クラリーネはレディたる者、常に美しくあるべきと考えている。
しかし、自分を呼び出した召喚師はといえば、清潔な身なりこそすれ麗しさとは程遠い。身だしなみや礼儀作法を教えようとしても、遠慮してばかりである。には美しさも気高さもなければ、さして強いというわけでもない。まるで、その辺にいる村娘と何ら変わりがないように見えた。
これが指揮官では士気が下がってしまわないか、と気を揉んでいたが、意外にも彼女は皆に好かれていて信頼されていた。クラリーネ自身も、もっとこうすべきだと思うことは多々あるけれども、決して彼女に対して悪い感情は持っていない。
むしろ、これほどまでに気に掛けてしまうのは、好意を抱いているからにほかならない。
カチャ、と小さく音を立てて、がカップをソーサーに戻した。以前はそれを小姑の如く指摘していたが、クラリーネは目を瞑った。彼女は貴族令嬢ではない。そもそも、お茶会とは会話を楽しむものであるからにして、礼儀作法についてとやかく言って場の空気を悪くしてしまうのはいただけない。
香ばしく焼けたクッキーを口にして、が顔を綻ばせる。やわく細められるその目元の隈には気づいていたが、クラリーネは指摘せずに口を噤んだ。
うるさく言うと、彼女は眉毛を下げて困ったように笑う。クラリーネはのその表情があまり好きではなかった。こんなふうに、幸せそうに笑う顔のほうが、よほど好きだ。
「あっ、これ、美味しいです! ねっ、さん」
「はい、そうですね。クラリーネさんもどうぞ、食べてみてください」
シャロンが目を輝かせてを振り返り、頷いた彼女はクラリーネを振り返った。
見つめていたの視線を受けて、クラリーネはどきりとしたが、表にはそれを出さないまま「ええ、いただきますわ」とクッキーを一つ摘まんだ。さくっとした歯ごたえと、ほろりと口の中で溶けていく軽さは、なるほど確かに美味しい。
クラリーネは咀嚼したクッキーを呑み込むと、紅茶を口に含む。物音一つ立てずにソーサーにカップを置いて、クラリーネは肩にかかる髪を手の甲で払った。
「……まあまあですわね」
憎まれ口のような感想を述べても、ここの者たちは不快な顔をしない。王族であるはずのシャロンも全くそれを感じさせない気軽さで「クラリーネさんのまあまあは褒め言葉ですよね」と、呑気に笑っている。
シャロンにつられるようにもまたくすくすと笑い声を漏らし、その笑みが伝染するように茶会の席全体が、穏やかな笑い声に包まれる。戦場からほど遠いこの空間が、クラリーネには兄の次くらいには大切で大好きだった。
クラリーネの隣に座るシーダが、ふふと嬉しそうに頬をゆるめる。
「それ、わたしが作ったのよ。お口に合ったようでよかった」
「し、シーダ王女が?」
そうと知っていたら、もっと素直に賛辞を贈ったのに──
王族らしさのない彼女たちは、クラリーネには想像もつかないことをする。クラリーネは厨房に立ったことなどない。
「そうだわ、今度一緒にお料理しましょう? きっと皆で作ったら、楽しいと思うの」
クラリーネは目を丸くする。シャロンがすぐに「いいですね!」と同意して、が「素敵だと思います」と頷く。
「仕方ありませんわね」
ふう、と吐息交じり呟いた言葉には棘の一つもなく、クラリーネは穏やかに微笑んだ。