繋いでいた手の感触がなくなったことに気づいて、杉元は唖然とした。
 はっとして慌ててあたりを見回すが、溢れる人の中でを見つけ出すことは難しい。クリスマスの街中は、思った以上に人が多い。を探すべく身体はすぐに動き出していたが、どこに向かうべきかなんてわかるわけがなかった。

 は小さいし、人の波に飲まれてしまったら、抜け出すことは容易ではないだろう。
 なぜ、あの手をしっかりと掴んでいなかったんだろう。杉元は激しい後悔と、己への怒りを覚える。こんなことなら、家でゆっくり過ごすんだった。
 確かに、クリスマスムード一色の街は煌びやかではあるけれど、と一緒ならきっとどこだって楽しくて幸せだ。
 人をかき分ける中、杉元はふとスマホの存在を思い出した。「あっ、なんだぁ~。コレで電話すればよかったじゃん」と、杉元が画面をタップしたその瞬間、背中に衝撃が走った。思わずスマホを落としかけて、杉元は怒りの形相で振り向く。もしここでスマホを落として壊れでもしたらどうしてくれる。

「見つけました、佐一さん!」

 そこにあったのは、の満面の笑みだった。
 ぽろ、と杉元の手からスマホが落ちて、ガシャンと派手な音を立てる。「さ、佐一さん、スマホが」と、慌てるを杉元はぎゅうと抱きしめた。

「よかった、さん」

 杉元は、はあと安堵のため息を漏らした。冷やかすような視線を感じてか、が恥ずかしそうに身じろぎしながらも、杉元の背中に手を回した。

「佐一さんは背が高いから、すぐに見つけられました」
「見つけてくれてありがと……」

 がいないと気づいたとき、心臓が止まりそうだった。
 華奢な身体は柔らかく、ぬくもりが伝わってくる。の存在を十分に確かめて、杉元はおもむろに腕を緩めた。胸元から、がそうっと杉元を見上げる。ほわっとその頬が赤く色づいていた。

 もう一度抱きすくめそうになるが「佐一さん、スマホ! 大丈夫でしょうか?」と、の声にはっとする。

「あー……画面割れちゃった」
「えっ、大変じゃないですか。ごめんなさい、わたしが驚かせてしまったから」

 がしょんぼりと肩を落とす。
 けれど、杉元はスマホをポケットにしまうとからりと笑った。

さんのせいじゃないし、まだ使えるから大丈夫」
「でも、」
「それより、ほら。まだ見てないところいっぱいあるよね?」

 杉元はの手をとって、指を絡めた。今度こそこの手が離れてしまわないように、と願いを込める。ちょっと考えるそぶりを見せたが、ぎゅっと杉元の手を握り返した。

「佐一さん。せっかく街に来たんですけど、ケーキを買って帰りませんか?」
「え?」

 杉元はきょとんと目を瞬く。はっきり言って、杉元はあまりマメではない。クリスマスやバレンタインといったイベントごとには疎い。

「おれは別にいいけど、さんはそれでいいの?」
「はい。思ったよりも人が多くて落ち着かないし、街は賑やかで楽しいですけど……佐一さんと一緒にいられるなら、わたしはどこだって──

 愛おしさが溢れて、杉元は思わずその唇を奪ってしまった。
 同じ気持ちでいてくれたことが、最高に嬉しい。まあるい瞳がすぐ傍にあって、すぐに我に返る。「ごめん、さんが可愛くて」と、杉元はぽりぽりと頬を掻いた。

「も、もう、佐一さんっ」

 ぽか、とが杉元の胸を叩く。ちっとも痛くない。むしろ、その可愛らしさについ口元が緩んでしまって、がむっと唇を尖らせた。
 絡まった手をがぐいっと引っ張った。

「早く帰りましょう」




 靴を脱ぐことすらもどかしく思いながら、杉元はドアに鍵をかけると同時にの身体を壁に押しつけ、唇を重ねた。驚きに跳ねた指先が離れていこうとするので、杉元はぎゅうと手を握って離さない。
 見せつけるように、杉元はの手を口元に持っていって、指先をやわく食む。

「け、ケーキが」
「それよりさんを食べたい。いますぐ」

 かり、と指先に小さく歯を立てれば、がぴくりと身体を小さく震わせた。
 の瞳が揺れるのがわかって、杉元はその目を覗き込んだ。わずかに潤んだ瞳に映る自分の顔は、まるで飢えた獣のようである。は、と唇から漏れる吐息はやけに熱い。

 さん、焦らさないでくれ。
 このままでは、が頷くのを待てずに、結ばれた唇に噛みついてしまいそうだった。

 恥ずかしそうに、が目を伏せる。唇が震えながら開かれるのを、杉元はじっと見つめた。

「……召し上がれ」

 許しを得た杉元は、の身体をひょいと抱き上げた。の足に靴が残っていたが、そのまま杉元は寝室へと向かった。
 さすがに玄関先でがっつくわけにはいかない、と擦り切れそうな理性が判断したのだ。ケーキの箱も、きちんとテーブルの上に放るくらいには、杉元はまだ冷静だ。

 なるべく優しくをベッドに下ろして、その足から靴を脱がせてやる。冷たいつま先をひと撫でしてから、杉元はへと覆いかぶさった。
 恥ずかしそうに、が杉元を見つめる。ごくり、と喉が鳴った。

「こういうことをするために、帰ってきたんじゃないですからね」
「うん、わかってる。おれが我慢できないだけだよ」

 獰猛さを隠して、杉元は微笑んだ。がさっと視線を逸らす。

「佐一さんは、ずるい。そんな言い方、」

 断れない、とその声は杉元の口の中へと飲み込まれてしまった。

愛しい人肌のぬくもり

(手が冷たい、と怒る声すら愛しい)