カムイ様は料理が不得手だ。
本人にはその自覚があまりないようだが、悲しいかな、彼女の作る料理は鋼の味がする。いったいどういう理屈なのかは、ジョーカーにも未だ理解しかねる。もっとも、王女という身分を考えれば家事が不得手でも何も問題はない。
ジョーカーさんに、と笑顔で手渡されたのは、やや不器用さが見受けられるカップチョコレートだった。カップに入れられたチョコの量が不揃いで、色とりどりのトッピングは偏りがある。カムイが相手でなければ、ボロクソに貶していただろう出来栄えだった。
しかし、カムイお手製となれば、それはジョーカーにとってはこれ以上ない至高の品だった。味はともかくとして、カムイが自分のために作ったということが、何よりも重要である。
「ありがとうございます。身に余る光栄に、このジョーカー身も心も感激に震えています」
「そ、そんな、大袈裟ですよ」
カムイが恥ずかしそうに、はにかんだ。それから、不安そうに期待するように、上目遣いでジョーカーを窺う。
ジョーカーは大事に包みを開けて、その中からひとつを口に運んだ。チョコレートの甘ったるい香り。舌で溶けていくのは──
「……あまい」
思わず、正直な感想が口をついて出た。
鋼の味に備えて、内心で様々な称賛の言葉を並べ立てていただけに、ジョーカーは肩透かしを食らった。カムイがルビー色の瞳をぱちりと瞬かせた。
「ふふっ、チョコですから」
「そうでございましたね。疲れも吹き飛ぶ甘さです。カムイ様、本当にありがとうございます。残りは大事に食べさせていただきます」
「もう、大袈裟ですってば」
そう言いつつも、カムイが満更ではなさそうに頬を紅潮させる。籠いっぱいの包みを抱えて、皆に配るのだとカムイが軽やかな足取りで立ち去る。その後姿を見送ってから、ジョーカーはふむと顎に指を添えた。
昨日今日と厨房は男子禁制とのお達しがあったが、もう解散したことだろう。
食堂に足を踏み入れると、ふっとチョコレートの甘い香りがした。ジョーカーは眉をひそめて、食堂の窓を開けて換気させる。
声も掛けずに、ジョーカーは厨房に足を運んだ。洗い物をしていたが顔を上げる。
「執事長?」
ラッピングされていない、先ほどカムイに手渡されたものよりももっと不出来なカップチョコレートが並んでいる。その傍らには、いびつなクッキーが山積みになっており、やけに硬そうなカップケーキも存在していた。それを作った人物を思えば食べられる、と言いたいところだが、さすがのジョーカーも遠慮したくなる量だった。
が慣れた手つきで洗い物を片付けて、ジョーカーに向き直る。
「すみません、厨房を占領してしまって。お使いになられますか?」
「……カムイ様からチョコレートを頂いた」
が眉尻を下げる。「ピエリさんもお手上げで……」と、の視線が残された失敗作に落ちる。
「結局、チョコレートを流し込んでトッピングすることしか、カムイ様にお任せできなくて」
なるほど、とジョーカーは納得する。それならば、さすがに鋼の味にはなるまい。
が苦笑しながら、クッキーを一枚手に取った。不思議そうに首をかしげて、一見するとただちょっと型抜きに失敗したクッキーを見つめる。
「どうして鋼の味になっちゃうんでしょう」
「さぁな」
ジョーカーは素っ気なく告げて、の手からクッキーを奪い取った。「カムイ様が作ったということは忘れろ」と、ジョーカーは自分に言い聞かせるようにして、それらをゴミ箱へと突っ込んだ。食べ物を粗末にして、という思いがなかったわけではないが、鋼の味がするものを果たして食べ物と呼んでいいのか疑問である。
「それで、お前は何も作ってないのか?」
えっ、と呆けたが、一拍遅れて顔を赤らめる。
「こ、これから作ります!」
が慌てて材料を探すも、チョコレートが見つからない様子である。が困った顔で、使いかけの、もうほとんど残っていない板チョコレートを手にする。
ジョーカーはその手首を掴んで、の指先ごとチョコレートを口に含んだ。
の驚く顔が困惑に変わり、リンゴのように真っ赤に染まりきったのを見届けて、ジョーカーはようやく口を離した。「今年はこれで十分だ」と、ジョーカーは親指で唇を拭う。
溶けたチョコレートが、の指を伝っていく。
「おい、汚れるぞ」
それを指摘して、ジョーカーは踵を返した。