「エイリーク様、」

 泣きそうな顔をされたら、どうしたらいいのかわからなくなる。
 お怪我はないですかと問うの方が、よっぽどひどい怪我をしているくせに、そんな風に気を遣ってほしくなかった。そっと壊れ物を扱うように、の両手がエイリークの手を包んだ。エイリークはその手に視線を落とす。短く切りそろえられた爪、蛸のできた手のひら、まるで女らしくない──けれど、エイリークを守ってくれるその手が、とても愛おしい。
 の視線もまた、手元へと落ちて、ひどく悲しそうに顔が歪む。

「ああ、こんなに傷ついて、お労しい」
、私は大丈夫です」

 エイリークは微笑んだ。しかし、うまく笑えたかわからない。唇が震えた。
 本音であった。決して、嘘ではない。気丈に振る舞わなければならない、なんて義務感にも似た思いを、に対しては抱かなくてもいいことを知っている。の瞳から涙が溢れる。エイリークは戸惑い、言葉に詰まる。

 こんなとき、兄上ならばなんて声をかけるのだろう。

 ぎゅう、と包まれた手に力が籠められる。痛くはなかった。「わたしが、必ずお守りします」その声は存外力強く、エイリークを安心させた。

「頼りにしています」

 はい、と答えたが、泣きながら照れくさそうに笑った。


 いつもエイリークの傍に寄り添い、庇い立てするその背はひどく細いのに、とても頼もしいのだからおかしいものである。しかし、あまりに懸命なその姿にはもの悲しいものがある。
 エイリークは申し訳ない気持ちややるせない気持ちに襲われて、胸が痛む。
 騎士が主人を守るのは当たり前のことなのだが、にはもっと自分を労わってほしいと思う。もっと自分の身を大切にしてほしい。エイリークは、情けないことにその思いをどう伝えたらよいのかわからなかった。エフラムであれば、の自尊心を傷つけることなく、その肩の力を抜いてやることができるのだろう。

「ゼト、を守ってあげてくださいね」
「エイリーク様?」
「私はが心配なのです。もし、に万が一のことがあったら、私は兄上に合わせる顔がありません」

 エイリークはエフラムが戦地に赴く際に言った言葉を思い出す。「は頼りになる。ゼトに負けんぞ」言われたが、ひどく狼狽えていて、思わず兄妹で笑い合ってしまったものだ。

「エイリーク様、そのような気遣いは我ら騎士には不要です」
「そんな……」

 ゼトの言葉がとても冷たく感じられた。しかし、そうではないということは、その穏やかな表情からわかる。

こそ、エイリーク様に何かあったらエフラム様に合わせる顔がないと考えているでしょう」
「で、ですが」
「エイリーク様のお気持ちだけで十分です」
「…………」

 エイリークは返す言葉に詰まる。
 ゼトの言うことはもっともである。だけれども、エイリークはに何かしてあげたいと思う。は女の子なんだから、と言いかけてやめる。それでは、を侮辱しているようなものだ。エイリークでさえも戦地に立っている今、女だてらにといった意地のようなものを抱くのだから、の方がよほどその思いは強いだろう。

 ──兄上はきっと、
 エイリークは双子の兄の顔を思い出す。いつだって自身に満ち溢れたあの顔は、を見る時に、とてもやさしい瞳をしている。

「……では、私がを守ります」
「エイリーク様? なにを……」

 ゼトが訝しんだ顔をする。エイリークはエフラムを真似るように、口角を上げた。

「もし、兄上だったら、そうすると思うんです」

 黙したゼトが、仕方がないというように笑みを零した。エイリークは知っている。言葉でなんと言おうと、ゼト自身ものことを気にかけているということを。当の本人は真面目で誠実で、周りが見えていない──エイリークを守らなければ、という思いが強すぎる──せいで、想われているということに気づいていないのだからしょうがない人だ。エイリークは思わずくすりと笑う。

のことが、大好きですから」

(気づいてください)