「ミカヤ! わたし、はやく大人になりたい」
どうすればいい?
と真剣な表情で尋ねる少女を前に、ミカヤは返答に困ってしまった。大きな瞳はミカヤの答えを待っている。
「はどうして大人になりたいの?」
「……あのね、」
内緒だよ、と少女は前置きをした。そっと辺りを覗うような仕草を見せてから、すこしだけ頬を赤らめる姿の愛らしいこと。ミカヤはとても幸せな気持ちで頷いた。
小さな手で唇を囲い、ミカヤの耳へ近づける。
「ノイスのお嫁さんになりたいの!」
少女の可愛らしい夢に、ミカヤは思わず笑みをこぼした。内緒だからね、と少女は真剣な表情で念を押した。
ちょこん、と膝に乗った少女はうとうとと小船を漕ぎながら、けれど決して寝床に入ろうとはしない。子ども特有のやわらかな髪を撫でて、サザは小さくため息をついた。
「よい子は寝る時間だぞ」
「悪い子でもいいもん」
「……ノイスに嫌われるぞ」
「っ!」
大きな瞳は責めるようにサザを見つめ、じわりと涙をにじませた。
「サザの意地悪! ばか、きらい!」
ぽかぽかと叩く小さな手を捕らえて、サザは苦笑した。「ごめんごめん」慌てて謝るが、少女はふいとそっぽを向いてしまった。
じわじわと浮かんだ涙が、白い頬をなめらかに滑り落ちた。
「な、泣くなよ、」
けれど、その目が映すのはサザではなかった。
「ノイス」
おかえりとサザが口を開くより早く、少女が膝を飛び降りて小さな身体でノイスに抱きついた。子どもらしく、しゃくり上げながら泣いている。
「いいこになるから、きらいにならないで……!」
ぼろぼろと涙をこぼす少女をあやすノイスの瞳は、愛しさに溢れていた。ノイスがを嫌いになるわけがない、とサザはその様子を見ながら思った。
多分、これから先もずっと。
小さな手が、ぺちんと勢いよくエディの甲を叩いた。大きな瞳がじっとエディを見つめ、両の頬をリスのように膨らませた。
「つまみぐい、だめ!」
「う、」
「レオナ……むぐっ」
「わー! レオナルドには言うなよ、おれが悪かったって!」
少女の小さな口を塞ぎ、エディはあわあわと辺りを覗った。レオナルドの姿はなく、ほっと息を吐いて少女を解放する。
じゃあミカヤに言うもん、とそっぽを向く少女が可愛くも憎らしい。
「、頼むよ!」
ちら、とエディの困り果てた顔を見た少女は、小さく笑った。
「冗談だよ。わたしとエディの秘密にしてあげる」
小さな指先でおかずをひとつ掴み、エディの口へ放った。美味しいかと可愛らしく小首を傾げて尋ねる少女に、エディは首が千切れるほど頷いてみせた。
顔を青ざめる少女を見て、ああなんてこの場所に似つかわしくないのだろうとレオナルドは思った。彼女のような子は、もっと安全で暖かな場所にいるべきだ。
「レオナルド、怪我……っ」
ぱたぱたと小さな足で駆けて、両腕に救急箱を抱えてきた。
箱からてきぱきと必要なものを出し、少女はとても心配そうな顔でレオナルドを見た。震える指先が、傷口に丁寧に手当てを施す様はひどくアンバランスだ。
意外にも、少女は手際よく手当てを終えた。
「ありがとう、」
少女はぶんぶんと首を横に振った。
「わたし、なにもできない」
「え……」
「いつも守ってくれてありがとう」
やわらかく笑う少女がいてくれてよかったと思ったのも、また事実なのだけれど。