不意に足を持ち上げる感覚に、は自分が寝ていたのだと気づいた。ぼんやりと紫色が視界に映る。
「ヒュウさん?」
「いいから寝てろよ」
人の足を弄りながら言う言葉ではない。
は眉尻を下げてヒュウを見た。椅子に腰掛けた状態なので、膝をつくヒュウを自然と見下ろすかたちになる。いつも背の高いヒュウを見上げるばかりだったため、新鮮に感じた。
いつのまに靴を脱がされたのか、素足がヒュウの膝の上に置かれる。ちいせえなぁ、とヒュウが呟く。
「あの……」
つま先までじっと見つめられ、はなんだか恥ずかしくなる。やだ、と呟いた声にも耳を貸してくれない。
するりとヒュウの指先が甲を撫でる。は悲鳴を飲み込んで、唇を噛みしめた。まるで愛撫のような感覚を覚えて、背筋がぞくぞくする。
はヒュウに気づかれぬように、そっと息を吐き出した。それはどこか熱を孕んでいるように感じた。
「」
「……う、うん?」
思わず声が上ずる。ヒュウがを見上げるが、その顔に怪訝はなかった。あれ、とは思う。珍しく真面目な顔をしている。
「おれは好きだぜ」と脈絡もなく言うので、は瞳を瞬かせる。なにが好きなのかがわからない。
「えっと」
「おまえの間抜け顔とか」
「え……」
「意外と泣き虫だったり」
「なき……」
「あん時じゃあ、わかんねーことばっか」
「でさぁ、おまえは割と女らしくない!」とヒュウが笑う。可愛い顔してんのによー、続けて呟かれた言葉には赤面してしまう。
ヒュウの手が、壊れ物を扱うように優しくの足に触れて、キラキラした靴を履かせた。「きれい」呟くは、このような女性らしい靴をもっていない。
まるでシンデレラのワンシーンのようで、ドキドキしてしまう。
「どうせ、今日がなんの日かわかってないんだろ」
「今日?」
なにかあっただろうか、と考えているうちにもう一方の足にも靴が履かされる。
差し出された手をとって立ち上がれば、エスコートされたお姫様のような気分である。慣れないヒールが思った以上に苦しかったが、それよりも嬉しくて頬が緩む。
「似合う?」
「あったりまえだろ! おれが選んだんだから」
くるりと回って見せれば、ヒュウが満足そうに笑う。
「」
ヒュウがわざとらしく大仰に、恭しく膝を付いた。
手を優しく引かれて、その指先に口付けられる。ちゅっ、と音を立てて唇が離れるのを、は夢見心地で見つめた。
「生まれてくれてありがとう。生きててくれてありがとう。この日を共に過ごせることにも、感謝を」
「ヒュウさん、」
「、誕生日おめでとう」
じわりと胸が熱くなる。
「……ありがとう、ヒュウさん」
「忘れてただろ?」
「うん、すっかり」
しょーがねえやつ、と額を小突かれるがは小さく笑う。今まで生きてきた中で、一番嬉しくて幸せな誕生日かもしれない。
ヒュウが大きく手を広げたので、は迷うことなくその胸へ飛び込んだ。
「好きだぜ、」
愛しい腕に包まれて、は幸せに笑った。