フレデリク様は、ときどきとてもズレたことをおっしゃる。まじめな性格だから、からかっているわけではないことは理解できるが、その言葉の真意は理解不能だ。
そのたび、私は反応に困るというのに、彼はまた素っ頓狂なことをおっしゃった。
どちらのほうがクロム様を大切に思っているか、だなんて、私には答えはわかりきっているのに。
私は確かにクロム様のお世話係なので、いつもお傍に控えるようにしている。フレデリク様は、近衛騎士でありながら、クロム様の身の回りのことまでしてしまって、私の役目がなくなることもしばしばある。つまるところ、フレデリク様は私などお役目御免で、自分ひとりで事足りると言いたいのだろう。
言葉の端々や行動から、目に見えて明らかだ。
「あの……」
「言っておきますが、私がクロム様を思う気持ちは、誰にも勝ると自負しています」
「それは……ええと、存じております」
フレデリク様のクロム様への思いは、少々常軌を逸するように思う。
なにせ、クロム様やリズ様のご移動を妨げる草や小石を全て取り除いたり、くしゃみひとつで手編みのマフラーをこさえたり、その行動は並大抵の思いではこなせないだろう。
「ですからさん、あなたは安心して、城で主の帰りを待っていて良いのですよ」
クロム様は困ったお方で、王族でありながら自警団を設立して、自ら前線に立つ。それをお守りするのが、本来のフレデリク様のお仕事のはずだ。私の仕事といえば、クロム様のお食事や洗濯なのだが、フレデリク様はそれもやってのける。唯一、私だけの仕事と言えば、時間を作って城に戻り主不在の部屋をきれいに掃除することくらいだ。
大変だから、私だってできれば城にいたい。でもクロム様が私について来いと言いつける。そのせいで、私までクロム様をお守りするために、武器を取っているのだ。
「クロム様のお許しが必要です」
「……それもそうですね」
ふう、とフレデリク様がこれ見よがしにため息をついた。私の存在が、クロム様のわがままだと知っているからだろう。
「フレデリク様は、ずいぶんと意地悪でいらっしゃいますね」
私は目を細め、背の高いフレデリク様を見つめた。「直接、クロム様におっしゃったらいかがですか。お世話係はフレデリク様だけで十分、と」私はそっけなく言い放つ。
フレデリク様が神経質そうに眉をひそめた。
「それから、先ほどの答えですが、私のクロム様への思いはたかが知れているかと。フレデリク様と張り合うつもりは毛頭ございませんので、どうかご勘弁願います」
フレデリク様よりは短いが、クロム様にお仕えして数年が経つ。クロム様の強気で頑固な性格は辟易しているくらいなのだけれど、フレデリク様にはそういった感情はないのだろうか。尊敬や慕情、褒めたたえる言葉ばかりを並べるのだから、不思議だ。クロム様のとばっちりや後始末は、フレデリク様が負うというのに。
では、と踵を返した私の腕を、フレデリク様が掴んだ。
「聞き捨てなりませんね」
「え?」
「たかが知れている? そんな思いでクロム様に仕えているのですか」
フレデリク様が厳しい視線を向けてくる。
このひとは、ほんとうに、クロム様しか見えていない。
私はあえて笑って見せた。フレデリク様がひるんで、腕を放す。「失礼ですが」私は距離を取りながら、話を続ける。
「私はクロム様の命だからというだけで、このように自警団のメンバーまがいなことは致しません。本来ならば、城で給仕をしているだけのメイドには、荷が重すぎるとは思いませんか? それでもお傍にお仕えするのは、私にも益があるからです」
私の言葉に、フレデリク様は神妙な顔をして、唇を結んでいる。そうして、言葉が途切れると、非常に不愉快そうに顔をしかめた。
「あなたという方は……」
もう一度、フレデリク様がため息をついた。今度は先ほどよりも、よほど長い。
「わかりました、クロム様に直談判させていただきます」
「お待ちください」
「これ以上、なにか言うことがありますか? 私はあなたを買いかぶっていたようです」
「フレデリク様がいらっしゃるからですよ」
私はフレデリク様にかまわず、告げる。「……いま、なんと?」フレデリク様が険しい顔を一転させ、唖然としている。このひとは、まったくもって鈍すぎる。
「フレデリク様がいらっしゃるから、こうしてクロム様にお供しているのです」
いい加減、気づいてくれてもいいものを。今度は私がため息をついた。
「フレデリク様は、主人思いすぎます」
「……」
「フレデリク様? あの、聞いておられますか?」
「き、聞いてはいます! が、その……どう、反応したらいいのか……」
フレデリク様が顔を赤くして、口元を手のひらで覆う。意外とかわいい反応をしてくれるので、私は小さく声を出して笑ってしまう。
「そんなに驚かれなくても」
「お、驚くでしょう」
「そうですか? あ、先ほどの件ですが、フレデリク様がお望みなら私からクロム様に上申いたします」
「ま、待ってください、さん」
「はい」
私はうなずいて、フレデリク様を見上げる。
フレデリク様はあからさまに目を逸らし、動揺している。なんだか悪いことをしてしまった気分だ。
「あの、返事がほしいわけではないので。困らせてしまってすみません」
「……あなたの言い分はわかりました」
フレデリク様が赤い顔のまま、神妙にうなずいた。「ですがやはり、先ほどの発言は見過ごせません。クロム様に仕える身として……」と、説教じみたことを口にするので、その唇に人差し指を押し当てる。
「もう、なにもわかってらっしゃらないではないですか」
またずいぶんとズレたことをおっしゃる。
「フレデリク様、」
フレデリク様の唇から離した指で、頬に触れる。身体のこわばりが伝わってくる。まじめなフレデリク様は、こういったことにも奥手なのだろうか。ふいに真剣な顔をして、手首を掴まれる。
真摯な瞳がじっと私を見つめる。
さん、とフレデリク様の唇が動いたが音はほぼなかった。
「、着替えが見当たらないんだが……」
ノックもなにもなく、クロム様が顔をのぞかせる。そして、私とフレデリク様を見て固まった。
「お召し物なら、」
「す、すまん! いや、邪魔するつもりじゃ……!」
私が言い終えるより早く、クロム様が顔を茹蛸のようにして、慌てて部屋を出ていく。足がもつれたのか、なにかにぶつかる音が聞こえた。その音に反応して、素早く動いたフレデリク様の腕を掴んで離さない。
「話はまだ終わっていません」
フレデリク様の顔が引きつる。
「……なんて、冗談です。どうぞクロム様のご無事を確認してください」
私はドアマンのように、フレデリク様のために扉を開けて差し上げる。
私の傍を通り抜けるとき「また、今夜訪ねます」と、フレデリク様がささやいたのは、空耳だろうか。
「クロム様、お怪我はありませんか!?」
いつもの調子で過保護なまでにクロム様を心配するフレデリク様の声を聞きながら、私は扉を背に座り込んだ。「はあ、心臓にわるい……」いま、私の顔はきっと、先ほどのクロム様に負けず劣らず赤いだろう。
今夜、フレデリク様はまた素っ頓狂なことを言わないだろうか。それだけが心配だ。