「さんっ!」
明るい声が廊下に響く。
それが誰なのか認識するより早く、ふいに伸びてきた手がの腕に絡みつく。まるで恋人と腕を組むように密着して、えへへと幸せそうに頬を緩ませるのは、アスク王国の第一王女たるシャロンである。彼女はアルフォンスに輪をかけて気さくである。
はいつもより近い距離に戸惑うが、腕を振り払うことなどできるわけがなかった。英雄と親しくしないほうがいいと言う兄に対し、この妹は多くの英雄友達を作ろうとしている。
シャロンはまるで好意の塊だった。
「シャロン王女?」
途端に、シャロンの表情が一変する。むっと唇を尖らせて、あからさまに不満顔であるが、には原因がわからない。
「えっ、ど、どうかしましたか?」
「さん……」
がし、と勢いよく両肩を掴まれ「は、はい」と、思わず声が上ずる。
シャロンの真剣な表情に気圧されて、はごくりと喉を鳴らした。よくわらないが、機嫌を損ねてしまったのだろうか。は不安と恐怖に駆られ、身構えながらシャロンの言葉を待った。
「お兄様ばっかりずるいです! わたしのこともシャロンって呼んでくださいっ」
ぎゅうっ、とシャロンが更に腕を絡ませてくる。
「わたしだってさんともっともっと仲良くなりたいんです!」と、くっついてくるシャロンに対して、悪い気はしない。しかし、王族とはいったい──のなかでこれまで築いてきた王子や王女に対するイメージが、ガラガラと崩れさっていく。
近づきがたいよりはいいのかもしれないが、如何せん距離が近い。
「さん?」
「あ……わ、わかりました」
「じゃあ……!」
キラキラと期待を込めた瞳に見つめられると、何故だか緊張してしまう。
シャロン、と一度頭の中だけで名を呼んでみる。
「シ」
「ふふ、仲がいいね。二人とも」
ふいに声を掛けられて、はびくっと肩を跳ね上げた。振り返れば、微笑ましいと言わんばかりに、やさしく笑むアルフォンスがいた。
「アルフォンス王子! あっ……」
つい、以前と同じように呼んでしまい、は口元を手で押さえた。気をつけないと、まだ呼び捨てにできないのだ。
シャロンがきょとんと瞳を瞬き、アルフォンスが笑みを苦笑に変えた。
「まだ慣れなくて……ごめんなさい、アルフォンス」
「いや、いいんだよ。それより、そんなにくっついて何を話していたんだい?」
「なに、って……」
とシャロンは顔を見合わせる。完全に名前を呼びそびれてしまった。
「お兄様には秘密です!」
悪戯っ子のような顔をして、シャロンが告げる。「さん、あっちでおしゃべりしましょう!」とぐいぐい腕を引かれ、アルフォンスに挨拶をする間もなく彼から遠ざかった。
ぷくりとハムスターのように頬を膨らませて、シャロンが上目遣いにを見つめる。
「次こそは、シャロンって呼んでくださいね」
もうお兄様の邪魔がなければ、と悔しげに呟くシャロンに対し、は頷くほかなかった。