パッ、と辺りに激しい血飛沫が舞った。いつもながら、殺戮への衝動がコントロールできない、自分の上司が無垢な顔をしてままごとでもするかのごとく、槍を突き出す。何度もわたしを貫いて終いに「ピエリ、つまんないの」と、驚くほど唐突に踵を返すのだ。

 わたしはこのくだらない遊びが大嫌いだし、それを繰り返すピエリ様のことも大嫌いだった。
 こんなことを甘んじて受けなければいけないなんて不条理だ。それとも、お偉い様はなにをしても許されるっていうのだろうか。「相変わらず、容赦がないな……ついにイっちまったか?」毎度のことのようにわたしを抱きかかえてくれる、このあたたかい浅黒い手も、わたしは好きではない。
 痛みをこらえながら睨みつけると、男が眼帯をしていないほうの目をうっそりと細める。そうでなくちゃ、と笑みを形作った唇が囁く。この手は、狂った世界から連れ出してくれないことを知っているから、好きになれないのだ。

「覗きなんて悪趣味な真似しないでくれる、ゼロ」

 はいはい、と返事が返ってくるが、それが了承ではないことくらいわかりきっている。
 ろくに動けないわたしの身体を容易く横抱きにして、ゼロが歩き出す。下ろしてだとか、放してだとか、文句が言えるほどの元気はなかった。

「なんだ、見られて興奮しちまったのか? とんだ変態だな…不死身の
「鬱陶しい。その呼び方、やめてって言っ……」

 段差によって身体が揺れ、ふいに走った痛みに言葉が途切れる。ゼロがいったん立ち止まって、わたしの顔をじっと見下してくる。

「痛かったか?」
「……」
「フ……ま、それだけ喋る元気があるなら、問題ないな」

 首を横にも縦にも振らないわたしを鼻で笑うと、ゼロが再び歩き出す。
 この男がわたしのことを面白おかしく語るせいで、ゼロの同僚が「不死身の」などという二つ名をつけたのだ。なにが不死身だ。死ぬときは死ぬ。馬鹿馬鹿しい、いつもこんなに痛い思いをしているし、いつ首ちょんぱにされるかもわからない恐怖に震えているというのに。

 ──「ピエリが「えいっ」ってやっても、は大丈夫なのよ」
 そんなわけがないのに、ピエリ様はそうと信じ切って、いつもわたしに無慈悲に刃を向ける。もしわたしが事切れたなら、ピエリ様は動かなくなった玩具に泣いてくれるのだろうか。それとも、嘘つきと責めるのだろうか。


「今日はまた一段と激しいな」

 血で張り付いた服を取り去って、ゼロが感心したようにつぶやく。
 何度もこうして手当てを施してくれるのだが、全裸を見られることへの羞恥が薄れることはない。無論、この男の場合、素直に手当てのみで終わることはほとんどない。

「っ、ぅン……」

 冷たい消毒液が傷に沁みる。ゼロの長い指が、真っ白な包帯を巻きつけていくのをぼうっと見つめる。傷のないところへ指先が伸びるのも、わたしはただぼんやりと見つめていた。

「この白い身体が傷だらけになるってのが、たまんないね」

 ぬるりとした感触が頬を滑る。ゼロが親指で血を拭い取り、見せつけるように赤く染まったその指を舐め上げた。

「変態」

 わたしは冷たく言い放つが、ゼロにはそんな言葉がなんの意味も持たないことを知っている。その証拠に、ゼロが嬉しそうに顔を綻ばせた。
 ただ重力に従ってだらりと垂れるわたしの手を取り、ゼロが布越しに自身へと宛がう。
 そこはすでに硬くそそり立っている。

「血を見たあとは興奮しちまうだろう?」

 ゼロがわたしの身体を押し倒す。安っぽいベッドがわたしとゼロの重みを受け止めてくれる。
 ぐい、と大きく足を開かれる。いつの間にかゼロのものは取り出されていて、わたしの下着を剥ぎとるとほぼ同時に押し入ってくる。初めてではないにしろ、ろくにほぐされていないそこは、唐突過ぎる挿入に悲鳴を上げるように侵入を拒む。

「っか……は、ぐ……いっ、たい…………!」

 鋭い痛みは破瓜の痛みに似て非なる。あまりの痛みにあっという間に涙がにじんで、あふれる。
 だというのに、ゼロがわたしを気遣うことなんて一切なく、ぐぐぐと自身を押し進めてくる。「痛いっ、てばぁ! やめてぇ!」わたしは必死になってゼロの身体を押し返すけれど、そんな抵抗はむなしく、ゼロのそれは最奥まで届いてしまう。
 それでも体格差ゆえか、すべては収まりきっていない。「まだだぜ、」とゼロがちいさく囁いて、さらに子宮口を押し上げる。無意識に逃げようと上のほうへとずり上がる身体を、ゼロの手が腰を掴んで引き止める。

「うっ、あ、いたい……やだ、ア」
「嫌だなんて、嘘はいけないな。、お前も十分変態だよ。ほら……もう馴染んできてるだろう」

 ゼロがぴたりと動きを止めて、長い舌で目尻の涙を掬いとる。
 こうやって乱暴に抱かれるのは数えきれない。
 わたしの膣壁がひくひくと震えて、ゼロの動きを待ち望んでいるのがわかる。身を引き裂くような痛みは鈍痛へと変わり、ズキズキとする痛みと連動するように、びりびりと甘い痺れが走る。

 にや、と歪んだゼロの唇をぼやけた視界で見た。その唇が、吸血鬼のまねごとのように、わたしの首筋に歯を立てる。「うあ……ッ」痛みのあとに、ぬるりと舐める舌の感触がする。ぞくりとした感覚が背筋を駆け上り、わたしは首をすくめて身震いする。

「きゃあああ!」

 なんの前触れもなく、ゼロが動いた。悲鳴があたりに響き渡る。眉をひそめたゼロがわたしの口を覆って、それを止めた。
 がつがつと打ちつけられて、わたしにはその手を振り払うことすらできなかった。痛い、苦しい、でも──気持ちいい。わたしの身体は壊れた人形みたいに、ゼロの動きに合わせて揺れ動く。

「はっ、あ……う、」
「くく……いいねぇ、その顔。最高だ……」

 ゼロの舌がべろりと頬を舐める。そのまま、耳へと唇は動いた。「気持ちいいんだろう?」ゼロの吐息と低音が耳穴に吹き込まれ、わたしはぞくぞくとした感覚から逃れるため、顔を背けた。ふふ、とゼロが笑う。

「血を見て興奮してんのはおまえも一緒だ。いやらしく蠢いて、俺を締め付けて……もうぐちゃぐちゃに濡れてるな」

 ゼロの言葉通り、ろくな前戯もなかったのに、わたしのそこはすでに濡れそぼってゼロの動きをスムーズに助けている。だけれども、それを恥ずかしいとか思う余裕もすでにわたしにはなかった。

「ああっ、あ、やあああっ、だめ、だ、め……!」

 あられのない声を上げて達する。ぴん、と足が突っ張るが、お構いなしにゼロが攻め手を休めることはない。ひくひくと震えるそこを抉るように擦って、奥まで入っては出てを繰り返す。もはや痛みなど感じなかった。ぐちゅぐちゅとはしたない音と肌がぶつかり合う音、そしてわたしの嬌声が耳にこびりつくような気がした。
 もうなにも考えることなどできず、ただ与えられる快楽に反応を返す。
 この男は、わたしの身体をもうわたし以上に知り尽くしている。

 再びあっけなく達するが、なおも動きはゆるまない。強すぎる快楽から涙をこぼし、絶え間なく嬌声を紡ぐ口からは涎があふれる。「あ、ア、っはあああ、あぁ」ゼロの手が今しがた手当てしたばかりの場所に触れたって、痛くないどころかおかしな興奮を覚える。

 がり、とゼロが乳房に噛みつき、くっきりと残る歯型にねっとりと舌を這わせる。「っひ、あ……い、く……!」わたしの身体がびくびくと跳ねるのを、ゼロが押さえつけた。

「っや、ゼロ、っは、あ、ゼロぉ……!」

 はあ、とゼロが熱っぽい吐息を吐き出す。
 激しい律動がさらに激しさを増して、亀頭が子宮口を何度も持ち上げる。わたしはただ身体中を震わせて、ゼロが吐き出す精液を受け止めた。






 戦いが激しさを増す中で、この異界の城だけはいつも平穏だった。ピエリ様は、マークス様に咎められてもなお目を盗んでは胸糞の悪い遊びを繰り返していたが、戦いによってストレスを発散しているのかこのところ回数はぐっと減っている。

「アドベンチャラーってことは、杖も使えるんだろ? ゼロに杖って、似合わないな……」
「安心しろ、おまえに杖は掲げない」
「ちょっ……ゼロ、それはひどくないか! 俺だって、怪我するんだぞ!」

 レオン様の臣下であるふたりがやかましく話している。わたしに気づいたオーディンがぱっと目を輝かせた。あの妙な二つ名によって、オーディンはなにか大きな勘違いをしている。

「不死身の! ふっ……我が名は漆黒のオーディン……」

 なにやらポーズを決めているのを冷ややかに一瞥してから、わたしは隣の男を見上げた。マスタープルフによって、ゼロの姿は以前とすこし違っている。

「なんだ? 見惚れたか?」
「まさか」

 わたしはそっけなく返したつもりだが、ゼロがにやにやと笑って顔を近づけてくる。「最近、いじめてないから、寂しいだろう?」意味ありげにゼロの手がわたしの腰から尻にかけて、撫でていく。
 それを見たオーディンがぎょっとして顔を赤らめる。

「ぜ、ゼロ、おまっ、どこ触ってるんだよ!」
「……変態」
「フ…言っただろう、おまえも立派な変態さ」

 なぜか自信満々に言うゼロに、わたしとオーディンのしらけた視線が突き刺さる。ゼロがやれやれと言ったように首をすくめて見せる。

「まあいい。またあのお人形にやられたら、今度は杖で治してやる」
「…………え?」

 まるで、そのためにアドベンチャラーになった、というように聞こえた。目を丸くしてゼロを見るが、彼は笑みを深めただけだった。ゼロの指が頬を撫でても、それを振り払う気になれなくて、ただゼロを見上げる。
 ゼロがおもむろにわたしに顔を近づけて、耳元で囁く。
 あわわ、とオーディンが慌てて顔を覆って背を向けるのが、傍目に見えた。


「……」
「そろそろ愛のあるイイことがしたいだろう?」
「は?」
「まあ、俺は十分に愛を注いでやっていたがな」

 どこがだ。この男はとことん歪んでいる。
 しかし、この浅黒い手が、やさしく触れてくれるのだったら、すこしは好きになれるのかもしれなかった。

「さて、そのいやらしい唇で、愛の言葉を囁いてもらおうか」

 もちろんベッドの中で、と続けるゼロの顔面に平手を食らわせて、さっさと踵を返す。公衆の面前でなにを言っているのだ。オーディンが可哀想なくらいに顔を赤くしてうずくまっている。

「ふふ、照れる顔も最高だ……」

 変態、とわたしはもう一度吐き捨てる。
 でも、すこしだけ、ほんのすこしだけでもピエリ様の遊びに付き合うのも悪くない、と思ってしまったわたしもゼロの言う通り十分に変態かもしれない。
 結局、わたしはあの手に期待してしまっているのだ。

様に寵愛

(今さらふつうに好きだなんて言えない)