「アリティア騎士のです。狼騎士団の皆さんが、こちらにお揃いと聞いたのですが、失礼してもよろしいでしょうか」

 顔を見ずとも、声だけで緊張が伝わってきた。
 ウルフら狼騎士団の四人は顔を見合わせる。ハーディンに忠誠を誓い、アカネイア軍としてマルス王子とは敵対してきた身として、このアリティア軍は居心地がいいわけではなかったが悪いわけでもない。アリティアの騎士がわざわざ訪ねてくるほどの仲ではないことは、確かだった。

 皆が押し黙る中で、ロシェが素早く腰を上げた。いち早くマルス王子に味方したロシェが対応するのは、自然なことかもしれなかった。ウルフにおいては、いまだこの軍に馴染もうという気がない。

「どうしたの? 僕たちに何か用事が?」

 天幕の入り口に立つの腕には、小さな籠が抱えられている。
 どうやら訪ねてきたのはだけらしく、ぽつんと立ち尽くす姿は途方に暮れているようにも見えた。ロシェを見て、ほっとしたように小さく笑みをこぼす。

「突然すみません。よろしければ、皆さんに召し上がっていただけたらと」

 籠の中には、可愛らしくラッピングが施された焼き菓子が詰められている。
 ビラクとザガロも立ち上がり、興味深げにそれを見やる。ウルフだけは、ちらりともを見ずに「媚びでも売りに来たのか」と冷たく告げた。さすがにザガロでさえも咎めるような視線を向けたが、ウルフの態度は変わらない。
 が気分を害した様子はなく、ただ困ったように眉尻を下げて苦笑する。

「本当はクリスが来られたらよかったんですけど、わたししか手が空いてなくて」
「どうしてクリス?」

 不思議そうに尋ねるロシェを、もまた不思議そうな顔で見上げる。

「皆さん、クリスと親しくしていらっしゃるようでしたので……」

 きょとんとロシェが瞳を瞬く。ビラクとザガロと顔を見合わせて、肩をすくめた。ウルフに至っては、不機嫌そうに眉間により一層深く皺を刻んだ。が慌てて「あ、あの、勘違いでしたのならすみません!」と頭を下げた。

「謝らなくてもいいよ。それに、そうだね……クリスは僕らをよく気に掛けてくれているから、そう見えたのかもしれないね」

 ロシェがやさしく微笑んで、の手から籠を受け取った。

「これ、全部僕らがもらっていいのかな?」
「あ、は、はい」
「わざわざすまないな」
「ありがたく頂こう」

 ザガロがさっそく包みの一つを空けて、口にする。が緊張した面持ちでザガロを見つめる。そのあまりの緊張感に、よもや毒でも盛っているのではなかろうな、とウルフは横目でを見やった。

「うまい」

 飲み込んだザガロが、頬を緩めて呟く。がぱっと表情を明るくして笑った。
 心なしか、その笑顔を向けられたロシェたちの頬が赤らんでいるようである。女に現を抜かすなんて騎士の恥だ。ウルフは本気で心の底からそう思っているからこそ、に疎んじるような視線を向けてしまう。

「お口に合ってよかったです」
「これは君が?」
「あ、えっと、わたしだけではなくて軍の女性陣みんなで……」

 と、口にして、すぐにが目を伏せた。

「クリスのは、とても食べられるものではなくて、その、入っていないんですが」

 シーダ様もご助力してくださったのに、とが申し訳なさそうに呟く。どうやら狼騎士団は、クリスに好意を抱いていると、に思われているようである。
 「気にすることはない」、とビラクが気安くの肩を叩いた。

「先ほどから聞いていれば、クリスクリスと……お前は何か誤解をしている」

 突然ウルフに詰め寄られたが一歩後ずさる。騎士ともあろうに、その程度で躓いて転びそうになったの身体を、素早く伸びたウルフの腕が支えた。
 同じ騎士とは思えぬほど軽い。そして、やわらかい感触である。

 近くで視線が交わり、瞬く間にの顔が真っ赤に染まっていく。
 飛び退くように離れて、体勢を整えたがうつむく。見えるのはつむじと、赤くなった耳だけである。

「ご、めんなさい」
「……」
「あの、し、失礼します……!」

 が転げるようにして逃げ去る。険しい顔をしてその背を見つめるウルフの肩をぽん、とザガロが軽く叩いた。

「ほら、せっかくだからお茶にしよう」

 にこりと笑って、ロシェが場を和ませる。
 ウルフが食べた焼き菓子は、なぜか鋼の味がした。

2月のお歳暮

(まさか命の危険を感じるとは)