がさっ、と揺れた物陰の音に、びくりと肩が跳ね上がった。
 身を固くして息を潜めていたかったが、確実に近づいてくる足音と気配に、ぎゅっと剣を握り直す。いつの間にか級友たちとはずいぶん離れてしまい、その心細さに涙が出そうだった。
 先生の教えを胸に、は勇気を振り絞る。先手を打つ──気配を押し殺して機を窺い、は素早く草陰から躍り出る。しかし、相手のほうが上手だったようで、剣を振りかぶる間もなく足払いされて地に組み伏せられた。流れるような動作だった。

 ぐっと胸が詰まる圧迫感はすぐに消えた。を拘束していた手が、今度はやさしく身を起こしてくれる。
 仲間だ、と安堵に一気に涙腺がゆるんだ。相手を確認するより早く、ぎゅっと抱きしめられて顔を確認することができなかった。

「無事でよかった」

 掠れた声が耳を打つ。当たり前だが、聞き覚えのある声だった。

「……シルヴァ、ン?」
「痛むところはないか? だと思わなくて、ごめんな」

 シルヴァンが心配そうに眉尻を下げ、身体に手を這わして怪我の有無を確認する。普段ならばその手つきをいやらしいだとか、嫌悪感を覚えるところだったが、そこに下心は微塵もない。
 小さな怪我はいくつもあるものの、シルヴァンのせいで痛むところはなかった。は首を横に振る。

「わたしのほうこそ、みんなと逸れちゃって、ごめんなさい……」
、こういう時は笑ってありがとうのほうが俺は嬉しいんだけどなあ」

 シルヴァンが笑いながら、顔を覗き込んでくる。相変わらずの軽口である。
 だが、その瞬間にいつもの日常を思い出して、戦場にいる緊張感が少しだけ和らいだ。ゆるんだ涙腺がさらにゆるんで、ぽろぽろと涙が落ちる。

 「あれ、俺が泣かせちゃった?」と困ったように笑って、シルヴァンがやさしく指先で涙を拭う。

「戻ろう。みんな、を待ってるよ」
「……うん、」

 シルヴァンの大きな手に右手を包み込まれ、は途方もなく安心した。




「シルヴァン、の捜索隊を組もうとしていたところだったんだぞ。まったく、勝手に飛び出すなんて……」

 はあ、とディミトリが大きくため息を吐いた。
 はみんなに平謝りしていたが、その言葉にぽかんとシルヴァンを見上げた。はは、とシルヴァンが悪びれた様子もなく笑い返す。

「え? どうして、そんな……」

 自慢じゃないが、女好きであるシルヴァンに、はこれまで一度だって口説かれたことはない。

「いやあ、居てもたっても居られなくて、身体がつい動いちゃったんだから仕方ないだろ?」
「シルヴァン、反省してるのか?」
「わかってるって」

 シルヴァンは軽くあしらうような素振りである。幼馴染とはいえ、ディミトリに対してあまりにおざなりな態度である。ディミトリもこの場ではそれ以上の小言を言うつもりはないらしい。

 二人のやりとりを見つめていれば、の視線に気づいたシルヴァンが、小首を傾げる。「どうした?」と、に合わせて少しだけ背を屈めてくれる。
 はそっと、シルヴァンの袖を摘まんだ。

「シルヴァン、ありがとう……」

 ふ、と小さく笑ったシルヴァンが「そうそう、それでいいんだって」と、ぱちりとウインクを寄こした。も笑みを返しながら、シルヴァンの手のぬくもりを思い出していた。

跪いたら笑ってごらん

(いつだって、手を差し伸べるから)