すべてを理解するなんて、他人なのだから、到底できやしないのだ。静かな呼吸はすこしも乱れていないのが、傍で聞いているにはよくわかった。薄暗い中で存在を確かめるように、手のひらで輪郭に触れる。「どうした」と、平素と変わらない声が、の鼓膜を震わせた。
 じっと見つめてくる視線から逃れ、は顔をうつむかせた。ひとは彼のことを、無鉄砲とか朴念仁とかいうけれど、ほんとうのところはどうなのだろう。ぐっ、と手首を掴まれて、は視線をそろりともたげた。

 アイクの青い瞳はひたとを見つめている。ぴくり、とアイクの頬に添えた手の指先に、不自然に力がこもった。

?」

 確かめるような声とともに、アイクが顔を覗き込んでくる。
 グレイル傭兵団として、共に過ごした日々はそう長くはない。けれど、決して短いわけではなかった。はそうっと、目を閉じて顔を寄せた。アイクが素早く反応して、からというよりもむしろ彼のほうから唇が重なった。自然な仕草でうなじに手が差し込まれる。

 こういう関係になったのは、いつだったか、よく覚えていない。
 ただ、は早くからアイクに惹かれていたし、望んでこうなったことには違いなかった。

「っは……」

 短い吐息が唇に触れ合う。すこしばかり顔の間に距離ができて、はそっと目を開く。けれど、すぐにまた口づけられて、視線が交わることはなかった。
 グレイル団長が亡くなって、ミストの泣き顔はこれでもかというほど見たけれど、アイクの涙を目にすることはなかった。矢継ぎ早に新たな団長になって、悲しみに暮れる暇さえなかったのかもしれない。せめて、自分の前でくらい泣き言のひとつやふたつ、聞きたかった。

「考えごとか?」

 アイクがやさしくを導いて、ベッドへ押し倒した。
 アイクの手が、その武骨さに反してそうっと、の素肌に触れる。服を捲りあげられて、腹部が露わになる。つ、と臍の窪みを指先が撫でた。

「そういうんじゃ……あ、っ」

 鎖骨に触れた唇が、たしかな熱をもって舌を這わせる。はぶるりと身体を震わせた。思った以上に大きな声が漏れ出て、は口元を手の甲で覆った。「かわいいな」アイクが思ったと同時に言葉に出すものだから、はいつも恥ずかしさで居たたまれなくなる。
 鎖骨のでっぱりに噛むと言うにはあまりにもやさしく、軽く歯が立てられる。何度も身体を重ねたせいで、自分の弱いところなどもうとうに知り尽くされている。

 腹回りの撫でていた手のひらは上へとのぼってきて、やわらかい膨らみを捉えた。「無防備だな」と、肌を這ったままの唇がつぶやく。下着で守られていない胸元を指した言葉だろうことは容易にわかるが、そのために来たのだから、薄手の寝間着ひとつで問題ない。

「……ふ、……っ」

 アイクの大きな手のひらの中で、やわい脂肪がかたちを変える。親指と人差し指が、固く尖った乳首を摘み上げ、こらえきれない声が押さえた手の下から漏れる。
 ふ、とアイクの唇から漏れた吐息は、笑いだった。

「声を抑える必要もないだろう」

 どうせ団員にはこの関係は知られているのだから、とアイクの言外に含まれる意味を、は理解していながらも頷くことはしなかった。関係を知られるのと、行為を知られるのでは大きく違うのだが、アイクにとってはどちらも同じようなものらしい。
 冷やかしやからかいに慌てたり、恥じたりすることのないその鋼のような精神は見習いたいような、見習いたくないような、微妙なところである。

「っや……」

 ちゅう、と唇が首筋に吸いつく。かすかな痛みを伴ったそれに、は身をよじった。「見えるところ、やめ、て」細切れの、吐息交じりの言葉は、アイクには意味のないものだった。続けざまに唇がちいさな音を立てて、触れる。そうして、赤くなっただろうそこを、アイクの人差し指が撫ぜた。
 アイクの表情はあまり変わらないが、どこか満足気である。

「アイク」
「ん? どうした」

 いつもと変わらない声音だ。はアイクの首へ腕を回し、顔を引き寄せる。ごく自然に唇が重なって、薄く開いた口に舌先がねじ込まれる。アイクとのキスは、いつも身体の芯がしびれるような感覚を覚える。
 アイクが迷いなく、下着の上から秘部の中心に触れた。
 すでにそこは湿り気を帯びている。

「いやらしいな、
「っ……」
「そうやって、照れるところも、すきだ」
「あ、アイク」

 あまりにストレートな言葉の数々に、は慌ててアイクの唇を手のひらで押さえつける。「なんだ?」くぐもった声はやはり平素と変わりない。

「……なにか言いたそうだな」

 の手首を捕らえて、シーツに縫い付ける。自由になったアイクの唇が言葉を紡ぐ。は一瞬だけ、視線を彷徨わせたが、すぐにアイクの青い瞳を見つめた。

「あのね」
「……」
「泣きたいときは、わたしの胸を貸してあげる」

 アイクの言葉とは違って、ずいぶんと婉曲な言い方だった。しかし、それでも十分にの気持ちは伝わったのだろう。アイクがすこしだけ目を細めて、表情をやわらげた。

「ああ。……そのときは、頼む」

 それが言いたくて来たのか、とアイクがどこか納得したようにつぶやいた。



 こうして繋がっているとき、はアイクとひとつに溶け合っていくような感覚に陥るが、その実やはり他人でしかないのだ。がどんなにあられもない姿を見せたとしても、アイクがすこし息を荒げる程度でしかないように。

「あっ、んん、は……っああ、っ」

 には口を押さえる余裕もなく、意味のない嬌声が漏れるばかりである。ぽた、とアイクから汗が滴り、の肌ではじける。
 髪が張りつくの首に、アイクの唇が噛みつく。痛みよりも快感がつよい。

「ひ、ああ!」

 悲鳴じみた声が上がって、部屋に響く。肌に触れたままの唇が笑みのかたちをつくるように動いて、その感触にすら、は悶えるように身をよじる。「ほら」と、やはり唇は触れたまま動く。

「っん、あァ……っひ、あ…な、に……」
「声を抑える必要はないだろう」
「あ、っひ、ちが……ああっ! や、っは、あん!」

 意地の悪い瞳に覗き込まれ、は顔を逸らす。反射的に唇を手の平で覆うが、気休めにもならず、甲高い声がひっきりなしに口をついて出る。
 ぐっと腰を掴まれ、がつんと奥まで突かれては、どうしようもない。
 痛みと苦しさを上回って快感に脳みそがしびれるような感覚を覚える。無意識に背が反って、腰が浮き上がる。

「アイ、っく……」

 アイクのすべてがほしい。痛みも悲しみもなにもかもがほしい。

 は必死にアイクの首へ腕を回してしがみつく。それに応えるように、アイクが身体をぴたりとくっつけて、唇を重ねる。「っは、ふ、んん」息苦しさを感じるほど夢中になってキスをする。こうなってしまうとはいつも、鼻で呼吸することを忘れてしまう。
 唇が離れても、すこしもゆるまない律動に、呼吸がままならない。アイクの熱っぽい、わずかばかりに常より荒い吐息が、唇に触れる。

「……あ、んんぅう……!」

 はぎゅっときつく目を瞑る。それと同時に、のなかもまたきつく狭まる。「っ…」動きを止めたアイクが堪えるように、結んだ唇の隙間から、息を漏らす。

「あ、っは……ふ、は、……あ……っう、ん!!」

 いまだひくひくと収縮する膣内を擦るようにして、アイクの雄が深くまで入ってくる。達した余韻に浸る間も、息を整える間も、与えてはくれないようだ。どろどろに蕩けきったそこは、凶暴ともいえるような抽送であっても、喜ぶように震えてアイクを締めつける。
 あまりに強烈な快感に、は目の前が弾けるような感覚を覚える。

 だめ、いや、お願いもっとゆっくり、
 伝えたい言葉はあるはずなのに、の涎を垂らしたはしたない唇は、もはや甘く蕩けた嬌声しか紡がない。呼吸すらうまくしてくれない。

 ふいに腰を掴むアイクの手に力が籠り、すべてを飲み込んでいるはずののなかの、さらに奥へ奥へというようにして子宮口を押し上げてくる。「あ、ああ、あっ、ア、ぁあ」がくがくと揺さぶられるその動きと連動して、ただ甲高い声が漏れる。
 ごり、との脳内ではそんな音が聞こえた気がするほど、最奥までアイク自身が突き入れられる。ぶるりとアイクの身が震えて、のなかに精を吐き出す。

「ン、くぅ、ふう……!」

 再び達してびくびくと跳ねるの身体を、アイクがきつく抱きしめる。短い吐息が耳に吹き込まれ、ぞくりとした甘いしびれがの背筋を駆け抜けていく。
 いつの間にかこぼれ落ちていた涙を、アイクの武骨な手がやさしい仕草で拭った。
 自分が泣いてどうする、とは冷静さを失った状態では、とてもじゃないが考えられなかった。

「愛している」

 ストレートな囁きに、の膣壁がひくりと蠢く。笑うような、苦笑するような気配を、耳元で感じた。
 アイク、とはかろうじて唇を動かして、アイクの頭を腕に抱く。泣いてもいいからね、と言ったつもりだったが、まどろみに沈んでいく意識の中では言葉になったのかはわからなかった。


「やわらかいな」

 ぽつりとつぶやきを落として、アイクが胸に顔を埋めたことも、は知らない。

泣かないことは強さじゃない

(それを知っているから、この腕はやさしくて愛しい)