英雄、の定義がわからない。
 思わず呆けたの顔が余程おかしかったのか、怪訝そうに眉をひそめるその素振りは、少年と呼ぶには大人びて見えた。レイの利発そうな瞳がじっとを見つめて、生意気な顔で小さく鼻を鳴らした。

「あんたみたいのが、伝説の召喚師? ぱっとしないね」

 可愛らしい見た目に反して、ひどく辛辣だった。は苦笑を漏らすしかなかった。
 レイの言う通りである。外見からして平凡で特に秀でた才能もない。なぜ自分だったのか、なんてことを考えてもわかるわけがない。訳がわからなくても、やるべきことはあった。
 は苦笑を笑みに代えて、右手を差し出した。

「これからよろしくお願いします、レイくん」

 残念ながら、その手が握り返されることはなかった。




 闇魔道、というだけあって、レイの使う魔法はが思っていたよりもずっとおどろおどろしいものだった。火の玉を飛ばしたり、風で切り裂いたり、そういう魔法は理魔道と言うらしい。レイが非常に面倒くさそうにしながらも教えてくれた。
 一度、魔道書を見せてくれたことがあったが、当然ながらにはちんぷんかんぷんであった。

「あんたには無理だよ」

 ハッ、とレイに鼻で嗤われたが、怒りの気持ちも沸いてこないくらいに納得してしまった。
 剣や槍を持って戦うよりも、魔法のほうが簡単かもしれない、と思った自分をは恥じた。魔道には、努力以前に才能が重要らしい。

「レイくんは、すごいですね……」

 素直にそう思って呟いたが、レイには嫌そうな顔をされてしまった。それどころか「もういいだろ。魔道については大体教えてやったし、気安く話しかけるなよ」と、そっぽを向かれた。


 闇魔道を極める。世界を滅ぼしたってかまわない。
 物騒なことを口にするレイだが、その性格は素直じゃないだけで根はやさしいようだった。だからこそ、は彼が英雄としてここに居ることが不思議でならない。幼い、と言っても差し支えがないのだ。

「世の中……バカばっかりだ……」

 ボロボロになったローブを引きずって、レイが悔し気に呟くのが聞こえた。
 こんな子どもを戦わせて──英雄という言葉を隠れ蓑にして、考えないようにしてきた言葉が、思わず口をついて出そうになった。は唇を噛みしめる。

 戦争の中に生きる彼を、また別の戦いに巻き込んでしまっている。

 はじめて会ったときに、右手を差し出すべきではなかった。今さら、そんな風に思うなんて、本当に自分は馬鹿だ。








 決して握り返されることのなかった、自分よりも小さな手を、はぎゅっと握りしめた。「レイくん」と、その名前を口にしながら、彼は一度も名を呼んでくれなかったと思う。

「もとの世界に帰ってください。あなたの守るべき人のために、あなたの力を使ってください」

 レイの大きな瞳が、零れんばかりに見開かれる。
 すっとその目が細められて、手を振り払われる。レイが不機嫌そうに眉をひそめる。その顔はやはり、どこか大人びて見えて、は思わず怯んだ。

「嫌だね」
「えっ……ど、どうして」
「オレが守りたいものは、もうここにもあるんだ」

 今度はが目を瞠る番だった。あまりの狼狽に言葉が出ない。

、あんたって本当におめでたい奴だね」

 名前を憶えていてくれた。
 レイの手が伸びて、振り払われた状態で固まったままのの手を掴んだ。伝わる体温が少しだけ高いのは、子どもだからなのか、それともレイが照れているからなのだろうか。

「オレは……オレの守りたいものを守る」

 は何も言えないまま、呆然とレイを見つめる。
 ふいっと視線を逸らしたレイの頬が、薄っすらと紅潮していることに気づいて、はつられるように顔を赤らめた。

「別に、あんたのこととは言ってない!」

 これがツンデレってやつですね、とは妙に納得してしまった。

りんご色のひとみ

(赤い顔したわたしが映っているので)