「ティナリさん、あの、……」

 の白い頬がぽわりと赤く染まっている。
 小さなその声を捉えて、ティナリの耳がピクリと動く。「どうしたの?」と、ティナリは小首を傾げての顔を覗き込んだ。

「お耳……」
「耳?」
「ティナリさんのお耳、触ってみたいです」
「え?」

 思ってもみなかった言葉に、ティナリは瞳を瞬いた。同席するセノとカーヴェが顔を見合わせている。
 酔っている。
 すぐさまそれに気がついて、セノがの杯を片づけて、カーヴェが水を彼女の手元に置いた。彼女が酒に弱いという話は聞いたことがなかったが、どうやらスメールの酒は合わなかったらしい。

「だめ、ですか?」

 がわずかに潤んだ瞳で見上げてくるので、ティナリは思わず言葉に詰まる。

「まぁ、いいけど……」
「まあ! では、失礼しますね」

 ティナリの耳にの指が届く寸前、褐色の手が横から伸びた。「俺の耳じゃ不服か?」と、の手を被りものの耳へと導いて、セノが問う。
 ほっとしたような、残念なような、複雑な気分になりながらティナリはそれを横目で見やる。
 ふにゃ、とが笑んだ。自分に向けられたわけでもないのに、カーヴェが顔を赤くしているのが見えた。ティナリは小さく鼻を鳴らす。別に自分の耳じゃなくてもよかったことに、腹を立てているわけではない。

「不服だなんて。いいんですか、セノさん」
「ああ」
「ふふ、硬いお耳ですね」

 ニコニコしながら、がその指先をピアスに走らせたとき「彼女に酒を飲ませたのか、カーヴェ」と、地を這うような声が降ってきた。ティナリは首を捻って振り返る。

「あ、アルハイゼン! いや、ほんの少し、舐めるくらい──

「まあ、アルハイゼンさん。遅かったですね」
「ああ、遅れたことを後悔している」

 いまだセノの被りものに触れたままの手を掴むと、アルハイゼンがを立ち上がらせた。はきょとんとしている。

「……カーヴェ、わかっているな?」

 冷え冷えとしたターコイズの瞳に、カーヴェが声もなく首を縦に振っている。
 セノと視線を交わして、ティナリは首を竦める。だけが、わけがわからないとばかりに瞳を瞬いていた。

「アルハイゼンさん? お帰りになるんですか?」

 来たばかりなのに、と言わんばかりのに向かって「これ以上、君を衆人の目に触れさせたくないのでね」と、アルハイゼンが告げる。
 アルハイゼンに手を引かれて、がよろめく。

 とん、とアルハイゼンの胸板にぶつかったが、その指を胸筋へと這わせた。赤い顔がさらに赤みを増している。ティナリはさっと目を逸らして、それを見なかったことにする。

「失礼する」

 の肩を抱いて、さっさと去っていくアルハイゼンを尻目にティナリはため息を吐いた。はいはい、ごちそうさま。




 ベッドの端に座らされたは、立ったままのアルハイゼンをぼんやりと見上げた。美しいターコイズの瞳は、じっとを観察しているようだった。
 怒っているのだろうか。
 の回らない頭では、結論に辿り着くことはなかった。

 ふいに、アルハイゼンが外套を床に放った。反射的に拾い上げようとは腰を浮かしかけるが、アルハイゼンがそれを阻んだ。アルハイゼンの片手がの手を押さえ、もう一方の手は頤を捉える。
 は眼前に迫るアルハイゼンから、咄嗟に目を逸らした。伏せた視線の先に、浮き出た腹筋があった。



 ふに、とアルハイゼンの指先が下唇に押し当てられる。あ、と思う間もなく、親指が唇を割って前歯に触れた。
 はアルハイゼンを見つめる。視線がひどく近くで交わった。

「……、」

 ふわふわとした思考が、更に形をなくしていく気がした。
 はちゅう、とその親指に吸いつき、舌を這わせた。アルハイゼンの指からは、本を読んでいたせいか、ほんのりと紙のにおいがした。

 アルハイゼンがの手を掴んで、ぺたりと手のひらを腹部へと触れさせる。指先に硬い筋肉の隆起を感じた。酒場で感じた胸筋の感触が蘇る。

「触りたいんだろう? 好きにするといい、俺は君のものだ」

 アルハイゼンの囁きが吐息と共に耳穴に吹き込まれて、は思わず指に歯を立ててしまった。ふ、とアルハイゼンが小さく笑う気配がした。
 引き抜いた指に纏う唾液を刷り込むように、親指の腹が唇をなぞる。

 アルハイゼンが服を脱ぎ捨てる。はとろりとした瞳でアルハイゼンを見つめた。

「わたしの、アルハイゼンさん……」

 熱に浮かされたように呟いて、はそうっとアルハイゼンへ手を伸ばした。割れた腹筋の凹凸へと指を這わせる。書記官とは思えない筋骨隆々とした肉体である。言われたとおりに好き勝手に指を走らせていると、アルハイゼンが手袋を外そうとしていることに気づいた。
 はぎゅ、とアルハイゼンの手を握りしめる。

「わたしがしたいです」

 アルハイゼンが黙って腕を差し出すので、は遠慮せずに逞しい二の腕に触れた。
 悪戦苦闘しながらなんとかアルハイゼンの両腕をあらわにして、は普段は隠れている素肌に唇を寄せた。自らヘッドホンを外し、上半身に何も纏うものがなくなったアルハイゼンが身を屈めた。「これで満足か?」と、ターコイズの瞳がの顔を覗き込む。

 普段と変わりのない顔をしているくせ、その瞳の奥には確かな情欲が揺らめいている。アルハイゼンの手が、の手を下腹部の、もっと下のほうへと導いた。
 手のひらにある硬い感触は、筋肉ではない。ほう、との唇から熱を孕んだ吐息が漏れた。

 は指を下衣へと引っかけて、窮屈そうなそれを解放した。むわりと雄の匂いがする。屈強な体躯に見合った男根が、反り立っている。先走りが滲む鈴口へ、はちゅっと口づけた。そのまま大きく口を開いて、亀頭をぱくりと咥える。

「んん……」

 その大きさに眉をひそめながら、は口いっぱいに男根をほおばって、舌を這わせる。アルハイゼンの手がの髪を優しく梳きながら、男根を引き抜いた。あふれた唾液をアルハイゼンの指が拭った。
 はおもむろに、アルハイゼンに向かって両腕を広げた。

「わたしも、アルハイゼンさんのものです。好きにしてください」

 アルハイゼンが一瞬だけ目を丸くして「うん、それもそうだな」と頷いた。


 ベッドに組み敷いたの脚を大きく割り開き、アルハイゼンが素早く下着を剥ぎ取った。指を這わせて「もう濡れているのか」と、落ちてきた小さな呟きには目を伏せた。
 ちゅぷ、と音を立てて指が埋まる。はアルハイゼンの首へ回した手に、ぎゅっと力を込めた。
 ぐるりと円を描いたかと思えば、くいっと中で指を曲げられ、親指の腹は絶えず陰核へと刺激を与えてくる。

「んぅ、は、っあァ……!」

 のぼり詰める感覚がそこまできていたが、アルハイゼンの指が引き抜かれて、あっけなく離れていく。
 は少しだけ、責めるような視線をアルハイゼンへと送った。宥めるように唇を重ねられるが、身体の熱はくすぶるばかりだ。はやく、と言いたいのに、深い口づけで言葉もままならない。

「っん、ふ、」

 ひたり、と秘部に添えられた先端が、間を置かずに押し入ってくる。いつもはゆっくりと、丁寧に挿入される男根が、抉るような勢いをもって最奥を叩きつけた。

「あッ…………!?」
「……? 挿れただけでイったのか、酒のせいか感度がいいな」
「や、待っ……ひぁうっ、あっ、あ、あ……!」

 冷静に呟いたアルハイゼンが、の声など聞こえてないかのように腰を打ちつける。遮音ヘッドホンは着けていないのに、と恨みがましく思う気持ちが、あっという間に官能で埋め尽くされて消えていく。

「ああ、っぁア、っやあ……!」

 再び達し、びくびくと震えるを見下ろしながら「好きにしていいんだろう?」と、アルハイゼンが目を細めた。

「いじわる……」

 アルハイゼンが律動を止めないまま、のまなじりに指を這わせた。過ぎる快楽のせいで滲んだ涙が、ぽろりとあふれてアルハイゼンの指先を濡らす。

「俺との約束を破ったのは君だ。意地悪くらいするさ」
「っひ、あ、っごめ、なさ……」

 口では謝罪しながらも、アルハイゼンの言う”約束”が何なのか、もはやには考えることさえ困難だった。
 それを理解しているアルハイゼンが、とんとんとの奥を叩きながら「口先だけの謝罪に意味はない」と吐き捨てるように言った。
 冷たい物言いなのに、の身体は熱を帯びていくばかりだ。

「君が同じことをしないように、身体に叩き込むだけだ」

 ぐり、と亀頭が子宮口をひと際強く押しつぶして、は喉をのけ反らせて達する。アルハイゼンの唇が、喉元に触れて吸いつく。いつの間にか投げ出されていたの両手を、アルハイゼンの手がシーツに縫いつけた。
 その手のひらが汗ばんでいる。
 は濡れた瞳でアルハイゼンを見つめた。ぽたり、とアルハイゼンの額から汗が落ちる。

「はあ……ほんとうに、こんな姿は俺だけの前にしてくれ」

 アルハイゼンの声が掠れていて、彼もまた余裕をなくしていることに、はようやく気がついたのだった。
 はい、と答えたはずだったが、それは嬌声にまみれて伝わったのかわからない。

 アルハイゼンの好きに揺さぶられる中、その端正な顔がわずかに歪むのを、はぼやけた視界の中で確認した。繋がった手がぎゅうと握られる。
 元より大きい男根が、更に怒張したような気がした。

「や、あっ、んぅ……イっ…………」
「っ、は……!」

 ひくひくと震える膣壁から素早く男根が抜かれて、どろりとした白濁液が内腿に放たれる。身体を起こそうとしたを、アルハイゼンが制した。

「服が汚れる。君はそのままで」

 言われて、は自身がほとんど服を着たままであることに気づいた。対して、アルハイゼンは全裸である。
 内腿を伝い落ちる生温い体液に、下腹部が疼く。はアルハイゼンに気づかれないように、息を詰めた。まだ、体中の熱が引いていかない。

 ベッドまで戻ってきたアルハイゼンが、丁寧に内腿を拭う。そこにいやらしさなどないというのに、は漏れそうになる声を必死に噛み殺さなければならなかった。

「……物足りない顔をしているな」

 は返事をしなかった。ただ、ターコイズの瞳を見つめる。
 おもむろに、アルハイゼンの手がの服にかかる。きっと、期待に満ちてしまっている目を、は伏せた。

「俺も同感だ」






 久々に帰宅したカーヴェに「先日はごめんなさい、場の空気を悪くしてしまって」と謝ると、彼はなんとも言えない妙な顔をした。

「いや、僕のほうこそすまなかった。君にはスメールの酒を飲ませないように、アルハイゼンに言われていたのに」
「いいえ、それはわたしが悪いんです。アルハイゼンさんの前でしか飲まない、とお約束していたんですもの」

 互いに謝罪を繰り返すばかりになりそうで、カーヴェが「ところで」と軽く咳ばらいをした。

「それより、あれから大丈夫だったかい?」
「まあ、大丈夫とは……?」
「……アルハイゼンの奴、あれから妙に機嫌がいいんだ。どうやってあいつを宥めたんだ?」

 さぞ酷い目にあったんだろうと言わんばかりに、同情めいた視線を向けられるが、はきょとんと首を傾げた。なにせあの一夜は、幸福な記憶しかないのだ。

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