知略に長けると言えば聞こえはいいが、実際は権謀術数と囁かれるような家系である。あまり胸を張って誇れるようなことではないとは思っているが、級長であるクロードには気に入られているようだった。飄々としていてふざけた態度を取ることも多いが、彼は頭が良い。周囲をよく見ているし、いつも驚くほど冷静だ。
時おり意見を求めてくるが、そんなものは必要ないのだろうとは常々感じていた。そもそも、幼い頃から参謀としての勉強をさせられていただけで、自身は優れた才能があるわけでもない。
「どうした? 騙すことも欺くことも、お前なら朝飯前だろ?」
何故、クロードがこんなにも不機嫌なのか──残念ながら、にはわからなかった。
たじろぐの手を取って、導くようなやさしさを見せながらも抗うことを許さぬ力で、クロードが引き寄せる。椅子に腰かけたクロードの膝の上へ跨るように視線で促され、はおずおずと従った。
「首に手を回して、ほら……もっと顔を寄せて」
「……」
互いの身体が密着する。は戸惑うばかりだが、クロードが動揺する気配など欠片もない。挑発するような視線がを射貫く。
「耳元で囁くんだ。簡単だろ?」
何を言わんとしているかはわかる。ただ、何故このようなことをさせるのかは、見当がつかない。
「クロード、何故こんなことを?」
は小さな声で、クロードの耳元に囁く。
ふ、クロードが息を吐くように笑った。の腰に手を回し、ぐっと引き寄せる。距離がさらになくなり、は逃れるように少しだけ身をよじった。
「おっと、逃げるのはなしだぜ」
「で、でも、流石に恥ずかしいもの」
ふーん、と呟くクロードの視線は冷ややかだ。の訴えに耳を貸す気はさらさらないらしい。
「ハニートラップなんて、先生はやらせないわ」
「だろうな。だが、俺は違う」
ひどく近い位置で視線が交わる。じっと見つめられて居心地が悪いが、はただ見つめ返すことしかできない。
「使えるものは何でも利用する。この頭も、この顔も、この身体も、だ」
クロードの指先が、頭のてっぺんから顎先を撫で、腰をゆるく抱く。
ぞわりとした感覚に背筋が震え、はきゅっと唇を噛みしめる。その考え方は何ら間違っていないし、さらりと言ってのけることに尊敬すら覚える。けれど、ひどく悲しくなってしまって、知らず涙がにじむ。
「……クロードの役に立てるなら、」
ぽろ、と瞬きと同時に涙が落ちた。クロードがはたと気づいたように、表情をゆるめた。
「、泣くのは卑怯だろ」
「……」
「冗談だって。俺だって、お前にこんなことさせないよ」
「ほんとう?」
クロードの手が、とても優しい仕草で涙を拭う。
「そ、本当に。ただし、俺以外にはね」
クロードが器用に片目をつぶって、おどけたように言った。
そうして、ぎゅうとを抱きしめたクロードが「ディミトリとあんま仲良くするな。妬ける」と、小さな声で告げる。ようやく合点がいって、は安堵して抱きしめ返した。
「わたしが好きなのは、クロードよ」
「……知ってる」
そう答えるクロードがいったいどんな顔をしているのか気になるが、きつく抱きしめられては見ることは叶わなかった。