿が、ドアが閉まって見えなくなる。はセツが訪ねてくるまで、その場に蹲ったまま動けずにいた。
 いまのにとっての脅威はグノーシアでも、悪霊でもなく、シピだ。

イミテーショダイヤ

(紛いものの耳と尾で、少しでもあなたに近づいた気でいる)