むくり、とイヅツミは身体を起こす。どいつもこいつも幸せそうに寝息を立てている。辺りを見やり、見張り役のセンシの他にの姿がないことに気づいて、イヅツミは反射的に耳を澄ます。物音も魔物の気配もない。
──何故、自分があいつを気遣わなければならない。
はっと気づいて、イヅツミは舌打ちするといつものようにチルチャックの寝床に潜り込む。
しかし、足先に触れた違和感に、イヅツミは毛布をめくる。
身を丸めたを見つけて、イヅツミは「げっ」と顔を歪めた。肌寒さを感じたのか、身じろいだがゆっくりと目を開ける。寝ぼけ眼がイヅツミを見て、ふにゃりと笑った。
「ごめんね、お邪魔しちゃった」
小さく欠伸をしながら、がチルチャックの寝床から這い出す。
チルチャックの小さな手が伸びて、の足首を掴んだ。ぼんやりとした頼りない仕草で、が振り返った。どこか幼さを感じる。どうやら、完全に目覚めているわけではないようだ。
イヅツミはチルチャックに視線を落とす。苦虫を噛み潰したかの如く、不機嫌そうな顔でチルチャックがを睨む。
「待て待て、なんでイヅツミに譲る」
「いいだろ、本人がそう言ってるんだ。私はさっさと寝たい」
イヅツミはを追い出そうとするが、チルチャックがを引き止める。板挟みになったが、困った顔で眠たげに目蓋を擦る。やはり、仕草が拙げだ。
「でも」
「でももクソもあるか。イヅツミ、おまえ戻れ」
「……」
しっし、と犬猫にする仕草でチルチャックに払われ、イヅツミはムッと顔をしかめた。
「誰がおまえの言うことなんて聞くか」
無理やり身を滑り込ませて、イヅツミは毛布をかぶる。
チルチャックが何やら文句を言っているようだが、耳を塞いで聞こえないふりをしていれば、ため息と共に声が止んだ。チルチャックは寝床を出てしまったが、毛布の中はのぬくもりで温かい。
イヅツミは目を閉じる。よく眠れそうだった。
人の寝床を奪い取ったイヅツミからは、安らかな寝息しか聞こえない。仕方なく、チルチャックはが寝ていたところに移動して、腰を下ろした。まだ寝始めてそう時間は経っていないようだが、眠気がどこかへ行ってしまった。
イヅツミを見つめて動かないを呼び寄せて、身をくっつけながら毛布にくるまる。
俯きがちの横顔は、チルチャックを見ない。
それが腹立たしくて、チルチャックはの頬を掴むと無理やり目を合わせた。「チルチャック、怒ってる……」小さく呟かれた声は、途方に暮れたように弱々しい。
「あのな、呆れてるんだよ。俺は」
ため息交じりに言えば、伏せられていたの瞳が窺うようにチルチャックを見た。
「今さら遠慮する奴があるか。散々……」
「わたしとチルチャックの関係が変わったせいで、他のパーティメンバーの関係が変わったらだめだと思うの。わたしは、このパーティが大事」
言い終えて、が細く息を吐き出す。苦笑ともつかぬ曖昧な笑みを零して、が目を閉じた。こつり、と額が触れる。
パーティ内の恋愛はご法度であることは、冒険を長く続けていれば身をもって知るものだ。特に、魔性の女と囁かれるのことだ、そういったトラブルには事欠かないだろう。
「チルチャックのことは、すごく好きよ」
知ってるよ、と胸の内で吐き捨てて、チルチャックはすぐ傍にある唇に喰らいつく。あ、とがあげた声が、互いの口腔内に虚しく消える。
軽く歯を押し当て柔らかい感触を味わってから、舌先で唇を割り入る。
びくっ、との身体が小さく震えた。しかし、身を捩ることも口を閉じることもなく、チルチャックの舌に応えてくれる。時おり漏れる小さな声が、チルチャックの熱を煽る。
「っ、ふ」
胸に手を這わせると、さすがにが驚いた様子で唇を離した。わずかに潤んだ瞳が、チルチャックを責めるように見つめる。
「……なんだよ」
「チルチャックのえっち」
「ふつうだよ、ふつう」
フン、と小さく鼻を鳴らして、チルチャックは這わせた手の指に力を込める。ふにゅ、と乳房の柔らかさと重厚さを感じる。「ま、まって」と、切羽詰まった声とともに、の手がチルチャックの腕を掴んだ。
チルチャックは不満を隠さずにに視線を向けて、瞠目する。
俯いた顔を片手で覆っていたが、耳まで真っ赤になっているので隠した意味もほとんどないようなものだ。チルチャックは思わず、慌てて身を離した。
「えーと……さん?」
「素面でこういうことするの、初めてで、その」
思ってたよりずっと恥ずかしい、とが蚊の鳴くような声で告げた。
“魔性の女”が、これとは──チルチャックは吹き出しそうになるのを堪えて、くくっと小さく喉で笑った。
「ふーん? 通りで、案外初心なわけだ」
「う、初心? わたし、何か変だった?」
「いや。可愛いよ」
「か……」
チルチャックとしては素直に褒めたつもりだったが、にはそうは聞こえなかったようで「揶揄わないで」と唇を尖らせる。が気を取り直そうと、頬にかかる髪を耳にかける。その仕草は艶っぽいのに、膨れっ面はあどけなく見えるのだからチグハグだ。
まだ赤い耳朶を指で弾くと、ひどく熱かった。
いつも手玉に取られたような気分で癪だったが、こうして見るとやはり自分よりも年下の女なのだとわかる。もっと揶揄ってやってもよかったが、チルチャックは分を弁える大人だった。
「目が冴えたから、見張りを代わってくる」
ぽん、との頭をやさしく叩いて、チルチャックは立ち上がる。
「おまえが心配しなくても、こいつらなら大丈夫だろ。俺だって、にしか手を出す気はないしな」
が長い睫毛を揺らして瞳を瞬く。
ちゅ、と小さく音を立てて口づけて「ほら寝ろ」と、チルチャックはを横にさせる。
「おやすみ、チルチャック」
「……おやすみ」
大好き、とが聞こえないと思って囁いただろう声を、ハーフフットの耳は拾ってしまう。チルチャックの頬がじんわりと熱を持って、すぐにはセンシのもとに行けなかった。
軽やかな足音に気づいて、チルチャックは振り向きざまに「おはよう」と、声をかける。嬉しそうに頬を緩ませて、がチルチャックの傍にしゃがみ込んだ。
「おはよう。お疲れさま、チルチャック」
「まだみんな起きてないだろ」
「うん。もうちょっとだけ、二人きりでいたいなって」
自然に手を繋いで、身を寄せてくる。昨夜の恥じらっていた姿が幻だったかのようだ。チルチャックは胡乱な眼差しを向けた。
そんなことは意に介さず、がこつりとチルチャックの肩口に頭を預ける。
「好きだよ」
想いを言葉にするのに、どうしてこうも躊躇いがないのだろうか。別に、の好きが軽薄で信じられないというわけではない。ただ、言われっぱなしというわけにもいかない。
チルチャックはの髪に指を通して、肩にある頭を抱きしめる。
「わかってるよ。俺だって、が好きだ」
ぽかんとした顔がチルチャックを見て、すぐに肩口に顔を埋められる。の顔の熱が、触れ合ったそこから伝わってくる。
「好き好き言ってる奴が、そこまで照れるなよ」
チルチャックは肩を揺らして笑う。の顔は、しばらくそこに埋められたままだった。