おぼつかない足取りで友人と手を繋ぎ、頬を赤らめながら笑い合うその様は、まさに酔っ払いというにふさわしい。南雲はそんなを見て、感心してしまった。毒の効かないがアルコールで酔うわけがないのである。

「あれっ? ちゃん、彼氏さんに迎えに来てもらってたの!?」
「え?」
「わーっ、クリスマスなのにちゃんをお借りしてごめんなさい! バイバイちゃん、メリークリスマス!」

 友人が南雲にを押しつけて、意味ありげな笑みで手を振りながら大学生たちの輪の中へ入っていく。
 が「なんでいらっしゃるんですの」と、恨みがましく南雲を見上げた。その顔は、どこからどう見たって素面だ。南雲はにこりと笑った。

「さっきのフワフワしたちゃん、可愛かったな~」
「フワフワ……」
「酔ったふり、上手だね~」

 がとても嫌そうに顔をしかめて、ため息を吐いた。白い息がふわっと煙になって消えていく。
 それにしても、の友人はいつも南雲にとって都合のいい勘違いをしてくれる。そのまま大学仲間と二次会に行くところだったを、こうも簡単に捕まえることができるとは、さすがの南雲も思っていなかった。嬉しい誤算だ。
 南雲はぞろぞろと歩くの友人たちの集団を見て、目を細めた。

「クリスマスパーティって女の子だけじゃなかったんだね」
「……? ゼミの仲間ですもの」
「ゼミの仲間、ねえ」
「含みのある言い方をなさいますのね。あなたのような彼氏がいると知れ渡っていますから、声をかけてくるような殿方はいませんわ」

 が軽く肩を竦めてみせる。
 そういえば自分は、ストーカーから彼女を救ったヒーローだった。南雲はそんなこともあったなぁ、と他人事のように思い出した。

「それよりも南雲さん……」

 がす、と肩口へ顔を寄せてくる。ふわ、と香水に混じってお酒の匂いが南雲の鼻先を掠めた。

「血の匂いがしますわよ」
「え? わかる? 返り血には気をつけたんだけどな~」

 南雲はくんくんと腕や肩を嗅いでみるが、自分ではよくわからなかった。

 と南雲は恋人ではないし、婚約者でもない。したがって、クリスマスを一緒に過ごす予定など一切なかった。
 「デートしよ」と一応誘ってはみたものの「予定がありますので」と、そっけない返事をもらったのは記憶に新しい。その予定が何なのか、否どこで誰と何をするのか、調べることなど南雲にとっては朝飯前である。

「まあ、間に合ったから許して?」

 手を合わせて、こてんと首を傾げる。「そもそも迎えなんて頼んでいませんのに」と、が白けた顔をした。



 寒いので早く帰りましょう、と不機嫌そうなをなだめすかして、南雲は商店街のイルミネーションへと足を運んだ。の白い頬が、イルミネーションの光を受けて煌めいている。

 クリスマス当日ということもあって、それなりの人混みだった。
 ちらちらと向けられる視線を、はものともしない。は可愛くて上品で、そこにいるだけで存在感がある。社長令嬢として、暗殺一家のエリートとして、常に注目を浴びてきた──見られることに慣れているのだ。

 南雲は、残念ながら男連れです、とアピールするためにの肩を右手で抱き寄せた。その中にはもちろん、自分に向けられる視線もあったが、南雲には一切の興味がなかった。

「……意外とロマンチストですのね、南雲さん」

 てっきりその手を振り払われると思いきや、は呆れたように南雲を見上げながら、少しだけ眉尻を下げて微笑んだ。
 ロマンチスト。ほんとうのロマンチストなら、ここでとっておきのクリスマスプレゼントを披露するのだろうが、南雲が持っているのは人殺しの道具だった。

「こんな時間に商店街に来たのは初めてです。綺麗ですわ」

 視線をイルミネーションへと戻す、その顔のほうがよほど綺麗だった。南雲はの横顔をじっと見つめる。

 彼女を手に入れたい。
 でも、南雲にはその方法がわからなかった。外堀を埋めてはみたけれど、そんなものでが陥落するわけがないのだ。そんな簡単に落ちるのなら、そもそも南雲はに惚れていない。

「南雲さん? もしかして、お疲れですの?」
「ん?」
「何だか口数が少ないですわよ」
ちゃんに見惚れてただけだよ~」

 南雲は正直に答えただけなのだが「そうですの」と、途端に興味をなくしたようにが視線を外した。

「心配して損をしましたわ」
「……心配してくれたの?」
「わたしだって、心配くらいいたします」

 が心外そうに答えたとき、視界に白い粒がちらついた。あら、とが空を見上げる。

「雪ですわ」
「へ~、ホワイトクリスマスってやつだね」

 が大きな瞳をさらに大きくして、ふわふわと落ちてくる雪を眺めている。
 ロマンチストなのは、ちゃんのほうだよね~。それを言えばへそを曲げるとわかっているので、南雲は口には出さなかった。いつになくが上機嫌なのだが、本人にその自覚はないらしい。

 女子ばかりのいわゆるお嬢様学校で育ったにはそもそも異性との関わりがなく、恋愛のれの字も知らない。共学の大学に入学したものの、南雲がちょっかいを出すせいで、まともな出会いがないのである。そのうえ、兄三人の目も厳しい。
 残念だが、南雲に目をつけられた以上、まともな恋愛はできそうにない。
 ごめんね、とはちっとも思わない。

 がふと、南雲を見た。どきりと心臓が跳ねる。
 南雲は吸い寄せられるように、の頬に手を伸ばした。雪が、の頬に触れて、溶けていく。

「冷たいですわ、南雲さん」

 が小さく笑って、その手を取った。肩を抱く手はこんなに熱いのに──

「手袋もなさらないなんて、指が強張ってしまいますわよ」
「へーきだよ」

 南雲はそう言って解いた手をコートの左ポケットに突っ込む。そうして、肩を抱いていた手で宙ぶらりんになったの左手を掴むと、反対側のポケットへと突っ込んだ。
 がきょとんとしている。

「ほら、ちゃんがあっためてくれるでしょ?」
「……わたしが温める、んですの? これで?」

 目を白黒させるが、諦めたように小さくため息を吐いた。

「南雲さんがそれで暖をとれるなら構いませんわ」

 恋愛に疎いにはわからないのだ。これが、どれだけ恋人らしい行為なのか、理解していない。
 教える気もさらさらない南雲は「風邪ひく前に帰ろっか~」と、笑いかけた。ぎゅ、とポケットの中の小さな手を握りしめると、がちらりと南雲を一瞥する。

「そうですわね」

 けれど、文句のひとつも言わずに頷くその顔を、南雲は満足に笑みながら見つめるのだった。

その目の中のイルミネーション

(キラキラして綺麗だ)