とても両手では抱えきれないほどのチョコレートを見て、ひそかに王子と呼ばれているレオンの人気を改めて思い知らされた日であった。食べきるのも大変そうなその量に、さらにひとつ増やしてしまうのもなんだか申し訳ないような気がして、はこっそりと鞄の奥底にラッピングされたそれを仕舞ったはずだった。
見覚えのあるリボンと包装紙を、浅黒い手がつまんでいる。にやりと弧を描いた唇は「ご馳走様」と告げる。
「さすが、手作りは違うね。ちゃんの熱い想いがたっぷり詰まって、俺の舌の上でドロドロに蕩けて……」
は慌ててその口を手で塞いだ。ゼロの隻眼が面白そうにを見下ろす。
手のひらに生ぬるい感触がして、は悲鳴を上げて飛び退いた。ゼロの舌が、意味ありげに下唇をぺろりと舐める。いちいち言うことがいやらしければ、仕草もまた同様である。
「ゼロ、口を謹んで」
「はいはい」
ゼロがやれやれというように肩をすくめて見せるが、そうしたいのはこっちである。
ひと月前のバレンタインデーに、たしかにチョコレートを用意して手渡せなかったそれを鞄に仕舞った記憶はあるのだが、その後どうしたかは覚えていない。自分で食べてしまったような気もするが、ゼロの手にラッピングしていたそれらがあるということは、いつの間にか彼に抜き取られていたらしい。
はあ、とはため息を吐いた。
「手癖が悪いわ」
「ま、育ちが育ちなんでね。欲しいと思ったら、つい手が出ちまうのさ」
これまた軽く肩をすくめて、まったく悪びれる様子を見せない。ついでに言えば、行儀も悪い。机の上に腰を掛けながら、ゼロがリボンをくるくると指先で弄んでいる。
「からチョコレートをもらえなかったレオン様は、大層落ち込んでいたみたいだぜ」
いつも口から出まかせを言うゼロだが、レオンに関することとなると別である。決して、レオンを貶めるようなことは言わないし、わざわざ嘘を吐くこともない。だからこそ、レオンが落ち込んでいたというのは、疑いようのない事実だとは確信した。
山ほどのチョコレートをもらっていてもなお、からのチョコレートが欲しかったのだろうか。
そんな素振りは露ほども見せていなかったが、少々見栄っ張りなところがあるレオンが、素直にチョコレートが欲しいなどと口にするわけがない。思い返してみれば「今年は用意してないの? ふぅん」と、やけに厭味っぽく言われたような気もする。
カタン、と机が音を立てる。ゼロが近づいて、長い指がの顎をすくった。
先ほどまでのにやついた笑みが消えていた。
「だからといって、レオン様に譲る気はさらさらなかったが」
「……」
「可愛いトマト型のチョコレートは、俺が全部余すところなく、食っちまったぜ……」
そう、あれはトマトが大好物であるレオンのために作ったのだ。それを知っていてすべて腹に収めるのは悪趣味のように思えるが、ゼロの真意はそうではない。
「フフ……、顔がトマトのように赤くなってるな……」
熱を持つ頬をゼロの指先が撫ぜる。は恥ずかしくて、居たたまれなくて、目を伏せた。窓から差し込む夕日のせい、と強がりも言えないくらいに顔が赤くなっているのが、自分自身でもわかる。「ああ、そんないやらしい顔をされると、お前を食っちまいたくなる」と、ゼロにしてはあまりに直接的な物言いをする。
は慌ててゼロの身体を押し退けたが、手首を掴まれて捕らわれる。
ふ、とゼロが笑む。は思わず身を竦めた。
「チョコレートのお返しは、俺でいいだろ?」
うんともすんとも答えていないのに、満足気なゼロの唇がの口を塞いでしまった。