(ヒーローズ)
(「Egoistic Desire」ヒロイン)













 色とりどりのフルーツが、手際よく切り分けられていく。ルカは薄いパンに、彼女が泡立てた生クリームをはみ出さぬように塗って、一枚塗り終えると手を止めた。

「量はこのくらいで構いませんか?」
「そうですね。フルーツを乗せて、その上にまた生クリームを重ねるので、十分だと思います」

 ルカの手元を覗き込んでから、が顔を上げて頷く。思いがけず、視線が絡んだ距離は近かったが、それを気にする様子もなくが微笑んだ。
 時折感じるが、彼女には女性という自覚があまりない。
 そんじょそこらの男になら負けない、というのは理解できる。だが、ふとした時の距離感や触れ合いを意にも介さぬ態度は、普段から周囲に男ばかりいるせいなのか無頓着が過ぎる。好意を向けられている、などとは露にも思わないのだろう。

「手先が器用なんですね」
「そうでしょうか」
「はい。とても丁寧ですし、几帳面ですね」

 ルカは料理らしい料理をしたことがない。丁度キッチンに居合わせたが手伝いを申し出てくれなければ、普段の行軍と変わり映えしない弁当ができあがっていたことだろう。更に有難いことに、手持ち無沙汰なルカを見かねて、がパンにクリームを塗るように指示をくれて今に至る。
 四角い白いパンには、隅まで均等にクリームが塗られ、しかしはみ出すことはしていない。

「ありがとうございます。では、残りのパンにも塗りますね」
「はい、お願いします」

 が再び包丁を手に取る。
 フルーツを切る真剣な横顔を少しの間見つめて、ルカは作業を再開した。

 用意された薄切りパンのすべてにクリームを塗り終え、顔を上げる。水分を丁寧に取ったフルーツをがクリームの上に、程よいバランスで並べ始めていた。が手を止めて、ルカを見上げる。

「あ、塗り終わったんですね。ルカさんもフルーツをお願いできますか?」
「わかりました」

 の手元を見て要領を得ると、ルカも同じようにフルーツを乗せていく。酸味の強い苺やキウイを並べ、隙間を埋めるようにシロップ漬けの桃と蜜柑を置く。
 定められた位置に正しく置く、という作業のようで、少しだけ楽しいような心地がした。
 ふふ、と小さな笑い声が聞こえて、ルカは視線を上げる。

「あ、ごめんなさい。やっぱり、几帳面なんだなぁと思って」
さんこそ」
「いえ、わたしは慣れているだけですから」

 がはにかんで、控えめに微笑んだ。
 彼女はいつも、使用人という立場を弁えた一歩後ろに下がるような、謙遜する態度を取る。ルカは慎ましやかとも言えるその態度を、好ましく思っている。ただ、世界の異なるここに置いて、身分など露ほど関係はないし、ルカとは同じ英雄でありそこに優劣などありはしない。

 もっとも、元の世界から召喚された主従の関係は、そのままである。

「それより、あちらはよかったのですか?」

 ピクニックに向けて、弁当の準備をしているのはルカだけではない。
 定期的に何かが割れる音や悲鳴が上がる一方で、料理に不慣れな男三人組が奮闘している姿もある。ちら、とルカはそちらへ視線をやったが、の方は手元を見たまま苦笑を漏らした。

「わたしがいると、仕事を取られるようで嫌だとおっしゃるんです」

 なるほど、とルカはひとつ頷く。

「前日から、レオン様手ずから仕込みまでしていらしたから、わたしが邪魔立てするわけにはいきません」

 どうやら彼女の主人は、ピクニックに対して並々ならぬ思い入れがあるらしい。
 王族らしく、近寄りがたい雰囲気を持つレオンだが、意外と年相応の面もあるのだなと思うと存外可愛いものだ。ふ、とルカは笑みをこぼす。

「わたしたちが居たところは、年中暗くて寒い土地でしたから、こんなふうにピクニックを楽しむことも難しいんです」
「そうですか。ならば、さんも楽しみなのでは?」

 はたと手を止めて、が顔を上げた。少しだけその頬が赤みを帯びている。

「た、楽しそうに見えますか?」
「え?」
「へ、変なことを聞いてすみません。わたし、あの、はしゃいで見えましたか……?」

 からは特に浮き足立つようには感じなかったのだが、内心では相当楽しみだったのだろう。そうと気づいて、ルカは小さく笑う。

「……ええ、そうですね。子どものように瞳が輝いています」
「えっ!」

 が目を丸くして、殊更顔を赤らめる。

「ふふ、冗談ですよ」

 ルカは笑いながら、作業を再開する。
 少し遅れて手を動かし始めたの顔はまだ赤く、その指先から転がるように苺が落ちる。動揺しているのが丸わかりだったが「落ちましたよ」と、ルカは何食わぬ顔で指摘した。
 が慌ててそれを拾い上げ、窺うように上目遣いでルカを見上げる。

「……たまに、意地悪ですよね」
「おや、そうでしょうか」

 ルカは笑みを浮かべたまま、首を傾げてみせる。が不安そうに視線を揺らした。

「あの、もしかしてわたし、ルカさんに嫌われていますか?」

 ぽとり、と今度はルカの手からキウイが落ちる。思いもよらぬ言葉に衝撃を受けた。
 の視線がそれを追いかけるのがわかった。そうして、再びルカの顔へと視線が戻る。

さんは、鈍感ですね」

 落としたキウイを拾いながら、ルカはため息交じりにつぶやく。が「す、すみません」と、身を小さくさせるが言葉をかける気にはなれなかった。



 気まずいまま出来上がったフルーツサンドを、ルカは黙々とバスケットに詰めていく。傍らでは、がケーキクーラーに並んでいるクッキーを包装している。

さん」
「あ、は、はい」

 顔を上げたの表情は、どこか不安げだ。

「手伝ってくださって、ありがとうございました」
「いえ、わたしの方こそ、あの……お力添えできてよかったです」
「明日は晴れるといいですね」

 ルカは穏やかな笑みをに向けた。そして、少しばかり距離を詰める。
 が不思議そうに瞳を瞬いて、近づいた距離の分だけルカの顔を見上げるように首の角度を傾ける。一歩引いたり、背をのけ反ることすらない。

 ──警戒心の欠片もない。
 意地悪の一つもしたくなると言うものだ。ルカは身を屈めて、の耳に口元を寄せる。

「私も、あなたと行くピクニックが楽しみです」

 耳穴に吹き込むようにして囁けば、が飛び退くように距離をとった。戦い慣れした動きには関心を覚えるほどだ。手で耳を押さえ、驚くその顔は先ほどよりもずっと赤い。
 ルカは満足して、くすりと笑う。

「や、やっぱり、意地悪です……よね?」
「さあ、どうでしょう」

 なおも笑いながら答えれば、が少しだけ怒ったような、拗ねたような顔をした。可愛らしいその表情に、ルカは笑みを堪えることができなかった。







 よく晴れた行楽日和だった。
 の姿を探せば、大きな日傘を持って、甲斐甲斐しく主人を日差しから守っていた。眩しいほどの日差しにが感動しているようだったので、ルカは忍び笑いを漏らした。

 行軍で歩くことには慣れているが、こうして景色をゆっくり見ながらというのは、ルカにはひどく新鮮だった。いつもと違う装いをして、持つのは武器や傷薬などではなく、バスケットに詰めた弁当だ。周りの和気藹々とした雰囲気も相まってか、ルカは己が浮き足立つのを感じる。
 足取りが軽く、目的地に着くのはあっという間だった気がした。


「ルカさんも、よかったらどうぞ」

 主人と違い、いつもと同じメイド服を身に纏うが、冷たいお茶を差し出してくれる。「ありがとうございます」と、ルカは微笑んでそれを受け取った。カップを取る際に指先が触れ合っても、が何か反応することはなかった。

、取り分けてあげるよ」
「えっ、あ、レオン様……」

 レオンが慎重な手つきで、野菜がたっぷり挟まれたサラダサンドを取り分ける。がハラハラしてその様子を見守っているので、ルカはくすりと笑う。

「では、こちらも取り分けて差し上げますね」
「え? あっ、すみません、ルカさんまで」

 実際、作ったのはほとんどなのだが、ルカはバスケットからフルーツサンドを取り出した。レオンと、臣下二人の分もついでに取り分ける。

さんも一緒に作ってくださったものですが」

 そう断りを入れて、皿を差し出す。
 ちらりとルカを一瞥したレオンが、手にしたサラダサンドをそのままの口元へ向けた。「はい、あーんして」と、こともなげにレオンが言ってのけるが、の口はすぐには開かれなかった。
 気心の知れたレオンの臣下はともかくとして、ルカの目を気にしているようだった。

「仲がよろしいんですね」

 ルカはそう微笑んで、わざとらしく視線を外してやる。そうしてようやく、が口を開けたらしかった。

「美味しいだろ?」
「勿論です。わたしの手伝いなんて、不要でしたね」

 ルカは視線を戻した。恥ずかしそうに、が困ったふうに笑った。

さん」
「は、はい」
「こちらもどうぞ。あーん」

 フルーツサンドを口元へと運べば、が固まる。
 レオンの冷ややかな視線が突き刺さってくるし、臣下の一人からは殺気に似たものさえ感じる。しかし、ルカは手を引っ込めない。

 が戸惑いながら、小さく口を開いてかぶりつく。唇の端についたクリームを指先で拭いながら「ほら、意地悪なところあるじゃないですか」と、が不満げに言った。

「ふふ、そうかもしれませんね」

 ルカは笑いながら「でも、嫌ってはいませんよ。むしろ、その逆です」と、続ける。の顔が、レオンの持つトマトジュースのように真っ赤に染まる。
 辺りの空気が、一瞬にして殺伐としたものへと変わった。
 
「か、からかっているだけですから! レオン様もゼロも、オーディンまで、物騒なものはしまってください!」

 レオンの魔道書が今にも開かれそうになって、が慌てて立ち上がる。

「……今日のところは、そういうことにしておきましょう」
「る、ルカさんっ!」
「また今度、ゆっくり話をさせてください」

 二人きりで、とルカはにだけ聞こえるように小さく耳元で囁く。飛び退くことはなかったが、が慌てて耳を押さえる。
 ルカは毒気のない穏やかな笑みを浮かべる。

「ピクニックはまだ始まったばかりですよ。楽しみましょう」

 誰のせいだ、と誰も言わずとも表情が物語っていたが、ルカは笑みを崩さなかった。フルーツサンドを食べれば、フルーツの爽やかな甘みが口に広がった。

さん、美味しいですよ」
「……ありがとうございます」

 ふい、と顔が背けられたためにの表情は窺えなかったが、耳が真っ赤に染まっているのがわかった。やはり、ルカは笑みを堪えきれずに、小さく声を立てて笑った。

したのち

(どうかその先の季節もまだ共に)