『外』とは深く関わってはいけない、と言われてきたという少女は、ここでもまた他人と距離を置いていた。いつも俯きがちで口数も少なく、小柄ゆえかすぐに多くの英雄の陰に隠れてしまう。
 皆と馴染めないのではなく、馴染まない──
 窓の外を眺めるソフィーヤを見つけて、は足を止めた。

 落ちていく夕日をただ見つめる横顔が、赤く染まっている。
 城や街、大地、人々それらすべてが珍しいと、いつかソフィーヤが話してくれたことを思い出す。同時に、懐かしむように目を細めたソフィーヤが、故郷であるナバタの里についてすこしだけ話してくれたことも、は思い返した。
 「きれい……」と、小さな感嘆とともに、ソフィーヤが息を吐くようにそっと笑んだ。

 人と竜の混血だというソフィーヤは、見た目通りの年齢ではないらしい。幼さを残すかんばせに浮かぶ笑みは、どこか神秘的で、不思議と蠱惑的にさえ感じるのはそのせいだろうか。

「夕日を眺めるなんて、いつぶりかな」

 は苦笑を漏らしながら、ソフィーヤの隣に並んだ。
 ここに来てからというもの、書庫に籠って机にかじりついてばかりだった。感じていたのは、責任と重圧ばかりで、ひとつも余裕がなかったのだと改めて思う。

「お城は、高いところに行けるから……とても、遠くまで見えますね……」

 ソフィーヤが振り向く。紫色の瞳が、夕日色にほのかに染まっていた。
 未来を予知できる彼女に見つめられると、何故だかいつもどきりとしてしまう。

「本当だ……わたしは、そんなことにも今まで気づかなかったんですね」

 は夕日を眺めて、目を眇める。
 ソフィーヤが同じように夕日に視線を戻した。

「里で見た夕日はもっと……赤く滲んでいたような……気がします」
「そうなんですか?」
「はい……だから、私は何もかもが……珍しくて、新鮮に思うんです……」

 でも、とソフィーヤが続ける。一度唇を結んだソフィーヤが、伺うようにを見た。もまた、ソフィーヤを見つめ返す。

「違うところから来たのは、さんも……同じです」

 ははっと息を呑んだ。
 そうだ、ソフィーヤの言うとおりである。剣や魔法など、違うところはいくらでもあるというのに、はそれらにほとんど関心を向けなかった。あまりに周りが見えていない。

「あなたの未来は……」

 びく、と思わず身体が強張る。
 ソフィーヤがの未来を口にするのは、初めてのことである。は恐々とソフィーヤを見る。

「…………」

 ごくりと固唾をのんで、はソフィーヤの言葉を待つがいつまで経っても口を開く気配がない。

「えっと?」
「聞きたくない……みたいなので……」

 ソフィーヤの小さな手が、の背に触れた。そうして、緊張をほぐすようにやさしくさする。
 英雄はみな、快くに力を貸してくれる。彼らを気遣っているつもりだったのに、気を遣われていたのはのほうだ──

「そ、そう言われると、なんだか聞きたくてたまらなくなるような」

 ソフィーヤが目を丸くしたのち、小さく声を立てて笑った。もそれにつられるように笑って初めて、こんなふうに声上げて笑うのが久しぶりだと気付く。

「大丈夫……ですよ。未来を悲嘆する必要なんて……ない、です」

 ソフィーヤの言葉に、は小さく頷く。「はい」と、答えた声はかすかに震えていた。

暮れの慈光

(やさしく包む光みたいに)