帰還した調査兵団の足取りは重い。
 こんな時に限って、いつもやかましい彼女の姿はないようだった。ふう、と知らず重いため息が漏れた。「娘がいつもお世話になっています!」と、駆け寄ってきたペトラの父親の話を、どんな思いで聞いているのだろう──リヴァイの顔を見て、ハンジは死ぬほど後悔した。
 リヴァイのやりきれない思いが伝染するようだった。はは、とからからに乾いた口から、訳も分からない空気が漏れ出た。

 今回の壁外調査で、どれだけの損失があっただろうか。そして、どれほどのものが得られたのか。
 ハンジはもう一度、ため息を細く吐き出した。

「兵長、おかえりなさいっ!」

 底抜けに明るい声が辺りに響いた。周囲の空気がすこしだけ変わる。いつものあの子だ、というように、どこかほっとしたような雰囲気が漂う気がした。
 リヴァイを人類希望の星と崇め、尊敬する彼女こそが、いまは皆の心に灯る希望だ。

 けれど、ハンジは彼女が確かに自分たちの後方から駆けてくるのを見た。そして、いつもは遠くから声を張り上げているのにも関わらず、リヴァイにぶつかる勢いで近づいた。

「やあ、……」

 キミも、今回の調査に参加していたんだね。
 その言葉は、ハンジの喉の奥で消える。怪我こそしていない様子だが、自由の翼を掲げた外套はボロボロになっている。

「あっ、ハンジ分隊長もおかえりなさい! お疲れさまでした!」
「ああ、うん……いやでも、も今回は“ただいま”なんじゃないのかい?」
「いえ、いつだって、わたしはリヴァイ兵長のおかえりを待っているんです!」

 がにこりと笑った。
 ハンジはそろりとリヴァイの顔を窺い、目を丸くする。目つきが悪いのはそのままに、瞳はどこかやわらかい光を宿して、を見下ろしている。

「兵長のご活躍あっての帰還です!」
「……」
「人類の希望の星は、今日もキラキラです!」
「ぷっ」

 ハンジは思わず吹き出す。が心底不思議そうな顔で振り返るので、ますます笑いが込みあげる。まるで可笑しなことは言っていませんといわんばかりに、が不満そうに眉をひそめた。
 場所が場所、状況が状況でなければ、腹を抱えて笑っていたことだろう。

「キミって、ほんとに……」

 ハンジは、笑いによって目尻に浮かんだ涙を指で拭う。しんみりとした空気が少しずつ少しずつ、離散していく──
 ほっ、とハンジは口元を緩めた。

「じゃ、先に行ってるね。リヴァイ」

 ひら、とハンジは手を振って、先を歩く。
 ハンジが去ったあと、どのような顔でリヴァイがを見ているのか気になるけれど、後ろを振り向くことは憚られた。どうしても後ろ髪を引かれて、ちらりと覗き見れば、リヴァイがの頭をくしゃりとなでる姿があった。
 の声が聞こえる。

「兵長、お怪我は大丈夫ですか? 早く治療しましょうね!」

 どこまでもその声は明るい。場違いなほどだ。でもそれは──
 ハンジはもう一度目尻を拭った。

(それでも希望はあるのだ)