※女主人公の名前はフレイです。







 姫の結婚式のためにと聞き及んでいたが、相手までは聞いていなかったことを、はこのとき死ぬほど後悔していた。届けに来た花をだめにするところだった、とは気を取り直して、思わず落としかけた色とりどりの花を抱えなおす。
 歓喜に沸く街の人々の声が、遠くに聞こえた。
 美しい花嫁に見劣りしないよう、城の前に花を飾りつける。ふう、と一息ついたところで、後ろから声をかけられた。「さん!」皆に愛される姫が、まだ花嫁衣装に着替える前の姿で立っている。

「うわあ、すごい綺麗なお花! ありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ。フレイさんの結婚式に、うちに花を頼んでくださって、ありがとうございます」

 はここよりすこし離れた街の花屋で働いている。
 もちろん、この街にも花屋はあるのだが、親しくするの顔も立ててくれたのだろう。会場の飾りつけはに、ブーケや髪飾りの花はエルミナータに頼んだようだった。
 フレイがえへへ、と照れたように笑う。それだけで、どれだけ幸せなのか伝わってくる。

「もうすぐ、式が始まりますから、ぜひ参加してくださいね」
「はい、もちろん」

 は笑って答えたが、心の中には暗い感情が広がるのを感じた。



 うそつき、と責めるつもりはなかった。
 思いや考えが、永遠に変わらないわけがない。それでも、言われて諦めたのは、ほかでもない自分なのだ。ぼんやりとしているうちに、街の住民の拍手や明るい声が聞こえて、顔を上げたは新郎新婦を視界にとらえた。美しいウエディングに身を包んだフレイの隣で、白いタキシードを着たレオンが笑っている。

「……ふふ、意外と似合ってる」

 いつも胸を肌蹴させた妙な恰好ばかり見ていたせいで、タキシード姿は新鮮だ。
 は遠目からでも、レオンの視界に入らぬように、そっと陰に身をひそめる。いらないことを思い出させて、晴れの日に水を差すわけにはいかない。おめでとうございます、と小さくつぶやいては飛行船へと向かった。これだけ人が集まっているならば、ひとりいなくなったとしても、フレイとて気に留めないだろう。

「……来てたのか」

 少しだけ驚きを含んだ声が耳に届いた瞬間、は慌てて飛行船へ乗り込んだ。恨みつらみがあるわけではなかった。けれど、自分のうちに残るこの想いを悟られては──!」白い手袋に包まれた手が、の手首を掴む。
 は振り向くことができずに、うつむいて自分のつま先を見つめた。

「あの、……おめでとうございます」

 は笑みを浮かべると、小さく息を吸ってから振り向いた。「すみません、まだ仕事が残っていて」不自然ではないように気をつけて、申し訳ないような口ぶりで言葉を紡ぐ。
 怯んだように、レオンの手がゆるむ。

 珍しいことに、レオンが気まずそうに視線を逸らした。はくすりと笑いをこぼす。いつも、飄々としたレオンにからかわれてばかりだった。

「ごめんなさい、あの、知らなかったんです。フレイさんの結婚する方が、あなただって」
「……そうか」
「ほんとうに、すみません。嫌なこと、思い出しちゃいましたよね」

 レオンが心外そうに目を瞠り、むっとしたように眉根を寄せる。

「そういう言い方をするな」

 ぎゅ、と掴まれたままの手首に、力が込められる。
 でも、と言い募ることができなかったのは、レオンが存外怒った顔をしていたからだ。は素早く視線をつま先へと落として、泣きそうになる自分を叱咤して、笑みを形作る。

「あの、レオンさん、わたしもう行きます」
「待て」
「……話すこと、ありませんよ」
「オレはある」

 ふ、とは吐息のように笑い、それからぎゅっときつく目を瞑った。「聞きたくないです」と、掴む手を乱暴に振りほどく。こんな態度をとりたいわけではなかった。けれど、どんなに取り繕おうとも、愛しい気持ちとともにどうにもできない思いがこみ上げてしまうのだ。
 諦めようとしてもできなかった。
 だから、会わぬようにこの街を訪れなかった。そうすれば、時が解決してくれると信じていた、のに。

「やめて、」

 おめでとうございます、なんて、心にもないことを口にさせる。
 あふれた涙で視界が滲んで、レオンがよく見えなくなる。「もう、やめてください。わたし、こんな、見ていられない」はゆるくかぶりを振った。


「ごめんなさい。わたし、まだ」

 はきゅ、と唇を噛みしめた。今さら、想いを告げることは許されないとわかっていた。

「オレは、ひどい奴だな」
「……」
「オレなんかを好きになってくれて、ありがとう。お前の気持ちは、オレに色んなことを思い出させてくれたよ。こんなことを言うのはおこがましいが、、お前もどうか幸せになってくれ」

 レオンの腕が、をやさしく包んだ。
 白いタキシードが涙で濡れる前に、はそっと身を離した。「さようなら、レオンさん」だいすきです、と心の中で告げて、は飛行船へ乗り込んだ。伸ばされたレオンの手がに触れることはなかった。


「レオンさん、ここにいたんですか! もう、急にいなくなっちゃくからびっくりしました」

 飛行船が飛び立つ中、フレイの少しだけ怒ったような声が聞こえてきたが、は下を覗き込むことはしなかった。さようなら、ともう一度呟いて、わずかに残るレオンのぬくもりと香りに目を細めた。

焦げ付いた

(あなたのせいで、とは言えやしない)