アイクには悪いが、改めてどこが好きなのかと問われると、返答に窮してしまう。つい先日、ライにからかわれて気づいたことである。だからと言って、好きではないというわけでは決してないので、誤解しないでもらいたい。
よくよく考えてみれば、あまり好きではない部分のほうが多いかもしれなかった──無愛想だし、口下手だし、猪突猛進の考えなしだし、おまけに表情があまり変わらないので何を思っているのかわからない。
けれど、それらをひっくるめてすべてが愛おしいのだ。
恋や愛に理由なんていらない、と苦し紛れにライには答えたものの、それはわたしの本心かもしれない。
しかし、そもそもアイクとわたしは、世間一般に言われる恋人というものなのだろうか。ふとした疑問が湧いてきて、わたしは首を傾げる。
何度思い返してみても、アイクの口から好きだとかいう台詞を聞いたことはないし、交際を申し込まれた覚えもない。もしや、恋人と思っているのは自分だけ、なんてことはないだろうか。恋愛に興味の欠片すらないようなアイクのことだから、あり得ない可能性ではなかった。ぞっと背筋が冷える。
わたしたちはグレイル傭兵団として一緒にいるうちに、自然と傍にいることが増えて、気がつけば今のような関係になっていた。
「うーん……」
わたしとて、恋愛経験が豊富なわけではない。
相手がアイクではなくどこかの村人とかならば、ティアマトやミストにだって相談できたけれど、家族のように親しい間柄だと逆に何だか気恥ずかしくなってしまう。
だからこそ、わたしは直接対決をすることに決めたのだった。
「ねぇアイク、わたしのこと好き?」
あまりに唐突だったせいか、面食らったアイクが言葉をなくして固まる。そして、表情をほとんど変えないまま「どうしたんだ、急に」と、アイクがこれまた平坦な声音で言った。
もう少し動揺したり、狼狽えてもいいのでは、とわたしは眉をひそめる。
「わたしはすごく好きよ、愛してる」
アイクからその言葉を聞いたことはないが、わたしは思ったことをすぐ口にする性質なので、二人きりのときやそういう雰囲気のときには飽きるほど想いを伝えている。
ただ、今回ばかりは甘い空気も何もない。
「?」
怪訝そうな顔をするアイクに近寄って、じっと青い瞳を見つめる。
わたしは、アイクも同じ気持ちなのだと思っている。けれども、わたしがこれだけ言葉にして伝えているのだから、少しくらい返してくれてもいいのではないだろうか。もちろん、愛しているだのなんだのと歯の浮くような台詞を囁いてほしいわけではない。もはやそれは彼とは呼べない気がする。
ふ、とアイクは表情を崩した。少しだけ、口元がゆるむ。
──あ、その顔、好きだ。
とくん、と心臓が跳ねた瞬間、掠めるように唇が触れて離れる。わたしは顔を赤らめて、指先で唇を押さえる。そうだ、アイクはわたしの言葉に対して、行動で答える人だった。
「言葉がないと不安か?」
今度は逆に、アイクのほうがじっとわたしの瞳を覗き込んでくる。
不安、というよりもこれは、不満と言ったほうが近いかもしれなかった。いやでも、恋人関係なのかという疑問は、確かに存在している。
「そ、そういうわけじゃ、」
わたしは視線を彷徨わせる。
アイクの大きな手がゆるりとうなじを撫でて、ただそれだけのことなのに、ぞくりとした甘い痺れが背を走った。「ん、」とこぼれ出た声を恥じて、慌てて唇を結ぶ。
もしかして、直接対決なんて、無謀だったのではないか。わたしは自分の軽率な行動を後悔した。セネリオの頭の良さを少しばかり分けてもらいたいものである。
俯き始めたわたしの顔は、アイクの指によって持ち上げられる。わたしはそろりと視線を合わせた。
「」
アイクの真摯な眼差しに射抜かれて、わたしの心臓は壊れそうなくらいにうるさい。これだけ近づいていたら、きっとアイクにだって伝わっているだろう。それに、顔から火が出そうなほど、頬が紅潮しているのが自分でもわかる。
それでも「なに?」と、わたしは努めて平静を装って返事をする。
「……一度しか言わん、よく聞け」
「え?」
アイクの腕がわたしを抱き寄せた。ぎゅう、ときつく抱きしめられて、一瞬息が詰まる。
「──すきだ、」
耳元に落ちたその言葉のせいで、きゅうっと胸が苦しくなって呼吸を忘れるような感覚を覚えた。
アイクの腕がゆるんで、顔を覗き込まれる。は、と息を吸い込んでも、胸がいっぱい過ぎるせいかまだ苦しい気がした。
「これで満足か?」
あまりの驚きと嬉しさに、わたしは「うん」としか答えることができなかった。ふわふわした心地で、わたしはアイクの胸元に顔を埋める。トクトクと聞こえるアイクの心臓の音が、いつもよりも少し早いことに気がつく。
もしかして、照れているのだろうか。
そう思って顔を上げた瞬間、唇を奪われて、アイクの表情を見ることは叶わなかった。
「アイク、好き……」
唇が離れた間際、わたしはごく自然にそう口にしていた。
ふ、とアイクが笑う気配がする。
「知ってる」
わたしだって、アイクの気持ちは知っている。ちら、とアイクの顔を窺えば、そこには欲にまみれた獰猛そうな瞳があった。わたしは目を閉じると首に手を回して、噛みつくような口づけを受け入れる。
それにしても、一度しか聞けないなんてもったいない!