「出られない部屋、ってやつでしょうね」
押しても引いても開かなければ、鍵穴すらないドアをひと撫でして、相澤先生がぽつりと呟きを落とした。「出られない部屋」と、わたしはその言葉を呆然と繰り返す。相澤先生がひどく億劫そうに、ちらりとわたしを一瞥した。
はあ、とひとつため息を吐いた先生が、おもむろに近づいてくる。
思わず後ろに下がれば、すぐそこにあったベッドに足をとられてぐらりと上半身が傾く。
「きゃ……!」
相澤先生から素早く放たれた捕縛布が身体に巻き付いて、思っていたよりもずっとやさしく、ベッドがわたしの背中を受け止めた。恥ずかしい。仮にも元プロヒーローだというのに、あまりに鈍くさすぎる。穴があったら入りたい。
仰向けのまま、情けなさに両手で顔を覆う。こんな無様な姿を見られたのが、生徒ではなく相澤先生だったことは、不幸中の幸いだったかもしれない。
ふいに、ぎしりとベッドのスプリングが軋んだ。
「相澤先生……?」
指の隙間から、そっと先生を窺う。
ベッドに片膝を乗せた相澤先生が、捕縛布を手元に戻しながらにやりと笑った。
「雄英高校の七不思議のひとつですよ、知りませんか?」
「えっ」
わたしはぎょっとして相澤先生を見た。
七不思議といえば、つまりトイレの花子さんとかそういう。先生の言葉を理解した途端、ぞわりと背筋に薄ら寒いものが走った。か、怪談は苦手である。
「せ、先生。わたしたち、出られるんですよね?」
慌てて上半身を起こして、相澤先生を見つめる。「さあ」と、先生は無情にも視線を逸らして肩を軽く竦めた。
「正確に言うと、ここは”○○しないと出られない部屋”だそうで。まあ、七不思議なんてのは人間の恐怖心や妄想によって作り上げられたもので、当てにできないでしょうが。ましてや、高校生なんてのはくだらないことを考える」
不機嫌そうに言葉を連ねる相澤先生に対し、わたしは「はあ」と気の抜けた相槌を打つ。相澤先生はそんなわたしをちらりと見てから、ベッドに乗り上げるとベッドボードのほうへと近づいた。わたしは黙ってそれを視線で追いかける。
改めて、冷静にこうして見ると、とても大きなベッドだった。さらに言えば、布団もふかふかだ。
六畳ほどの部屋の中央に、これみよがしに置かれたベッドになんだか不埒な感じがして、近づかないようにしていたはずなのに。遅まきながら、ベッドから降りようと動くが、それより早く相澤先生が勢いよく振り向いた。三白眼に射抜かれて、びくりと身体が強張る。
「身体は何ともありませんか?」
「え? は、はい……少し、部屋が暑いかなぁなんて」
相澤先生があんまり真剣な顔をしているので、ちょっとおどけてみる。出られないわけではないと知って、少しだけ不安な気持ちが和らいでいた。
「暑い?」
だというのに、相澤先生はますます顔を険しくした。
「相澤先生? どうかしたんですか?」
「…………」
この部屋に閉じ込められて何度目かのため息を、一等深く吐き出した相澤先生は、わたしに向かって小さなメッセージカードを差し出した。
そこには「SEXしないと出られません。なお、どちらか一方に媚薬の効果があります」と、無機質な文字が並んでいた。
「き、聞いてませんっ、こんな……七不思議なんて可愛いものじゃないじゃないですかっ」
「なら、いつまでもこうしてますか? 出られるとわかっているのに」
わめくわたしを鼻で笑って、相澤先生はこちらへと距離を詰めた。逃げるつもりが、手首を掴まれて身動きが取れない。素肌に触れているところに、熱が集まっていくような気がした。
「この部屋に入って約十分……効果が現れ始めたみたいですね。残念ながら先生、部屋は暑くなんてない」
「……っ、で、でも」
「でも?」
「相澤先生もご存じでしょう、わたしの個性は……そ、そういうことをしたら、先生だって」
「問題ない」
間髪入れずにそう言って、ひょいと首元に巻き付けていた捕縛布を雑に放った。唖然とするわたしをいとも容易く組み敷いて、相澤先生は口角を上げた。
「むしろ、そのおかげであなたが満足するまで抱き潰すことができる」
「は、はい!?」
ひっくり返った声が、相澤先生の口の中に呑み込まれていく。
反射的にぴたりと閉じた唇を、舌先で強引にこじ開けられる。普段は汗の一粒だって他人に触れないように気をつけているのに、舌が触れあって互いの唾液が交じり合う。ざらざらとした舌の表面が擦り合わされて、びくりと身体が跳ねてしまった。
重なった唇の向こうから、くつりと笑う声が聞こえる。かっ、と顔が──否、全身が熱くなる。
腕を押さえつけられているわけでもなく、両手は自由だ。押し返そうと思えば押し返せるはずなのに、わたしの手は先生の服に皺を作るばかりだ。角度を変えて唇が重なるたびに、相澤先生の無精ひげが口元に当たる。ちょっと痛くて、くすぐったくて、でも不思議と嫌な感触ではない。
相澤先生がジャージのファスナーを下までおろしてしまう。わたしは咄嗟に腕をクロスして、胸元を隠した。
ふ、ともう一度笑う気配がする。
「隠さなくてもいいでしょう」
唇に、先生の吐息が触れる。大きく息を吸うわたしと違って、先生の呼吸は少しも乱れていない。悔しいが、これが経験、もしくは慣れというものかもしれなかった。
「……あかるい、ですし」
わたしはふいと顔を背けて、苦し紛れの言葉を放った。
相澤先生は、少しだけ考えるようなそぶりをしながらも、わたしの手をそっとシーツに縫いつける。
「目を塞いでしまえば満足ですか?」
「そ、れは……いやです」
「ああ、よかったです。俺も、拘束しながらするのは趣味じゃないので」
「拘束、」
わたしは思わず、床に落ちた捕縛布に視線をやった。
そうか。相澤先生は、やろうと思えば、わたしの意思なんて無視して事を成せてしまうのか。ぞっとすると同時に、先生の気遣いがよくわかった。突き放すような物言いをしていても、触れる手は少しも乱暴ではない。
腕のこわばりがなくなったことに気づいてか、相澤先生の手が離れていく。指先が胸のふくらみに沈んだ。
「んッ……」
小さな刺激のはずだった。にも関わらず、ぴくりと身体が跳ねる。
どちらか一方に媚薬の効果があります──間違いようもなく、その一方はわたしである。個性がサキュバスであるわたしには、媚薬なんて効かないんじゃないかという淡い期待もあったが、そうもうまくはいかないらしい。
いつも催淫してしまうくせに、いまいちその感覚がわからなかった。いま、わたしはどんな顔で先生を見ているのだろう。
それを知るのも、知られるのも怖くて、わたしはぎゅっと目を瞑った。「なるほど、そうすれば照明も気になりませんね」と、相澤先生の揶揄うような声が降ってくる。この距離では眼鏡のレンズも、あまり意味をなさないようだった。普段ならむっとするところだが、それに言い返す余裕など、わたしにはなかった。
ふにゅり、と先生の手の中でブラジャーごと乳房が形を変える。もう一方の手が背中を浮かせて、器用にブラジャーのホックを外すと同時に、ジャージを脱がせきった。
「あ……」
身を包むものが少なくなって、つい頼りなく声が漏れた。
ちゅ、と相澤先生の口づけがこめかみに落ちる。なだめるような仕草だった。その唇は肌に触れながら、耳元へと移動して、ぱくりと耳の縁を食んだ。
ぞわり。
うなじを、言いようのない感覚が走り抜ける。
首を竦めて逃げたくなるけれど、相澤先生が覆い被さっているから身を捩ることさえままならない。
「っひ、ン……あァ!」
甲高い声が部屋に響く。それが自分のものだなんて、思いたくない。唇を結ぼうとしても、次から次へと声がこぼれていく。
ぬる、と生暖かいものが耳を這った。それが先生の舌だとわかったのは、吐息が吹き込まれてからだった。ぞわぞわと、うなじを走る感覚が背中のほうまで広がってゆく。悪寒のようで、しかし、決して不快なものではない。
気がつけば、相澤先生の手がTシャツの裾から侵入していた。少し冷たい手が下腹部を撫で、臍の窪みをなぞる。
「あ、あっ、や!」
ただ肌を這っているだけ、と思うのに、身体が跳ねて声が抑えられない。その手が、胸に到達してしまうのが怖い。
「せ、せんせい……」
相澤先生の二の腕を掴む。いや、縋りつくと言ったほうが正しい。「どうしました?」と、先生の低い声が、耳穴に直接吹き込まれる。ぞわり、が止まらない。
やだ、知らない、こんなの。
冷たいと思っていた相澤先生の手はいつの間にか同じ温度をしていて、それなのに触れられたところがじりじりと灼けつくような、不思議な感覚がする。額に滲んだ汗を、相澤先生の舌先が舐めとった。
「甘い、」
ぽつりと相澤先生が呟く。
わたしの汗や涙は、確かにほのかに甘いらしい。体液を口にするのはやめてほしいけれど、今さらが過ぎる。
二の腕に留まったままのわたしの手に視線を落としてから、先生はお腹に置いていた手の動きを再開させた。つい、と軽く爪でひっかくようにみぞおちの当たりに指先を立てる。
「っ、あ……!」
「眼鏡、邪魔だな。もうとっても構わないでしょう」
「だめ、だめです、だめっ」
何度も繰り返すうちに、何がだめだったのか、わからなくなってくる。
ふうん、と納得したようなしてないような相槌を打って、相澤先生の手が胸へとたどり着いた。浮いたブラジャーを押しのけて、手のひら全体が直接乳房を包んだ。ぐ、と五指が埋まるように脂肪に食い込んで、わずかな痛みが走った。けれど、それ以上に気持ちいい。
「だめ」と、反射的にその言葉が口をついた。
「っは、何がだめなんです?」
わからない、だって、頭の中が気持ちいいで埋め尽くされてしまっている。
わたしは駄々をこねる子どものように、いやいやと顔を横に振った。先生の指がわたしの頬を挟んだかと思えば、唇が合わさる。「んっ、う」呼吸が追いつかなくて、息を吸おうと開いた口にすかさず舌が差し込まれる。顔を固定されて逃れられない。
相澤先生の熱くてぬめる舌が、歯の裏側を丁寧になぞる。口蓋をつつかれるとぞくりと背筋が震えた。重なった唇の奥で、嬌声がくぐもる。
身体中のどこもかしこも、性感帯になってしまったみたいだった。
手のひらが、とっくに立ち上がっていた乳首をこねるようにして押しつぶした。
「っっん……!」
ぐ、と背が弓なりに反る。
指先で乳首をひっかいてから、先生の手はベッドとの間にできた隙間を縫って、背中側へと回った。背骨をなぞりながら、肩甲骨のあたりへと迫っていく。
「きゃう! っひ、あっ、ああァ……っ」
背中にある小さな羽根を、親指と人差し指がきゅっとつまみ上げた。
くん、と喉が反って、悲鳴じみた嬌声が上がる。は、と唇に触れた相澤先生の吐息が熱っぽいような気がして、わたしは閉じていた瞳を薄らと開いた。
「ぁ、」
見るんじゃなかった。
余裕たっぷりで、普段と変わらない顔をしているとばかり思っていたのに、違った。先生の頬はかすかに上気していて、わたしを見下ろす瞳は確かに欲情していた。当たり前だ、わたしの体液は催淫効果がある。もしかしたら、相澤先生もわたしと同じような状態なのかもしれなかった。
他のことに気をとられて少しも気づかなかったが、太ももには先生の勃ち上がった硬いものが押しつけられている。
相澤先生が上体を起こす。襟元から一気にファスナーを臍のあたりまで下すと、長袖から両腕を抜き取り、汗で張り付いたタンクトップを煩わしそうに脱ぎ捨てた。プロヒーローとして鍛え上げられた肉体が現れる。思わず、汗の滲むその身体に見惚れていると、先生はどこかから取り出したヘアゴムで髪をひとつに括った。
「先生も脱いでください」
そう言いながら、相澤先生は下側のファスナーを上へ開けて、勃起した性器を取り出した。わたしがもたもたとTシャツを脱いでいると、相澤先生の手がパンツごとジャージのズボンをずり下げた。
片足を抜かれて、ぐいと股を左右に開かれる。
「あッ、や、相澤せんせ……」
慌ててTシャツを脱いだせいで、眼鏡が少しずれてしまう。相澤先生がそれを指先で直してくれて、そのまま手は離れずに、わたしの頬をやさしく包んだ。先生の親指が下唇をなぞる。
「わかりますか? とろとろになってますよ」
とろとろになっているのは、秘部か顔か、もしくはどちらもか──
小さな疑問が頭に浮かんだはずなのに、相澤先生の先端がくちゅりと音を立てて埋められたせいで、どこかへ飛んで行ってしまう。待ちわびていたように膣壁が蠢くのに対し、わたしの腰は逃げようと浮いていた。
でも、相澤先生がそれを許すわけがなかった。
「ああっァ、ひ、ああぁン!」
相澤先生の手が腰を掴んで、ずぷりと陰茎を突き立てる。気持ちよさが脳天を貫く。悲鳴にも似た甲高い声があたりに響き渡った。わたしは、挿れられただけでイってしまっていた。
「くっ……!」
相澤先生が苦しげに呻いて、ぴたりと動きを止めた。力んだ腹筋がぐっと隆起して、まるで彫刻のようだった。
きゅうきゅうと狭まる膣壁のせいで、なかに穿たれた先生の硬さと質量を、より感じてしまう。
「先生……先生、大丈夫ですか?」
わたしは小さく頷いて、先生の顔に手を伸ばした。眉間に刻まれた皺が少しだけ和らいで、先生は軽く目を見開いた。
ごめんなさい、相澤先生。
「お願い、先生。動いてください」
わたしはとっくに理性をなくしてしまった。
相澤先生が言葉をなくして──にやり、と口元を歪めた。
腰を打ちつけられるたびに、わたしは身をくねらせながら、あられもない声を上げる。だけど、羞恥心なんて、いまはかけらも残っていなかった。
「あっ、あ、ああっア……!」
何度か揺さぶられるだけで、あっという間にのぼり詰めていく。わたしの声の調子と膣壁の締めつけでそれを察して、相澤先生がグッと一際強く奥を突き上げた。
気持ちいい、が弾ける。
「ひ、ぅアああっ、イク、イク、イっ……!」
「っ……」
あっけなく達して、きゅううっときつくなる膣のなかに、相澤先生が吐精した。三回目か、四回目のはずなのに、先生の陰茎は硬さを失っていない。
わたしはもう、何度イったかなんて、数えてられないくらいだ。
ゆるゆると先生が律動を再開する。愛液と精液が混ざり合ったものが、こぽりとなかから溢れ出るのがわかった。
「あンン、まっ、せんせ、やすませて」
体力の限界を感じて、わたしはずりずりと後退した。陰茎が抜ける感覚にすら、ぴくりと身体が反応してしまう。
相澤先生がす、と目を細める。
「ッ……!」
くるん、と身体を反転させられたわたしは、咄嗟に四つん這いになって逃げようとした。しかし、相澤先生に尻尾をぎゅっと握られて、わたしは悲鳴を上げながらぺしゃりとベッドに伏した。
電流が流れたような感覚が身体を突き抜けて、わたしは軽く達してしまっていた。
「だ、め、っア、は、だめ、」
時にだめも嫌も、いいと変わりのないわたしの制止なんて、聞いてくれるはずもない。ひくひくと震える秘部にぴたりと相澤先生が先端を添える。
のしかかるように覆い被されて、わたしにはなす術もない。
ベッドに投げ出されたわたしの手に、相澤先生の手が重ねられて、指が絡みついた。
「あと一回だけ」
ふう、と耳穴に息を吹きかけながら、先生がぽつりと言った。びくりと跳ねた身体を押さえつけながら、ぐちゅんと亀頭を秘部に沈める。
「ぅあっ、ああ、ん、ふあァ……!」
ぐぷぷ、とさらに陰茎が押し込まれる。だめ、と譫言のように繰り返すわたしを宥めるためか、ちゅっちゅっと首筋や肩甲骨に口づけが降ってくる。
トントントン、とリズムよくお腹側の浅いところを突かれて、またすぐにのぼり詰める感覚がする。
「イってください」
「やっ、だめ、あ、ああ、っァあ!」
低く掠れた相澤先生の声に導かれるまま、わたしはまたイってしまう。だけど、先生は動きを緩めることをしなかった。
「っは、は、あッ……ぃや、あ、だめぇ……っひんん!」
気持ちいい。気持ちいい、気持ちいい。
イった直後から、絶え間なく刺激を与えられて、気持ちよさの波が引いていかない。
すり、と相澤先生の親指の腹が、わたしの親指をやさしくなぞる。そうしながら、うなじに吸いついた唇が、羽根を食んで歯を押し当てた。
「っくぅア! あ! はあァ……ッ!」
がくがくと腰が震える。イっているのか、イっていないのか、もうわたしにはわからなかった。わかるのは、ただ気持ちいいということだけだ。
「あー……気持ちいい」
相澤先生が小さく呟いた。先生も同じだというのなら、それはそれで悪くないのかも──
「条件をクリアしました。解錠します」
ドアの前に立つと、機械音声が無機質に告げた。
足に力が入らないわたしを抱き上げる相澤先生は、同じだけ体力を消費したはずなのに、ピンピンしている。わたしはまるで虫の息だというのに、先生はむしろ、いつもの無気力な顔がすっきりしているような気さえする。
恨みがましい視線に気づいてか、相澤先生がわたしを見た。にや、と口元に覗いた歯に嫌な予感がして、わたしはさっと目を逸らした。
「満足できたでしょう」
「……知りません」
できうる限り不機嫌に答えたその声は、掠れに掠れていた。
先生が可笑しそうに笑いながら、ドアノブに手をかけた。こんな部屋、もう二度とごめんだ。ぐちゃぐちゃになったベッドをそのままに、わたしたちはようやく部屋を出ることができたのだった。