逃げても逃げても、執拗に追い回して、舌を絡め取られる。もうやめてと言いたいのに、唇で口を覆われているので言葉にならない。
 口の中のチョコレートは、塊だったものが溶けて形をなくしていた。互いの舌の上を転がっていたはずなのに、いまや唾液のように絡んでいる。しかし、唾液よりも粘度が高いためにとろりとしていて、どこか官能的な触感だった。

 くらくらするような甘ったるさだった。はじめて口にしたチョコレートだというのに、味わうことすら困難だった。ようやく唇が離れていって、は大きく息を吸った。息の一つも乱していない尾形が「不味い」と、不快そうに眉をひそめて、唇を指で拭った。
 にべもない物言いに文句を言うことすらできずに、はただ尾形を見つめた。

 茶色く色づいた指先が、の唇に伸びる。びく、と震えた身体はそれでもその手から逃げることができなかった。ぬるりと唇の表面を指の腹が這い、すこしの隙間を縫って口腔内に入り込んでくる。痺れたような感覚の残る舌を摘まんで、擦り上げる。

「っん、ぅ……」

 小さく呻いて、は尾形の手首を掴んだ。ふ、と尾形が鼻で笑って、の手などお構いなしに指で口の中を蹂躙した。の目尻から涙がぽろりと溢れて、ようやく指が引き抜かれる。

「御馳走さん」

 尾形の瞳が愉快そうに歪む。
 そうして「おい、付いてるぞ」と、の口端を指し示す。はのろのろと腕を持ち上げて、人差し指で口を拭う。

「反対だ」
「……尾形さ、」

 再び距離を詰められて、尾形の舌先が口角に触れる。「それとも態とか?」と、ほとんど唇が触れ合う距離で尾形が囁いた。ひどく近い位置で視線が交わる。尾形の瞳は深淵を覗き込むような、深い闇色をしていた。
 は思わず、視線を逸らすように目を伏せた。

「そ、んなこと」

 声が震えた。ふん、と尾形が軽く鼻を鳴らして、の肩を拳で小突いた。たたらを踏んだ身体はあっという間に壁際に追いやられ、尾形の両腕がを挟んで閉じ込める。

「こうなることを予想しなかったのか」
「どうして、尾形さんが」

 は困惑しながらも、逃げ出す真似はしなかった。尾形に対する恐怖はない。
 彼がその気になってしまえば、とうに命などないのだ。尾形の指先が顎先から喉を撫ぜ、鎖骨で止まる。「思った以上に愚鈍らしい」と、小さく囁いた尾形の唇が、喉元に触れて吸いつく。鋭い痛みが走って、は思わず尾形の身体を押し返した。しかし、当然ながらの細腕ではびくともしない。
 痛みにひりつくそこを生温い舌が這い、今度は場所を変えて噛みつくような仕草で、軽く歯を立てられる。

「っや、尾形さ……やめ、て」
「……チョコレートやらよりも、アンタの方が余程美味そうだ」
「な、に……あっ!」

 着物の合わせ目に手が差し込まれ、は身を強張らせた。
 慣れた手つきで帯の結び目を解いていくので、すぐに胸元が緩んで開けていく。やわらかい脂肪の塊が、尾形の手中に収まる。かあっと全身が熱を帯びるような気がした。

「いやっ!」

 尾形の手を払いのけ、はぎゅっと両手で自分を抱きしめる。尾形が鬱陶しそうに耳を塞いで、片手で犬を追い払うような仕草をして見せる。

「これに懲りたら、のこのこ男の部屋に上がるなよ」
「……ご忠告ありがとうございます」

 部屋を出る間際、尾形の人差し指がトンと軽く首元に触れる。

「杉元に注意するんだな」
「え……」
「アイツは怒ると怖いからなァ」

 ハハッ、と温度のない笑い声を残して、扉が閉められる。は乱れた着物のことも忘れて、しばらくそこで立ち尽くした。

チョコより甘い、

(なんて嘘つきな唇)