山積みになった本に埋もれるようにして、その姿はあった。アンナはあえて気配を消して近づき、ひょいと顔を見て覗き込む。さぞや驚いた顔が見られるだろうと思ったが、そこには安らかな寝顔があった。

「あらあら、召喚師さまが無防備なこと」

 アンナはふ、と頬をゆるめた。
 貴重な寝顔を写真に収めようと魔導書を構えるが、傍らに置かれた本の背表紙が目に入り、アンナは思わず手を止めた。そうして、苦笑を漏らす。

「真面目過ぎるのもどうなのかしらね」

 そう求めているのは自分たちかも知れない、と思いながらアンナは小さく呟く。彼女に期待し、役目を与えているのは、紛れもなく──
 ん、と小さく声が漏れるの唇は、すこしだけ乾燥しているようだった。

「……」

 こうして見ると、いたって普通の女性だとつくづく思う。まだ少女のあどけなさを残している。
 アンナはそんな彼女を利用している。
 悪いと思うほどの余裕がない。どうしたって、の力が必要なのだ。

 頬にかかる髪を指で払いのけてやるとさらりとした柔らかな感触がして、ますます彼女がただの娘のように思える。アンナは戸惑う。
 自分がこんな風に胸を痛めてはいけない。

 アンナはぐっと力を入れて、眉をしかめた。そう、異界の英雄たちに心を砕くのは、アルフォンスやシャロンだけでいい。

「アンナさん……?」

 気がつけば、の寝ぼけ眼がアンナを見つめていた。ぼんやりとした様子で目元をこする姿は、子どもじみている。

「あら、起こしちゃったかしら」
「んー……いつの間にか寝ちゃってたんですね。身体も痛くなるし、夜寝付けなくなったら困るし、むしろ起こしていただけて感謝です」

 ありがとうございます、と毒気のない笑顔でが言った。アンナはそっと苦笑を漏らす。

「険しい顔をされてたみたいですけど、何かありました?」

 どきっ、と心臓が跳ねた。けれど、それを気取られることはなかっただろう。
 アンナは、その程度には歳を重ねた大人だった。──そう、ずるい、大人なのだ。

「召喚師さまのこーんな間抜け面、誰かに見られたらどうしようかと思って」
「ええっ」

 が慌てて、ついてもいない涎を気にして、口元を拭う。恥ずかしそうに頬を赤らめたを見て、アンナは声を上げて笑った。

ごめんねの呪い

(だけどそれすら喉の奥で消える)