静かな羽音に、はのろのろと瞼を押し上げた。
小さくあくびをして、目を擦りながら起きあがる。インクで塗りつぶされたような闇夜がそこにはあって、目が慣れぬうちはなにも見ることができない。はきょろきょろと辺りへ視線をやった。
はっとして、慌てて灯りをともそうとランタンへと伸ばした手が大きな手に掴まれる。
「鷹王さま?」
ティバーンは夜目が利かない。だからこそ、灯りをともさなければならないと思い至ったのだ。
にさえ見えないこの暗闇では、ティバーンがなにも見えていないことは明白だ。しかし、彼の手はしっかりとの手を捉えた。
顔など見えやしないが、は表情を窺うように、ティバーンを振りかぶった。「必要ない」耳に馴染む落ち着いた声がおちる。なぜ、と問うことはしなかった。
掴まれた手を包むように重ねられる。途端、は恥ずかしさと緊張感に襲われる。
何度か瞬きをするうちに目が慣れ、ぼんやりとティバーンの姿を捉えることができる。見えていないとはわかっていながらも、は赤くなった頬を隠すように顔をうつむかせた。
「鷹王さま、どうなさったのですか?」
は少しだけ上ずった声で、早口になりながら問いかけた。
早まる心臓の音が聞こえてしまわないか心配で、なにか話さなければと口を動かしたに過ぎない。
ふ、とティバーンが息を吐くように笑う気配がして、はうつむいたままじっと暗闇を見つめる。恥ずかしくて顔が上げられない。「あ……」顎にかかった指先に思わず声が漏れるが、その言葉さえ呑み込むように口づけが落ちる。
深い口づけに呼吸がままならず、は息を乱してティバーンの腕に縋りついた。
「……は、……」
「恋人を訪ねるのに理由が必要か?」
離れた唇はの首筋に吸い付いた。ぞわりと背筋が疼いて、はそれから逃れるように身を竦めた。ちゅ、と軽く肌をついばむ唇が、ふいに鋭い歯をむき出しにして、吸血鬼の真似ごとのように噛みついた。
「んっ、た、かおうさま」
「二人きりのときはティバーンと呼ぶように言ったはずだがな」
「……ティバーンさま」
その名を口にするのは憚られるし、恥ずかしいし、緊張する。躊躇いを含んで、たどたどしく名を呼べば、ティバーンが苦笑するのがわかった。大きな手のひらが身体を這って、が身に着ける寝間着を剥いでしまう。
見えてはいないのだろう。
そうとは知っていても、は恥じらいに目を伏せる。
「ま、って下さい」
「嫌か」
「いや……では、ありません。でも、」
「他に問題があるのか」
詰問されているような気分になって、は眉尻を下げる。
元より、答えなど求めてはいないのだろう。ティバーンの手は止まることをしないまま、の身ぐるみをすべて剥がしたのち、寝台に押し倒した。
「ティバーンさま……」
ふわ、と落ちた羽根が頬を掠めた。
「見えないっていうのも、なかなか興奮するもんだな」
茶化して言うティバーンだが、眼前に迫るその顔は少しも笑っていなかった。獲物を前にしたような鋭い瞳を向けられて、は恐怖するのではなく、胸の昂ぶりを覚える。
待って、と再び制止をかけようと開いた口は、ティバーンの唇に覆われて声にならなかった。
は特別小柄な体格ではないのだが、ティバーンを前にするとひどく小さくなってしまったような錯覚を覚える。筋骨隆々と呼ぶに相応しい身体つきは、いつも見惚れてしまう肉体美である。はその分厚い胸板にある傷跡へ指を這わせた。
「煽るなよ。手加減できそうにねぇんだ」
大きくて武骨な、少しかさついたティバーンの手が、その豪胆な見た目に反して慎重な手つきでに触れる。
やわらかさを確かめるように乳房を揉みしだいて、指先が尖りを捏ねるように抓む。漏れ出る嬌声は口づけに飲み込まれて、ほとんど声にならない。
いつもよりもずっと性急に、ティバーンの手が下腹部へと伸びていく。一糸まとわぬには隠すすべもなく、脚の付け根にティバーンの指が触れて、びくりと身体を揺らす。
「っや……!」
ぬるりと指先がの入り口をなぞった。
濡れてるな、とティバーンが独り言のように呟きを落とす。は縋るようにティバーンを見たが、視線が絡むことはなかった。何度か擦るようになぞった指は、十分に愛液を纏わせて膣内へと侵入した。くちゅ、と小さく湿った音が鳴る。
ティバーンの指は太くて長い。自分とは比にならないその質量に、はぎゅっと目を閉じる。
「トロトロに溶けてやがるってのに、相変わらず狭いな」
「いや、ティバーンさま……」
が恥ずかしがるとわかっていて、あえてティバーンは口にするのだ。ふ、とティバーンが笑って、の目尻に口付けを落とす。
くるりと円を描くように指が動いて、膣内を解していく。そうする間にも親指の腹が陰核をやさしく押しつぶし、びりびりと痺れるような感覚がを襲う。思わず悲鳴じみた声が出るが、ティバーンの唇が素早く声を呑み込んだ。
舌先を口腔内にねじ込まれる。舌を絡め取られ、きつく吸いつかれ、歯列をなぞり上げられる。
口の中を好き勝手に動いた舌先が、口角からあふれた唾液を舐めあげた。
「ウルキに聞こえちまうだろ?」
咎めるような言葉のくせに、どうでもよさそうな物言いだった。
膣内から指が引き抜かれたかと思えば息を吐く暇もなく、ティバーンの男根が押し開くようにして、のなかへと挿入された。
「あッ……てぃ、ば……んんっ……!」
「っは……熱いな」
ティバーンが喘ぐように、小さく漏らす。
体格に見合った大きなそれは、中ほどまで埋まったところで一度動きを止める。
「大きく深呼吸しろ。大丈夫だ、……そう、上手だ」
宥めるような優しい声で囁いて、ティバーンの大きな手のひらがの頭を撫でる。の身体の強張りが解れたタイミングを見計らい、ぐぐっと男根が沈められる。痛みはなくともその大きさに怯んで、思わず及び腰になるを、ティバーンの手が腰を掴んでしっかりと固定する。
容易く最奥まで届いてしまって、は喉を反らした。
「ひ、う、っア……!」
「」
「あっ、や、ティバーンさまっ……」
が息を整える間もなく、ティバーンが律動を始める。
ぐり、と抉るように最奥を突かれるたび、悲鳴交じりの嬌声が口から漏れるがティバーンの唇はもはや塞ぐことをしなかった。強すぎる快楽から逃げようと捩るの身を押さえつけ、何度も腰を打ちつける。
「だめっ、ティバーンさま、やっ、あんッ、はっ」
何度も身体を重ねた今では、ティバーンに弱いところなど知られているし、ベオクの脆弱さも理解して加減もわかっている。だからこそ、いつもはもっと丁寧に愛撫をして膣内を解すし、挿入にも時間をかけてくれる。
手加減できそうにない、という言葉通りに、ティバーンの責めは容赦がなかった。
「っっア……!」
ひと際甲高い声が漏れる。びくびくと跳ねる身体と同調するように、膣内もひくひくと痙攣する。
ティバーンが息を堪えて動きを止めたのは、わずか数拍だけだった。
「やあッ、いま、イっ……っく、あ、う!」
「悪ぃ」
短い呟きを落として、けれどもティバーンが律動をやめることはなかった。ぐちゅぐちゅと結合部から卑猥な音が聞こえて、耳を塞ぎたくなる。しかし、の手はティバーンに縋りつくことしかできず、いやいやとかぶりを振って涙を散らす。
ぐり、とのいいところを硬くて熱い男根が抉って、はあられもない嬌声を上げる。
「っふ、ア、……てぃば、あ、さまッ、ああっ……」
互いの汗や唾液が混ざり合い、触れ合う身体が溶けて一つになっていくような感覚がする。蠢く膣内で、むくりと更に怒張したティバーンの男根が子宮口を打ちつけて、吐精する。
深い闇の中で、ティバーンの瞳が獰猛にぎらついたような気がした。
カーテンの隙間から朝日が漏れている。
は寝ぼけ眼で、すぐ傍にあるティバーンの顔を見つめた。十字を描くように大きく走る傷跡に触れる寸前、ぱちりとティバーンの目が開いた。びく、と震えた手首を捉われ、あっと思う間もなくティバーンに組み敷かれる。
「煽るなって、言ったはずだがなぁ……」
くく、とティバーンが喉の奥で低く笑った。
薄明るい部屋の中では、ティバーンの鋭い眼光がよくわかった。する、とティバーンの指先がの素肌を滑る。
「昨夜と違ってよく見える。……身体はつらいか?」
首元に薄らと残る噛み痕を撫ぜ、至る所に散る鬱血痕に指を這わせる。労わるような手つきなのに、何故だかひどく官能的に感じて、はぴくりと小さく身体を震わせた。
「てぃ、ティバーンさま、」
「……優しくできなくて悪かった」
「いいえ、ティバーンさまは、いつもやさしいです」
「……」
ティバーンが眩しげに目を細める。は躊躇うことなく、その顔の傷跡に今度こそ指で触れた。
「それに、わたしを求めてくれることが、とてもうれしい」
いずれは、ティバーンは彼に相応しい妻を娶り、純血の子孫を残すのだろう。ベオクとラグズでは同じ時を同じ早さで過ごすことはできない。
──それでも、そのときがくるまでは、この腕の中は自分のものだ。
「すきです、ティバーンさま」
ふ、とティバーンの唇が弧を描く。
根詰めて仕事した甲斐があった、と忙しい鷹の王は、日がな一日とゆっくり休暇を過ごしたのだった。