緊張に手が震えていることに気づいて、はぎゅうっと拳を握りしめる。
 甘党の彼に菓子をあげたことなんて何度もあるというのに、今日に限っては変に意識してしまって、昼間に渡しそびれてしまった。味の保証はみんながしてくれているから、心配はいらない。
 一度深呼吸をしてから、意を決する。は睨むように扉を見つめながら、コンコンと軽くノックした。

 すぐに開けられた扉の隙間から、にゅっと伸びた手がの腕を掴んだ。「ひっ」と、小さく悲鳴を上げたは、抵抗する間もなく部屋の中へと引っ張られる。部屋に上がるつもりはなかった。
 何気なさを装って、日ごろの感謝の意と称して、ただ手渡すだけでいいはずだった。

 ぱたん、と扉が閉まる音がして、それと同時にの心臓もどくんと音を立てた。「いつまでもドアの前で突っ立ってるから、身体が冷えただろうが」と、ガイアが呆れたふうに言って、ブランケットをの肩にかけてくれる。季節が季節だけあって、確かに廊下は寒い。

「あ、ありがとう、ガイアさん」

 ガイアの思わぬ気遣いがうれしいと同時に気恥ずかしく、また見慣れない部屋着姿にどぎまぎしてしまい、は思わず言葉を詰まらせる。ふ、とガイアがちいさく息を吐くように笑った。

「で、こんな時間に何だよ?」

 切れ長の目がを捉える。は慌てて、手にしていた包みを背に隠した。つい身構えてしまうのは、下心が含まれているからだ。
 感謝の気持ちを込めて、と胸の内で用意していた言葉を呟く。

「ガイアさん、」

 あの、とか、えっと、とか意味もない言葉ばかりが口から漏れて、その先に中々進めない。
 ふいにガイアが、ガリっと飴を噛み砕いて、棒だけになったキャンディーをゴミ箱に放った。あ、と思う間もなく、盗賊らしく素早く包みを奪い取られる。

 可愛らしくリボンが結ばれたそれは、誰がどう見ても贈り物である。
 途端に顔に熱が集まる。「みんなに配ってるんだけどね」と、思わず言い訳がましく言って、は顔を俯かせた。

「ふーん」
「日頃の感謝を込めて、よかったら、どうぞ」

 ふーん、とガイアがまたも続ける。興味のなさそうな呟きに、がそろりと視線をあげれば、ガイアがぐっと近づいて顔を覗き込んでくる。近くで視線が交わって、一瞬喉が詰まるような感覚がした。恥ずかしいのに目を逸らすことができない。

「それだけか?」
「えっ」

 お前の気持ちなんて知っている、と言わんばかりだった。目は口程に物を言う。涼しげなその瞳は、すべてを見透かすように思えた。
 まごつくに対して、ガイアがにやりと口角を上げる。

「ま、甘いもんが食えるなら何だっていいか」

 じゃあな、とガイアが扉を開けてくれる。の足は床に縫い付けられたように動いてくれなかった。

「ま、待って、ガイアさん」
「ん?」
「わ、わたし」

 は逡巡する。想いを告げて、今後気まずくなるだろうか。迷惑に思われないだろうか。
 そうする間に、ガイアが明けていた扉を静かに閉めた。

「今度はいつまで待たせる気だ?」

 チョコレートを渡すのも、ノックするのも、もたもたして──

「わたし、ガイアさんのことが、すきです」

 あまりの緊張に声が震えた。ガイアの顔を見ることができなくて、はじっと足元を見つめる。
 ぽん、と頭にガイアの手のひらが乗せられる。

「よくできました」

 やわらかいガイアの声に、はおもむろに顔を上げた。皮肉気にあげられた口角はそのままに、けれど瞳だけはやさしさを帯びていた。ガイアの片腕がを抱き寄せ、もう一方の手は扉に伸びた。かちゃりと錠の締まる音がして、の心臓もどきりと高鳴る。

「さて、ありがたく頂こう」

 ガイアが笑いを含んで、悪戯っぽく言った。

召し上がれ、私の気持ち

(甘いな、とガイアが囁く)