白いローブ姿は、目立つわけではないが、城の中でよく目についた。のんびりとした足取りからは、見回りの仕事中とは思えなかった。しかし、英雄を見つけては懇意な様子で声をかけている。
思えば、彼女はあまり自室にいることはないようだった。
アルフォンスは、その小さな背に手を伸ばして、しかし触れることができなかった。中途半端に宙で止まった手を、ぐっと握りしめて、アルフォンスは身体の横に下ろした。
英雄と親しくするべきではない、といつだったかに忠告したのは、アルフォンスの本心だ。
アルフォンスにとって、もまた英雄のひとり──
「」
努めて柔和な笑みを浮かべて、アルフォンスは名前を呼んだ。
が振り向く。目深に被ったフードを脱いで、が頭を下げた。伝説の召喚師にしては腰が低いし、ひどく謙虚な人柄をしている。
「こんにちは、アルフォンス王子」
アスク王国の王子というよりも、特務機関の一員であるという意識のほうが強いせいか、こう恭しくされると何だかむず痒い。アスクの民ではない、異界からやってきたとなれば、尚更そう感じてしまう。
浮かべた笑みが、苦笑に変わる。
「アルフォンスでいいって言っているのに」
「で、でも……」
が困ったように眉尻を下げる。曰く、こんなに高貴なひとと接するのは初めてなので、勝手がわからないらしい。戸惑うように彷徨った視線が、そろりと再びアルフォンスに向く。
「……精進します」
彼女の歩み寄りを感じるたびに、アルフォンスは自分の隔てた壁を、より一層強く自覚する。
知りすぎてはいけない。近づきすぎてはいけない。親密になりすぎてはいけない。
「疲れてはいないかい?」
「え?」
「働きすぎているような気がしてね。あまり、休んでいないだろう」
が首をかしげる。「そうでしょうか」と、心底不思議そうな顔である。
「だって君、全然部屋にいないじゃないか」
薄く開かれたの唇が、かすかに震えた。細い吐息が漏れて、きゅっと結ばれる。そして、誤魔化すように作られた笑みは、何故だか胸が痛むような気がした。
「お気遣いいただいてありがとうございます。でも、わたしは元気ですよ」
がぐっと力こぶを作って見せるが、ほとんど平坦な二の腕は、彼女のひ弱さを表すようだった。
それに気づいてか、恥ずかしそうにすぐに腕を下ろして「えっと、本当に、疲れてなんていませんから」と、が早口で告げた。
「そう……それならいいんだ」
アルフォンスがそう言うと、がほっと息を吐いた。
深入りしてはいけない。アルフォンスは今一度自分に言い聞かせて、の本音を見ないふりをする。けれど、どうしても放っておけない。
の小さな手を取って、引くことはできなかった。アルフォンスはそっと背中を押す。
「見回りなら同行するよ。君、この前迷子になっていただろう……」
えっ、とが驚いた声を上げて「し、知ってたんですか」と、消え入るように呟く。
アルフォンスはくすりと笑みをこぼした。
「行こうか、」
歩き出したアルフォンスの後ろで、が立ち尽くしている。不思議に振り返ったアルフォンスの瞳に映ったのは、すこしだけ緊張した面持ちのだった。
が小さく息を呑んで、口を開く。
「はい、アルフォンス」
小走りに近づいたが、アルフォンスの隣に並ぶ。
そうして、彼女との距離の取り方が、わからなくなる。